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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
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就任式の空

 館の空気は、朝から張り詰めていた。

 メンバーは昨夜遅くまで、最後の確認をするために、走り回っていたようだ。

 私といえば、ルベ以外の神獣が館に来たので、皆と風呂に入ったり、食事をしたりと、のん気なものだった。


“エリザベス様、お支度の時間まで、館から離れないでください”


 リナルドの言葉に、皆がうなずいたのである。

 逃亡癖がない私に対して、失礼な物言いだと思ったが、背中を向けたダニエルの肩が、小さく震えている。


 就任式の前にダニエルと、こっそり招待客にご挨拶をして歩いた。

 式の後で会えると言われたが、白の大陸にいるのだから、顔ぐらい見たいと我がままを言ったのである。

 ダニエルはそれを思い出して、笑っているに違いないのだ。


 館の中では一番若いが、三歳児ではないのだ。

 きっちりと分かってもらおうと思ったが、今後の事を考えて、自分の首を絞める事になりそうなので、止めておいた。



 四神獣が来たのは、二日ほど前だった。

 全員で出迎えた時は、緊張した様子だったが、双方の間にある壁を壊したのは、神獣たちだった。

 彼らは大型犬ほどの大きさになると、館にいるメンバーに、その体に触れる事を許したのである。


 家獣と呼ばれるペットは、数が少ない上に、他人が触れる事は許されない。

 館のシンシに至っては、抱くと腕の中で儚く消えてしまう。

 四神獣は、メンバー全員の目尻を、見事に下げさせたのである。

 私はその辺りが、何ともあざとく見えて、笑ってしまった。


 そうこうしている内に、クララが呼びにきた。

「ベス様、お支度をいたしましょう」

「服を着るだけでしょう?」

「いいえ。お湯を使い、全てを整えてから、お召し物をまとっていただきます」


 お風呂なら、何度も泳いだから、いらないとは言えない。

 洋服の事をクララに丸投げしていた私は、これ以上クララを困らせる事はできないのである。

 もう一人、侍女を増やすと言っていた、リナルドの意見は正しいが、私は自分の抱えている問題が解決するまで、その返事をする気にはなれなかった。


「クララ、リナルドたちと見にきてくれるのでしょう?」

「はい。館に不審者は入れないですから、全員が関係者席から拝見できるように、ダニエル様が手配をしてくださったのです」

「皆の晴れ姿を見てあげてね」


「今日の主役は、ベス様でございます」

「ああ、そうだった」

 クララに言われて、苦く笑った。


 獣神官付きの警備隊の正装が、とても()々(り)しく見えたから、彼らが守っているのが私である事を忘れていた。

 そもそも、彼らの仕事は警備が主ではない。

 制服に特殊な好意を寄せてはいないが、あの姿は格好が良い。


「ベス様。とても美しく、ご立派なお姿でございます」


