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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
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館の主の宣言

「父さん!」

「ベス、元気そうだな。それにしても、随分と大きな館がいただけるのだね」

「うん、本当にね。神獣様は大きいからだって聞いたわ」

 ダニエル様が朝一番に連れてきたのは、父さんだった。


「父さんは館を見にきてくれたの?」

「まあ、それもあるが、皆が集まるからな。主神官付きの隊が、獣神官様付きになるんだ。任務の内容も、心構えも変わる。今日はその会議があるんだよ」

 父さんが引き続き、隊長を務める事になったとダニエル様から聞かされていた。



 アリッサを連れてきた日に、ダニエル様はウーゴを連れてきた。

 ウーゴは卒業を待たずに、始動時から仕事がしたいようで、学園長から許可をもらって、卒業試験だけは受けるようだ。

 ウーゴとアリッサは事務の担当だが、他の仕事も任されるようである。


 今日は皆が集まるが、顔合わせや、事務手続きや部屋割りがあるので、私は昼食からの参加になる。

 クララもルベも出迎えに忙しいので、私はおとなしく、物置部屋の一つを物色する事にした。



 この館の掃除は完璧である。

 ほこり一つない部屋にある古い家具は、置き去りにされていた悲壮感もなく、まるで出番に胸をときめかせているように見える。

 誰かが使ってくれると良いのだけれどと、思わずにはいられない。


「あった。これね」

 私がこの部屋にきたのは、ルベが退屈しのぎになるだろうと、鍵をくれたからである。


 続き間のある部屋は珍しくはない。

 古い家具が置いていなければ、この部屋も普通に使用できるに違いない。

 ただ、続き間に金属の扉となれば、次の間に魔物でも飼っていたのかと、勘ぐりたくもなる。


 少しの緊張感と好奇心は、気持ちを高揚させる。

 私は鍵を差し込んで、扉をあけた。

 そこには、大きな机が置かれていて、その上にあるのは立体地図だった。


「すごい……」

 山や川や湖、海に浮かぶ島々までが、そこには広がっていた。

 私は旅をしていた景色を、その地図を見ながら、懐かしく思い返していた。


『気に入ったか?』

 いつの間にか、ルベが横にいた。

「うん。この世界を初めて見た気がするわ」

 地図から目を離さずに、私は言った。


『これを作った獣神官は、我らと空を飛ぶのが好きだった。まだ、地図がない時代に、前世を思い出してこれを作った。今でもこの地図より正確な地図はない』

「なぜ、これを公開しなかったの? これを元に地図を作れば、今より正確な物が簡単にできたでしょう?」

 この世界の地図は、あまり細かく描かれてはいない。


『人間が必要としないからだ。人は必要な物があれば作り出す。ベスは我に地図が見たいと言った。それは、地図が便利だと知っているからだ。人間がようやく地図を作りだした。これに追い付く時も、近いだろう』


 これを作った人はきっと、皆が地図に気が付くのを、待っていたのだと思う。

 その獣神官の前世は、ここより進化を遂げていたのかもしれない。

 それならば、この世界の成長過程をいたずらに、曲げる訳にはいかなかった気持ちは理解ができる。


「これ、もらって良いかな?」

『この館にある物は、全てベスの物だ。好きにするが良い』

「ありがとう」


 私は机と地図を、執務室に近い空き部屋に設置した。

「地図を作った人がいるなら、使う人がいても良いでしょう? この時代だからこそ、きっと皆の役に立つと思うの」

『確かに、今は地図を知らぬ者もいないからな』



 午後からは会議になるので、昼食の時間は休憩を兼ねていた。

「癒やされるよなぁ」

「すげえ、かわいいのにな」

「触れないのがなぁ」


「触ったら消えるとか、雪かよ」

「名前はシンシって言うらしい」

「どれがだ?」

「全部」


 皆が、館の中を忙しそうに走り回る、かわいい下働きの話をしている。

「あれは、シンシっていうの?」

「ええ。大神官補佐に聞きました」

 ダニエル様は、そう言いながら小さく息を吐いた。


「大神官様と、また言い争いでもしたのですか?」

「いいえ。兄はベスの装飾品を考えていました。また、贈り物がきますよ」

「……いらない」

「困ったものです」

 二人でため息をついたところで、私は思い出した。


 母さんが持たせてくれた、実母からの贈り物。

 私はカバンから巾着袋を取り出して、母さんが実母から預かった経緯を、ダニエル様に話した。


「私の記憶では、母親は獣神官になる事を、喜んではいなかったと思います。それでもそうなる事を、疑ってはいなかったみたいです。実の親からもらった、たった一つの贈り物で、形見ですから身につけておきたいのですが」


