就任式の空
館の空気は、朝から張り詰めていた。
メンバーは昨夜遅くまで、最後の確認をするために、走り回っていたようだ。
私といえば、ルベ以外の神獣が館に来たので、皆と風呂に入ったり、食事をしたりと、のん気なものだった。
“エリザベス様、お支度の時間まで、館から離れないでください”
リナルドの言葉に、皆がうなずいたのである。
逃亡癖がない私に対して、失礼な物言いだと思ったが、背中を向けたダニエルの肩が、小さく震えている。
就任式の前にダニエルと、こっそり招待客にご挨拶をして歩いた。
式の後で会えると言われたが、白の大陸にいるのだから、顔ぐらい見たいと我がままを言ったのである。
ダニエルはそれを思い出して、笑っているに違いないのだ。
館の中では一番若いが、三歳児ではないのだ。
きっちりと分かってもらおうと思ったが、今後の事を考えて、自分の首を絞める事になりそうなので、止めておいた。
四神獣が来たのは、二日ほど前だった。
全員で出迎えた時は、緊張した様子だったが、双方の間にある壁を壊したのは、神獣たちだった。
彼らは大型犬ほどの大きさになると、館にいるメンバーに、その体に触れる事を許したのである。
家獣と呼ばれるペットは、数が少ない上に、他人が触れる事は許されない。
館のシンシに至っては、抱くと腕の中で儚く消えてしまう。
四神獣は、メンバー全員の目尻を、見事に下げさせたのである。
私はその辺りが、何ともあざとく見えて、笑ってしまった。
そうこうしている内に、クララが呼びにきた。
「ベス様、お支度をいたしましょう」
「服を着るだけでしょう?」
「いいえ。お湯を使い、全てを整えてから、お召し物をまとっていただきます」
お風呂なら、何度も泳いだから、いらないとは言えない。
洋服の事をクララに丸投げしていた私は、これ以上クララを困らせる事はできないのである。
もう一人、侍女を増やすと言っていた、リナルドの意見は正しいが、私は自分の抱えている問題が解決するまで、その返事をする気にはなれなかった。
「クララ、リナルドたちと見にきてくれるのでしょう?」
「はい。館に不審者は入れないですから、全員が関係者席から拝見できるように、ダニエル様が手配をしてくださったのです」
「皆の晴れ姿を見てあげてね」
「今日の主役は、ベス様でございます」
「ああ、そうだった」
クララに言われて、苦く笑った。
獣神官付きの警備隊の正装が、とても凜々(り)しく見えたから、彼らが守っているのが私である事を忘れていた。
そもそも、彼らの仕事は警備が主ではない。
制服に特殊な好意を寄せてはいないが、あの姿は格好が良い。
「ベス様。とても美しく、ご立派なお姿でございます」
私は衣装を見せられた時に、嫌な予感がしていたのである。
その予感は、全く私を裏切らなかった。
いや、想像していた以上に迫力があるのは、私が鏡をにらみ付けているからに、他ならない。
ドレスは着ないと、言ったのは私だ。
皆と同じ制服でいいと、言ったのも私である。
身分が高くなれば、上着の丈が長くなると、知らなかったのは私だ。
赤い縁取りのある、真っ白な長ラン……。
どこぞの応援団か、金持ちのレディースにしか見えない。
金が大神官の色なら、銀は獣神官の色。そして神獣の色は赤。
襟と肩と袖口には、銀の別布があり赤い刺繍が施されていた。
ズボンの裾を縛る赤いリボンが、唯一、女の子である事を主張していた。
クララが深紅の布を広げた。
「仕上げのマントでございます」
「もう、我慢できないっ!」
何とか堪えていたが、私は我慢ができずに吹き出した。
スーパーマンをヒーローとあがめる、どこぞの田舎のレディースである。
「ベス様、肩にとめますので、動かないでください」
「うん、分かった、ごめん」
額を見せて、ハーフアップにした私が、鏡の中でルベと視線を合わせた。
「ルベ、似合う?」
『ああ、ベスらしい。よく似合っておる』
「ありがとう」
クララは予定していた時間通りに仕上げてくれたようだが、服を着るだけなら、五分だと思う事は、今日で止めようと思った。
珍しく額に薄らと、クララが汗を浮かべていたからである。
「クララ、ありがとう」
「獣神官様のお支度をさせて頂いた事は、私の生涯の誇りとなります」
クララが真顔で言った。
「ありがとう」
二度目はクララを抱きしめて、耳元で囁いた。
「ベッ、ベス様!」
笑う私に、クララは笑いながら怒った。
私にとって彼女は特別な侍女だから、獣神官にあげるつもりはないのである。
館のホールには、ジルとジョン、ハーゲンとディランがいた。
警備の礼装は黒らしく、赤い縁取りがあり、ズボンのサイドラインも赤い。
刀帯も赤いが、襟と肩と袖口は私と同じく、銀と赤で飾られている。
ちなみに、彼らは警備兵ではないので、普段は目立つ制服は着用しない。
「ベス様。立派なお姿です。エリーも楽しみにしています」
「うん」
警備の制服を着用している父さんを、母さんとエルモはどう思うだろう。
誇らしく思ってくれると良いのだけれど。
「ベス様、とてもお似合いですよ」
「ダニエル、なんかずるい!」
「私がですか?」
困った顔でダニエルは、優しく笑う。
ダニエルは主神官なので、黒の長ランは着慣れている。
大神官の金色が、獣神官の銀と赤に変わっただけである。
おまけに、美丈夫だから、服に着られてはいない。