 私は衣装を見せられた時に、嫌な予感がしていたのである。

 その予感は、全く私を裏切らなかった。

 いや、想像していた以上に迫力があるのは、私が鏡をにらみ付けているからに、他ならない。


 ドレスは着ないと、言ったのは私だ。

 皆と同じ制服でいいと、言ったのも私である。

 身分が高くなれば、上着の丈が長くなると、知らなかったのは私だ。


 赤い縁取りのある、真っ白な長ラン……。

 どこぞの応援団か、金持ちのレディースにしか見えない。

 金が大神官の色なら、銀は獣神官の色。そして神獣の色は赤。

 襟と肩と袖口には、銀の別布があり赤い刺繍が施されていた。

 ズボンの裾を縛る赤いリボンが、唯一、女の子である事を主張していた。


 クララが深紅の布を広げた。

「仕上げのマントでございます」

「もう、我慢できないっ!」

 何とか堪えていたが、私は我慢ができずに吹き出した。

 スーパーマンをヒーローとあがめる、どこぞの田舎のレディースである。


「ベス様、肩にとめますので、動かないでください」

「うん、分かった、ごめん」


 額を見せて、ハーフアップにした私が、鏡の中でルベと視線を合わせた。

「ルベ、似合う?」

『ああ、ベスらしい。よく似合っておる』

「ありがとう」


 クララは予定していた時間通りに仕上げてくれたようだが、服を着るだけなら、五分だと思う事は、今日で止めようと思った。

 珍しく額に薄らと、クララが汗を浮かべていたからである。


「クララ、ありがとう」

「獣神官様のお支度をさせて頂いた事は、私の生涯の誇りとなります」

 クララが真顔で言った。


「ありがとう」

 二度目はクララを抱きしめて、耳元で囁いた。

「ベッ、ベス様!」

 笑う私に、クララは笑いながら怒った。

 私にとって彼女は特別な侍女だから、獣神官にあげるつもりはないのである。



 館のホールには、ジルとジョン、ハーゲンとディランがいた。

 警備の礼装は黒らしく、赤い縁取りがあり、ズボンのサイドラインも赤い。

 刀帯も赤いが、襟と肩と袖口は私と同じく、銀と赤で飾られている。

 ちなみに、彼らは警備兵ではないので、普段は目立つ制服は着用しない。


「ベス様。立派なお姿です。エリーも楽しみにしています」

「うん」

 警備の制服を着用している父さんを、母さんとエルモはどう思うだろう。

 誇らしく思ってくれると良いのだけれど。


「ベス様、とてもお似合いですよ」

「ダニエル、なんかずるい!」

「私がですか?」

 困った顔でダニエルは、優しく笑う。


 ダニエルは主神官なので、黒の長ランは着慣れている。

 大神官の金色が、獣神官の銀と赤に変わっただけである。

 おまけに、美丈夫だから、服に着られてはいない。

 銀の長い髪を、緩く一本にまとめているが、そのひもが赤いのは意図的だろう。


「私だけ、始めて本部の礼装を着たんだね……」

「そうですね。本部の女性職員に礼装はありません。警備隊に女性はいませんからね。要職に就く女性の礼装はドレスでした。ベス様が歴史上、初の礼装を着用した女性になるでしょう」