『ほう、亡国の宝玉だな。それは“守護の石”という。身につけておれば、命の身代わりになる石だ』

 ルベはこの石を知っているようだ。


「でも、その国は滅んだのでしょう?」

『国の身代わりになる石などはない。王だけが生き残るより、己が守りたい者に託したのだろう。国が存続しておれば、賢明な王女になったのかもしれんな』


「その方を知っているの?」

 私が赤ん坊の時に、実母がもらった石である。

『赤子であろうとあの時代は、王子に逃げる道はないからな』

 実母があのお婆さんの侍女だった事までは、ルベも知らないようである。


「それ程の物でしたら、ベスを守ってくれそうですね。これだけの大きさがありますから、首飾りか腕輪でしょうか」

「魔力隠しの腕輪はしていますよ?」

 私は服の上から、送り神官様が作ってくれた、大切な腕輪を触った。


「それは、就任式の後に外さなければなりませんからね」

 ダニエル様は師匠を懐かしむように、私の腕に目をやった。

 師匠の命を縮めたのは私なのだ、腕輪を外したら、ダニエル様に預けよう。

 あげると言ったら、きっと受け取らないと思うから。


「それなら、腕輪にしてください。首飾りは邪魔ですから」

 大きな石を四六時中、首から提げていたくはないと思った。


「そうですね。私もそれが良いと思います」

 私は宝石の加工の仕方も知らなければ、扱える知り合いもいない。

 ダニエル様は信用できる人物に、その加工を頼んでくれるようなので、お願いする事にした。




 昼からは全体会議だと言われたが、私を入れて十三人しかいないのだから、家族会議と変わらないだろうと思った。

 もちろん、そんな事は口にはださないが。


 父さんが、獣神官の仕事について、皆に説明をしていた。

 ダニエル様は、大神官から任された仕事をする主神官だったため、本部の仕事が多かった。

 それは、大神官がラベーナ神の神託を聞くからに他ならない。


 しかし、獣神官は四神獣の神託を聞く。

 扱う仕事は、自然災害と不正上級魔法の取り締まりに重点が置かれる。

 四神獣は災害級の魔物以外、魔物と人間の争いには手をださないようだ。

 ルベがこっそりと、それは獣王の仕事だと教えてくれた。


 人間同士の争いや、大陸内の戦争にも口を挟む事はしないらしい。

 それらは、人間が解決する問題だと言われれば、確かにそうだと思う。

 神や神獣の判断で、例外もあるようだが、その例外とやらを私は黒の大陸で経験している。


 父さんは、自然災害時に各国との連絡を、いかに速やかに行うかについて、人員の見直し等も考慮して、秋までには体制を整えると言った。

 不正上級魔法の取り締まりには、今まで以上に各地の協力者の助けが必要なようで、各リーダーたちは忙しくなりそうだ。



 ダニエル様は獣神官補佐として、しばらくは館の仕事が中心になると言った。

 獣神官が成人に達していない私であるため、大神官や本部との交渉や、様々な思惑から私を守らなければいけないらしい。

 皆は真剣にうなずいているが、大事な事を忘れていると思う。


『それって、今までと変わっていないよね』

『四神獣が加わると、館もまた落ち着かないだろう。ベスがここの主となるまでは、そうそう動かれんだろうな』

『主……。無理かも』



 リナルドは最初に、館のシンシについて話した。

 私はルベに聞いていたので、驚きはしなかったが、神が下働きを送ってくれると聞かされれば、驚くなと言う方が無理である。


 掃除と洗濯はシンシがしてくれるので、時間のある者は、調理場を手伝うようにとリナルドは言った。

 ヘンリーは、アガタが元ダニエル様の部下だったので、料理では昔から交流があるらしく、皆の顔に笑みが浮かぶ。


 リナルドは最後に、厳しい顔で言った。

「この館の主人は、エリザベス獣神官です。まだお若いですが、神の試練を受けられ、認められたお方です。大神官と対等の立場を与えられた方ですから、最低限、敬称をつけていただきます。そしてエリザベス様、部下や使用人は呼び捨てになさいますように」


「嫌です!」

 反射的に返事をした。

「なりません!」

 リナルドの顔は怖いけれど、ここは譲ってなるものか。


『ベス、聞きなさい』

『ダニエル様?』

 珍しく、ダニエル様が皆に聞こえないように、魔法で話し掛けてきた。


『ベスはまだ、成人には達していません。リナルドはベスをそれでも主と認めたのです。相手の名前を口にする時、相手と自分の立ち位置が知らずに心に刻まれる。リナルドはあなたを、主として守りたいからこそ、早い内に口にしたのです』


『でも、私はベスと呼ばれていたい。皆の事が大好きだもの』

 私は敬称をつけられる程、偉くはない。

 そんな事で皆から距離を置かれるのは、絶対に嫌だと思う。


『呼び方が変われば、嫌いになるのですか?』

 そうではない……。

 子供の私は、皆が優しく接してくれるから、それに甘えていたいだけかもしれないと思うと、急に頭が冷えてきた。


『ベス様。そう呼んでも、私はあなたが誰よりも大切な事に変わりはありませんよ? 皆の主になりなさい。あなたは、皆を守る優しい主になれる子です』

 子離れや親離れを、ダニエル様としているような気がした。


 ダニエル様をダニエルとは呼びにくいが、それがこの館の主としての初めての仕事であるなら、やって見せる。

 だが、お利口さんになる気はない。


「リナルドの鬼!」

「褒め言葉としてお受けいたします」

 リナルドの完璧な鉄の笑顔に、少し腹が立つ。


「敬称は外します。だけどリナルド、私は子供時代を繰り上げて、大人になる気はないの。皆を呼び捨てにして、甘えまくると決めたわ」

「承りました」

 私は胸を張って、堂々と宣言をした。


 父さんとダニエルは困った顔をしていたが、皆は優しい笑顔を向けてくれた。


 私は足の裏を痛めない程度の、背伸びを覚えた。








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