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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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クレトロアの町

 私たちの旅は、途中の町に宿泊したり、野営をしたりしながら、一週間で目的の町にたどり着いた。

 神官様の札を見て、門の兵士が笑顔で言った。


「ようこそ、クレトロアの町へ。お待ちしておりました」

「しばらくお世話になりますよ」

 神官様は笑顔でそう言うと、馬車で町の教会に向かった。


「なんとか、立っていますよね?」

 教会が倒れないように、丸太で壁を支えているのを見て、思わずそう言った私に、神官様は笑った。


「だから、建て替えるのですよ。この町の教会はこの国では一番古い建物なのです。ここの領主は、建国以来クレトロア家なのです。領民を大切にする領主です。教会の修繕なども、町の人たちがやってくれていたのですよ」


「本部は?」

「申請がなければ、あそこは何もしませんから、時々、申請しても無視しますし、全く現場をなめていると言うか……」

 どうやら、神官様は本部と何かがあったようだが、ここは触れずにおくのが良いと判断した。


 礼拝堂で、神官様とお祈りをして見上げた。

 ラベーナ神も神獣もとても穏やかな表情をしている。信仰が浅くて申し訳ないが、ここの像は好きだと思った。

「教会が新しくなると、神様の像も新しくするのですか?」

「いいえ。変わるのは建物だけです」


 その時、静かな足音とともに声がした。

「神官の首も変わりそうですがね? ダニエル様、お元気そうで何よりです」

「ええ。お陰さまで。それより、そんな話があるのですか?」


「私も、もう若くありませんからね。本部に行ってみないと分かりません。それより、そちらのお嬢さんが?」

 そう言って私を見た神官様は、確かに若くはなかったが、とても温和な表情の方だった。


「はい。なんとか無事に連れ出す事ができました」

「初めまして。神官様。エリザベスと申します」

「ここの神官をしているジョバンです。おお、なんと愛らしい」

 その神官様は、私の手を大事そうにその手で包んだ。

 大きくて温かい手だった。


 そこに緑色の神官服の、若い男がやってきた。

「神官様、お茶の支度が整いました」

 ジョバン神官様は静かにうなずいた。


「ダニエル様。良い茶葉が手に入ったのです。いかがですかな?」

「いただきましょう」

 二人は並んで歩きだし、私は教会を見学しながら、後ろを付いて行った。


 お茶は香りの深いもので、紅茶が持つ独特の甘みが口に残った。

「彼はエレートと言います。神官補が二人残りますが、私の留守の間は、よろしくお願いいたします」

「エレートです。お会いできて光栄です、ダニエル様」


「何かあったら、声をかけてください」

「ありがとうございます」

 赤毛の短髪で、黒に近い焦げ茶色の目をしている彼は、本当に嬉しそうにそう言った。


 しばらく旅にでないので、馬車を教会の管理人に渡して、私たちは徒歩で治療院に向かった。

「ベス、私のことはダニエルと呼んでください。ここでは神官ではありませんのでね。ベスはそうですねぇ。私の兄の子供でいいでしょう。なんなら叔父さんと呼んでも良いですよ?」

「嫌です!」


 即答した私に、神官様は情けない顔で言った。

「私も少し嫌です。ああ、ちなみに兄はおりますよ。兄弟仲はすこぶる悪いですが、兄は悪人ではありません。私以外の人にはですが」

 すねたように言うダニエル様が、少し面白くて尋ねてみた。


「ダニエル様。お兄様にいじめられていたんですか?」

「ええ。それはそれは事あるごとに、今でもです」

 そう言うダニエル様の顔が笑っているので、きっと仲は良いのだろうと思った。


 この町は門を抜けて真っすぐ北に行った高台に、領主の立派な屋敷がある。

 領主は貴族がなるので、不思議ではない。

 その途中に、広場があり、周りを囲うように商店が軒を連ねている。


 その後ろに住宅がある。

 東側は、富裕層の大きな家や貴族の別邸がある。領地を持たない王都で暮らす貴族は別邸を王都以外に持つ決まりがある。


 西側は庶民が暮らす家がある。その先に、これから暮らす治療院があった。

「思っていたより大きいですね」

 ダニエル様はそう言うと、治療院の建物の横にある戸を開けた。


『窓と扉の全てを開け放せ。ベスの体に悪い。ベスは庭にでも出ていろ』

 おとなしくしていたルベが、姿を現して言った。

「うん」

 返事をしながら、私はダニエル様と一緒に、言われるがまま、全ての窓と扉を開けて、庭に出た。


「うわぁ。すごい景色!」

「この領地までが高い位置にあるのです。後は海に面した領地や、王都があるのですよ」

 ダニエル様が景色を指差して言った所で、強い風が吹いた。


『終わったぞ。これは良い場所だな』

「そうですね。ご苦労さまでした」

『ここの前の主は、掃除が嫌いだったようだな』


「ご高齢の治療師が、お一人で住んでいたと聞いていたので、私も小さい治療院を想像していたのです。この治療院の権利を教会に譲渡して、教会で最期を迎えたと聞いています」


