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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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成長する日常

 治療院を開いてから、ひと月が瞬く間に過ぎていった。

 目が回る程の忙しさも、それが慣れる頃には、日常になる。


 朝の掃除をして、患者を迎える用意ができたら、昨日洗って、殺菌のために大鍋で煮た洗濯を仕上げる。

 それを干して、両面にしっかりと、炭を入れて使用するアイロンを掛ける。


 使い捨てのガーゼなどはないので。木綿の布が使われるのだが、包帯も三角巾も木綿の布なのである。

 サイユ村では母さんを手伝っていたので、この作業で困る事はなかった。


 治療院は外科も内科も皮膚科も耳鼻咽喉科も……。前世ではたくさんあった気がするが、とにかく全部治療院。

 お産以外は何でも診る。ダニエル様は私を取り上げたので、きっとできるとは思うが、妊婦は治療院では診ない。町には助産婦がいるのである。

 治療は薬と魔法で行うので、通院は長くても二回で終わる。


 料金は点数制で、食あたりや、軽い切り傷なら一点である。そのような患者は民間療法で治すので、治療院に来ることはないが。

 診察券はなく、毎回身分札を治療師に見せる。料金を払える者は支払い、払えない者は札を魔導具に通す。

 その患者の料金は教会本部から国に請求され、国が払うのか領主が払うのかは、国ごとに違うようで、教会本部には関係がないらしい。


 国が抱える治療師の料金は高く、教会の治療費は、その二割程度である。

 それを惜しむのなら、国は治療師を育てなければならない。世界中の最先端の技術を誇る神官の治療を、断る国はないようだ。

 おまけに教会は、患者を選ばないのである。

 私は教会本部は結構、腹黒いと思っている。


 資産の調査が入るので、患者は何とか自分で支払おうとする。

 教会の神官は、人にもよるのだろうが、物々交換を平然と行う。

 大きな声では言えないが、ダニエル様もその一人である。

 それが許されるのかが分からなくて、一度聞いた事がある。


「え? だって、ある物で払うと言うのだから、問題はないでしょう? ある物がお金ではなくて、野菜や肉というだけです。私は野菜をお金で買いますからね」

「この町をでたら、次は店を開くのですか?」

「ああ。ベス、それは良い考えです!」

 楽しそうにダニエル様は、そう言ったのである。


 ダニエル様はあいている時間に、患者用の薬を作る。

 町では薬師が薬と香辛料を売っているが、教会の治療院の薬とは別物である。

 種を明かすと、治療院の薬は神官の光の魔法が、練り込まれているのだ。


 薬の材料は冒険者ギルドに依頼する事もあるが、ダニエル様は、治療院を休んで、私とルベを連れて探しに行くことが多い。

 おそらく、私に休みを与えるためだと思う。私はその時に、攻撃魔法の使い方を教わる。少々自慢になるが、スライムは既に敵ではない。


 治療院は診察時間も、休みも決まってはいない。治療には魔力を使用するので、回復時間が必要になる事は患者も知っている。

 教会では神官が、手のあいている時に治療をするが、治療院には入院設備がないので、休みにすると患者は無駄足になる。


 私は二階の窓の横に、棒を立てる場所を作ってもらい、診察ができる時は黄色、できない時は赤の布を棒に縛り付け、掲げるようにした。

 これは、評判がとても良かった。

 私はひと月で、治療院の仕事を理解したつもりになっていた。



 その日の夜は、高熱を発した子供を抱えた夫婦と、酔ってけんかをして負けた、血だらけの男が担ぎ込まれていた。

 先に診察室に入ったのは、子供だった。


 待合室で、私は血だらけの男の血を拭いていた。

 そこに馬車が止まる音がしたのだ。

 治療院の入り口が開き、身なりの良い、場違いな男が現れた。


「治療師にお会いしたい」

「会いたいなら、この人の後ですよ」

「私はエルミート家から、治療師を迎えにきたのです」


「だから、この人の後ね。そこに座って待っていてください」

 その男は、いかにも不服そうな顔で、ベンチに腰掛けた。


 しばらくすると、診察室の戸が開いて、親子が笑顔で出てきた。

「ありがとうございました」

 礼を言う夫婦に、ダニエル様は笑顔を向けた。

「しばらくは、水分をこまめに与えてください」


 親子が治療院を出るのも待たずに、ダニエル様は私の横にいる、血だらけの男を見た。

「すみません先生。こいつ酔っ払ってけんかをふっかけて、このざまなんです。助けてやってください。普段は良い奴なんです」


 良い奴の基準が少し変だが、良い友人には恵まれていると思った。

「そのまま診察室に運んでください」

 ダニエル様は少し笑ってから、あきれた表情をして言った。


 その時、エルミート家から来たと言う男が、立ち上がった。

「お待ちください。私はエルミート子爵家から参りました。急ぎご同行願いたい」

「うちの子が言ったはずです。彼の後だと」

 ダニエル様は男を見てそう言った。


「しかし、この男の治療は時間がかかりそうです。子爵家ではご子息が食あたりで苦しんでおります」

「食あたりと診断されたのはどなたです?」

 ダニエル様の問いに、男は胸を張って答えた。

「専属の治療師です」


 私はあぜんとして男を眺めた。何をしに来たのだろう。

「ああ、そこ! ちょっと押さえておいて!」

 診察室の中で何かがあったようで、ダニエル様は急いで戸を閉めた。


 たたずんでいる男に、私は声をかけた。

「専属の治療師は治せないの? 食あたりなら、町の薬師様の薬で治るでしょ?」

「当家の治療師様は、伯爵家のお方。本日は領主様の夜会に行っております」

「患者を置いて?」


 彼はおそらく、治療師の診断を信じていないのだろう。

 眉を少し動かして、黙ってベンチに戻った。


 それから一時間も掛からずに診察室の戸が開いた。

 頭の傷はどれも、思ったより浅かったようで、数カ所の骨にヒビが入っていたが、折れてはいなかったらしい。

 酒も抜かれて別人になった男は、何度も頭を下げて友人と帰って行った。


 ダニエル様はベンチの男に言った。

「専属治療師の許可がなければ、私たちは手を出せません。それは、世界共通の決まり事です。診るだけで良いのなら、お供いたしますが、どうされますか? ちなみにこの子は、大事な預かりものなので、連れて行きますよ?」