銀の長い髪を、緩く一本にまとめているが、そのひもが赤いのは意図的だろう。
「私だけ、始めて本部の礼装を着たんだね……」
「そうですね。本部の女性職員に礼装はありません。警備隊に女性はいませんからね。要職に就く女性の礼装はドレスでした。ベス様が歴史上、初の礼装を着用した女性になるでしょう」
ダニエルの言葉を聞きながら、ドレスにすれば良かったと思ったが、ドレスでは神獣たちと就任式は楽しめない。
私の礼装は、多くの理解を得る事が、きっとできると信じる事にした。
会場は、大神官や獣神官の就任式を執り行うためだけに、建てられている物ではなく、教会の警備隊が管理している物で、三年に一度、競技大会も催される。
今回は獣神官の就任式があるため、施設の改修が行われたようだ。
私は地球の野球場のようだと思った。
白の大陸にある、この教会本部のある場所は、巨大なドームの中にあるので、天候すら管理下にある。
従って、式典が雨天で中止になる事はない。
収容人数は約三万人らしいが、ダニエルの話では、大神官の就任式は四万人が入ったそうだ。
無料ならばともかく、金を払ってまで見たいのは、神の存在を認識したいからだろうか。
ならば、金の光が大神官に降り注ぐ光景は、拝みたくもなるかもしれない。
今回は教会が世界中の王族や有力者を招待している。
高額な特等席がすぐに完売した話は、館のメンバーが教えてくれた。
養護施設の子供たちや、現役を退いたお年寄りは、無料招待されていると聞いて、教会にも多少の善意はあるようだと、感心したのは私だけだろうか。
控え室の小窓から、会場の様子を眺めたが、入場してくる人並みから、知り合いを見つける事はできなかった。
本部の役職者などが座る関係者席に、リナルドが館のメンバーを連れて入ったのが見えた。
就任式が始まった。
特設の舞台に各国の代表者が並び、中央には大神官がいる。
私は警備隊長の父さんの後ろを歩く。
私の横には、獣神官補佐のダニエルがいる。
私の後ろには、ジルたち四人がいる。
父さんが舞台の前で立ち止まり、私は一人で舞台に上がった。
大神官に就任証書を渡されて、用意された席に座ると、祝辞をもらう。
挨拶が無事に終わったところで、式の大半は終わったと言っても良いだろう。
観客が一番楽しみにしているのは、四神獣なのである。
本来はここで杖を掲げて、四神獣を呼ぶらしいが、私の杖は指輪である。
見栄えがしないので、剣を掲げる方が良いと言われて、剣を高く持ち上げた。
アホらしいので、火と風の魔法で炎の竜巻を剣先から出してみた。
良いできだと思ったが、舞台の下のダニエルが、呆れた顔をしていた。
割れんばかりの拍手が、突然止まったのは、四神獣が空中から現れたからであろうか。
彼らは竜巻をぐるりと回って、私の両横に並んだ。
『ベス、暇だったのか?』
ルベが言った。
『うん』
『式で火遊びをした獣神官を、ぼくは初めてみたよ』
カラは楽しそうだ。
『だって、剣を掲げるだけって、つまらないでしょ?』
『あら、確か “集え! 四神獣” とかって叫ぶのよ?』
アムの言葉で、確かめるようにダニエルを見たら、うなずいていた。
『忘れてた……』
『気にしない。ベスはベスの就任式をすればいい』
テネは優しい。
『うん』
式の進行役が、浄化魔法の披露を告げた。
この場に立ったまま、光の柱をだすと誰もが思っている事が、愉快だった。
私は指輪のある右手の人差し指を、空に向けた。
(エブリン! 見ていてね)
エブリンが最後に贈ってくれた、四季の刺繍のあるハンカチが空を覆う。
白い結界を張っただけだが、私はそこをスクリーンにした。
そのハンカチの刺繍は春。
カラに飛び乗り、観客の上を飛びながら、スクリーンに映し出されるのは、青の大陸で見た、新緑の畑である。
黄色の春の花が舞う中を、走るように空へと上る。
その映像が金色に光の粒になり、消えたところで舞台に戻る。
次のハンカチは夏。
アムの背から、私が映し出したのは、しゃく熱の砂漠の風紋。
熱い風に乗って滑るように向かった先で、赤の大陸だけに群生する、白い花の花びらを舞い上げた。
舞台から神獣たちが、かすかに温度差のある風を送っている事に、気が付いている観客はどれぐらいいるのだろう。
光の粒を映しながら、そんな事を考えた。
ハンカチが告げるのは秋。
四神獣中、唯一、黒い毛色のテネが空中を走る。
黒の大陸の畑は小金色に染まっていた。
山々を真っ赤に染めるのは花ではない。
紅葉がスクリーンで金色になり消えた。
最後のハンカチは、花ではなく雪の結晶。
雪を知らない、エブリンが本で調べた冬だった。
暗い空から降る物は、濃い灰色が徐々に白くなる。
ルベの背に乗り、私は空から落ちる雪を映した。
冬の夜空にある星は、きらめきが一段と増す。
だが、観客は空をいつまでも眺めてはいない。
会場は、イルミネーションの明かりに、あふれているのだから。
ルベと私が舞台に戻った時、会場は観客を置き去りにして、元の姿に戻った。
舞台の下にいるダニエルが、優しい笑顔でうなずいてくれた時。会場は拍手に包まれた。
私は神獣たちを笑顔で見上げた。
彼らの表情は読み取れないが、尻尾が揺れていた。
この世界の人はこれが、残念な獣神官のスライド上映会だとは、誰も知らない。
獣神官は天才だと、誤解をされても、訂正はできない。
私が前世をパクる天才だなんて、胸を張って言える訳がないしねぇ。