 ダニエルの言葉を聞きながら、ドレスにすれば良かったと思ったが、ドレスでは神獣たちと就任式は楽しめない。

 私の礼装は、多くの理解を得る事が、きっとできると信じる事にした。




 会場は、大神官や獣神官の就任式を執り行うためだけに、建てられている物ではなく、教会の警備隊が管理している物で、三年に一度、競技大会も催される。

 今回は獣神官の就任式があるため、施設の改修が行われたようだ。

 私は地球の野球場のようだと思った。


 白の大陸にある、この教会本部のある場所は、巨大なドームの中にあるので、天候すら管理下にある。

 従って、式典が雨天で中止になる事はない。


 収容人数は約三万人らしいが、ダニエルの話では、大神官の就任式は四万人が入ったそうだ。

 無料ならばともかく、金を払ってまで見たいのは、神の存在を認識したいからだろうか。

 ならば、金の光が大神官に降り注ぐ光景は、拝みたくもなるかもしれない。


 今回は教会が世界中の王族や有力者を招待している。

 高額な特等席がすぐに完売した話は、館のメンバーが教えてくれた。

 養護施設の子供たちや、現役を退いたお年寄りは、無料招待されていると聞いて、教会にも多少の善意はあるようだと、感心したのは私だけだろうか。


 控え室の小窓から、会場の様子を眺めたが、入場してくる人並みから、知り合いを見つける事はできなかった。

 本部の役職者などが座る関係者席に、リナルドが館のメンバーを連れて入ったのが見えた。




 就任式が始まった。


 特設の舞台に各国の代表者が並び、中央には大神官がいる。

 私は警備隊長の父さんの後ろを歩く。

 私の横には、獣神官補佐のダニエルがいる。

 私の後ろには、ジルたち四人がいる。


 父さんが舞台の前で立ち止まり、私は一人で舞台に上がった。

 大神官に就任証書を渡されて、用意された席に座ると、祝辞をもらう。

 挨拶が無事に終わったところで、式の大半は終わったと言っても良いだろう。


 観客が一番楽しみにしているのは、四神獣なのである。

 本来はここで杖を掲げて、四神獣を呼ぶらしいが、私の杖は指輪である。

 見栄えがしないので、剣を掲げる方が良いと言われて、剣を高く持ち上げた。

 アホらしいので、火と風の魔法で炎の竜巻を剣先から出してみた。

 良いできだと思ったが、舞台の下のダニエルが、呆れた顔をしていた。


 割れんばかりの拍手が、突然止まったのは、四神獣が空中から現れたからであろうか。

 彼らは竜巻をぐるりと回って、私の両横に並んだ。


『ベス、暇だったのか?』

 ルベが言った。

『うん』


『式で火遊びをした獣神官を、ぼくは初めてみたよ』

 カラは楽しそうだ。

『だって、剣を掲げるだけって、つまらないでしょ?』


『あら、確か “集え! 四神獣” とかって叫ぶのよ?』

 アムの言葉で、確かめるようにダニエルを見たら、うなずいていた。

『忘れてた……』


『気にしない。ベスはベスの就任式をすればいい』

 テネは優しい。

『うん』


 式の進行役が、浄化魔法の披露を告げた。

 この場に立ったまま、光の柱をだすと誰もが思っている事が、愉快だった。


 私は指輪のある右手の人差し指を、空に向けた。

(エブリン! 見ていてね)

 エブリンが最後に贈ってくれた、四季の刺繍のあるハンカチが空を覆う。

 白い結界を張っただけだが、私はそこをスクリーンにした。


 そのハンカチの刺繍は春。

 カラに飛び乗り、観客の上を飛びながら、スクリーンに映し出されるのは、青の大陸で見た、新緑の畑である。

 黄色の春の花が舞う中を、走るように空へと上る。

 その映像が金色に光の粒になり、消えたところで舞台に戻る。


 次のハンカチは夏。

 アムの背から、私が映し出したのは、しゃく熱の砂漠の風紋。

 熱い風に乗って滑るように向かった先で、赤の大陸だけに群生する、白い花の花びらを舞い上げた。

 舞台から神獣たちが、かすかに温度差のある風を送っている事に、気が付いている観客はどれぐらいいるのだろう。

 光の粒を映しながら、そんな事を考えた。


 ハンカチが告げるのは秋。

 四神獣中、唯一、黒い毛色のテネが空中を走る。

 黒の大陸の畑は小金色に染まっていた。

 山々を真っ赤に染めるのは花ではない。

 紅葉がスクリーンで金色になり消えた。


 最後のハンカチは、花ではなく雪の結晶。

 雪を知らない、エブリンが本で調べた冬だった。

 暗い空から降る物は、濃い灰色が徐々に白くなる。

 ルベの背に乗り、私は空から落ちる雪を映した。


 冬の夜空にある星は、きらめきが一段と増す。

 だが、観客は空をいつまでも眺めてはいない。

 会場は、イルミネーションの明かりに、あふれているのだから。


 ルベと私が舞台に戻った時、会場は観客を置き去りにして、元の姿に戻った。

 舞台の下にいるダニエルが、優しい笑顔でうなずいてくれた時。会場は拍手に包まれた。


 私は神獣たちを笑顔で見上げた。

 彼らの表情は読み取れないが、尻尾が揺れていた。


 この世界の人はこれが、残念な獣神官のスライド上映会だとは、誰も知らない。

 獣神官は天才だと、誤解をされても、訂正はできない。


 私が前世をパクる天才だなんて、胸を張って言える訳がないしねぇ。








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