「お願いいたします」

 男はそう言って、私たちを馬車に乗せた。


 ダニエル様は、立派なお屋敷の一室で、少年を診ている。

 私はその光景をしっかりと見ていた。診察室は立ち入り禁止ではないが、受付はなにかと忙しく、見る機会がないのである。


「食あたりではありません。腸の一部が炎症を起こして、三日はたっているでしょう。肥大して危険な状態です。腹部全体が炎症を起こしていますから、二日はもたないと思われます。よくある病なので、治療師であればすぐに治せるでしょう」

「先生は治療しては、くださいませんの?」

 ダニエル様の言葉に、少年の母親はすがるように言った。


「私は私服ですが、教会の神官です。ご主人もお許しにならないでしょう。伯爵家をないがしろにはできないはずです。ただ、本当に治療師の資格をお持ちなのでしょうか? 誤診をするのは難しいと思います」

 私たちは再び馬車に乗って、治療院に戻った。


 後日、エルミート家の当主が挨拶にきた。どうやら他の貴族に付いている治療師が治療をしたようで、伯爵家の治療師は親元に帰されたらしい。

 往診料と多額の寄付をもらって、ダニエル様は言った。

「おいしい仕事でしたね?」

 ダニエル様は、全神官に謝るべきだと私は思った。



 天気の良い朝、私はいつものように、洗濯物を干してから、庭の景色を眺めていた。それが日課になるほど、手前の森から続く緑のグラデーションが奇麗だった。

 その向こうに小さく見える海に、いつか行くのだとダニエル様が言ったせいかもしれない。


「俺、父ちゃんみたいな冒険者になる!」

「それは楽しみだな」

 早朝だと言うのに、左隣の庭から珍しく声が聞こえた。


「カルロさん、ルイス。おはようございます」

 隣の家のご主人であるカルロさんは、この町では有名な冒険者のようで、仕事柄、留守は多いが子煩悩な父親である。


「ベス、もうひと仕事を終わらせたのかい? 君は働き者だなぁ」

「俺と同じ年なのに、ベスは算数の天才なんだ。俺が学校で丸がもらえたのは、ベスが教えてくれたからなんだ」


 庭で落ち込んでいた彼に声をかけたのは、偶然だった。

 聞けば算数の授業に付いていけないと言う。私は算数が苦手だった、この世の兄を思い出して、少し手助けをしたのだった。


「ベス。ありがとう」

 カルロさんに礼を言われて、笑顔を作った。

「いいえ。ルイスのやる気に、少し口出ししただけです」


「父ちゃん、早く教えてよ」

 この世界は十歳で魔法を覚えるが、武術もまた、十歳からなのである。

 貴族は八歳から専属の師範が付くようだが、体がある程度出来上がるまで、重い武器は持たせないのである。

 魔法同様、善悪の判断が自分で付くまでのようでもあるが。


 カルロさんは手本を見せて、一から教えるようだが、あれは確かダイエット体操だったはず……。

 私はそばにあった棒きれを、母さんがしていたように鳴らしながら、振ってみたが、体はしっかりと覚えていた。


「ベス! それはどこで習ったんだい?」

「え? 食べ過ぎた母さんが、次の朝の洗濯前にしていたんですよ? ほぼ毎日食べ過ぎていましたけど。ですから、よくまねをしていたんです」


「君のお母さんは……」

「ああ、育ての親ですが、元冒険者だったと聞いた事があります」

「エリーかい?」

「ええ。ご存じでしたか?」


「私たちは同じ、赤の大陸の出身だからね。亡き師の同門で、女性はエリーだけだったんだよ。結婚をして冒険者を引退したと聞いていたが、そうか、こうしてベスに教えていたんだな。幸せなのだろうか?」


「ええ。仲の良い夫婦ですよ。息子もいます」

「ベスは女の子だ。剣に興味はないだろうが、身を守るために、覚えておくのも良いだろう。良い筋をしている」

「はい。ありがとうございます」



 朝食の時間にその話をしたのは、ルベだった。

「エリーはきっと、ベスを守りたかったのでしょう。彼女の腕は一流でしたからね。ベスは剣術を覚えたいのですか?」

「私は魔法を覚えたい。魔物を至近距離で見るのは怖いですから。でも、剣は覚えたいと思うのです。なぜでしょう? 私の中の何かが、剣を求めている気がするのです」


 私の中に中二男子がいるとは思えないが、剣に焦がれている自分の気持ちに少し困惑していた。

 魔物を一度でも見たなら、あれの息の掛かる距離に行こうとは思わない。

 巨大な虫やクモ、殺気立った魔物を切るなど、正気の沙汰とは思えないのだ。

 私は剣で野菜や肉を切りたいのだろうか。


『ダニエル、我は剣を使えぬ。ベスはきっと剣を持つ必要があるのだろう』

「そうですねぇ。少しずつ稽古を付けてみましょう」

「ありがとうございます」


 次の日から、私の日常に剣の稽古が加わった。

 私はこれ以上、日常を増やさないと決心をした。








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