 家の中に積もっていた(ほこり)は奇麗になくなっていた。

 ダニエル様と、家具に掛かっている埃よけの布を取りながら、家の中を見て歩く事にした。


 私たちの入ってきた場所は、大きな洗い場で、井戸のある庭に続いている。

 庭とは反対側の扉は、薬の調合場所のようである。

「良い部屋ですね。使えそうな材料は、置いていってくれたみたいです」

 ダニエル様は、棚にある器を見ながらそう言った。


 患者用だろうか、トイレと手洗い場のある廊下の先には、長いベンチが三つある待合室と、診察室がある。


「ここで生活もしていたのでしょうか」

『だろうな』

 診察用のベッドの下には、古い上掛けがあり、部屋の隅にある棚には、小さな鍋と食器が少し置いてあった。


 二階はキッチンとリビングがあり、風呂もトイレもあった。全ての魔導具は奇麗になっていて、すぐに使えるようである。

 部屋は大きなベッドがある部屋が二つと、一人用のベッドがある部屋が一つあった。


 サイユ村でもそうだったが、ベッドは一人が一台使う事は少ない。宿屋とはちがって、マットがある訳ではないので、サイズに決まりはない。ワラや古い布にシーツを掛て使うため、一台の方が面倒がないのである。


「ベス、この角の部屋はどうです。一番窓が大きくて、鏡もありますよ」

「一番小さな部屋でいいですよ。子供ですから」

「子供なら、変な遠慮はしない事です」

「はい」


「ルベ、このベッドは手作りや、特注品ではないようですので、マットをお願いします」

 ダニエル様がルベに触れながらベッドに手を置くと、そこにはマットが現れ、続いて、シーツや上掛けもでてきた。


「引っ越して、一番にやる事は寝床の準備ですよ」

 いいえ、この場合いは、先に説明だと思う。

「どうしてベッドマットがあるのですか?」


「入れたからですよ? 私は野営でもないのに、固い寝床や汚い寝床で寝るのはごめんです。これだけは妥協できないのです」

 それはそうですが……。ルベがいなければ、どうするつもりなのでしょう。


 私はズボン姿になると、一階の庭にある井戸のフタを開けて、水をくんで洗い場の水がめを満たした。

 村の水より口当たりが良い、おいしい水だったが、今はそれどころではないのである。


 私は手洗い場にあった手拭いの中から、色のあせた二枚を雑巾にする事にして、拭き掃除を始めた。

 埃はルベが取り除いてくれたが、雑巾がけをしないと、奇麗になった気がしないのは、母さんの影響かもしれない。


 掃除の最中に来客が来て、ダニエル様が応対した。

 ダニエル様に呼ばれて玄関に行くと、二人の女性が立っていた。

 一人は左隣の住人で、冒険者のご主人と子供が二人いるという。

 もう一人のお婆さんは、右隣にある家一軒分の畑の持ち主で、その横で、お爺さんと二人暮らしだと言った。


 左隣からは、自家製のベーコンをもらい、右隣からは採りたての野菜をもらったのでダニエル様とお礼を言ったが、なぜだろう?

 引っ越しはこちらから挨拶に伺うのが、礼儀ではないのか?


「ベスは引っ越しが初めてだから、驚いたでしょう。お隣が引っ越してきたら、すぐに食べる事ができる物を持って行くのですよ。住み慣れた土地を離れるには、それなりの事情があることが多いですからね。戦争だったり、魔物の襲撃だったり、領地が荒れたりとかね。そうでなくても、引っ越しは荷物を片付けるのが大変ですから、助かるでしょう」


「お返しはしなくていいんですか?」

「引っ越しとお葬式は、お返しをしてはいけませんよ。お返しは喜び事だけです。嬉しい気持ちは分けてもらうと喜ばれるでしょ?」

「はい」

 私は両隣が、感じの良い人たちで良かったと思った。


 掃除が終わり、ルベとゆっくり入浴して、食事をした。

 しばらくは、旅にでなくて良いのだと思うと、急に不安になる。

 これは、進級や進学の前の春休みの気持ちと似ていると思う。

 うまくやっていけるだろうか。

 そこで、ふと気になった事がある。


「ルベはどうするの? いつもカバンでいるの?」

『我はダニエルの家獣許可証を持っている』

「え? それはどういう事?」


「魔獣でも、小鳥や猫や犬はいりませんが、それ以外の魔物は、試験を受けて飼い主に従えるかを、調べられるのです。それに合格しないと、人の住む場所に入る事はできません。人を襲うと大変ですから、試験はとても厳しいのですよ。家畜を飼育する場所は各国で決まっている程です。馬も訓練を終わらせてから、売買されるのですよ」


 許可証があると聞いて、私は安心した。

「ルベは、カバンでいる必要はないのですよね?」

「それが、あるのですよ。ルベの届けはカーバンクルと言う魔物になっているのですが、それが白の大陸にしかいないのです」


 初めてルベを見た時、カーバンクルかとも思ったが、図鑑に小さく載っている挿絵は、ルベの姿とはあまりにもかけ離れていたのである。

『ベス、我は猫ではない。だがカーバンクルでもないのだ』

「ああ。珍獣……」


「そうです。まさにそれです。狙われるのは良いのです。ルベは強いですから、逃げる事はできるのです。ただ、弱そうに見えるでしょう?」

「たしかに。おまけに見た目はかわいいです」

 この容姿であの物言いは、想像が付かないだろうと思う。


「ですから、ルベも私も面倒になったのですよ」

「では見つかっても、問題はないのですね?」

「それはそうですよ。首輪もありますからね」

「良かった。だって家の中で、いつもカバンを持っていては変ですよね?」

 私が一番言いたい事はこれだった。


『それなら、心配はいらん。我をその辺のカバンだと思うな』


 私の腰には赤い石の付いた、白くてかわいいウエストポーチがあった。


 器用だとは思うが、カバン以外に変身はできないのだろうか……。












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