表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
11/185

青い鳥

 幾度かの休息をはさんで、私たちの馬車は大きな山を下り終えた。

「ちょうど良い時間に着きましたね。今夜はここで休みましょう」

 神官様は馬車の小窓から、御者台に声をかける。


 山と山の間にあるこの沼地は、魔物が少なく、他の場所より安全らしい。

 周囲には数台の馬車や、徒歩の旅人が野営の準備をしている。

 ジルと神官様は御者台の下にある荷物入れから、食材などを取り出して、早速食事の準備を始めた。


 旅人が使ったものだろうか、丸く並べられた石の中央に、黒く炭が残っていた。

 村ではカマドの火を落とす時は、種火を取っておいたが、野外ではもちろん、そのような物はない。

 私はワラをきつく巻いた物の上にしばを置いて、薪を数本重ねた。


 ジルがそれを見て、ワラに火魔法で火をつけてくれた。

 薪に火が移ると、後は火ばさみで火力を調節するだけである。

 塩漬けにして干した魚と野菜を煮込んで、仕上げにハーブを入れる。


 魚から出た塩分とだしを、野菜が吸収して味をまるくする。

 ハーブが魚の臭みと煮野菜特有の匂いを消してくれる。

 これは村でも食べていた、家庭料理である。


 スープが出来上がる頃には木が炭になる。それを砕いて、炎が見えないようにするのである。

 その時に焼く肉が一番おいしい。

 ルベに食べさせたいが、ルベはただ今、お出かけ中である。


「ルベにも獣の付き合いがあるのでしょう。たまには、ちゃんと食事もしなければなりませんからね」

 神官様に言われて、ペットとは違うのだと思い知らされる。


 ルベの容姿に癒やされるのは事実だが、彼は愛玩される事や、飼育される事を望んでいる訳ではないのだ。

 小さいとはいえ、味見程度の量では、体の維持はできないのだから、自然の中に食料を求めに行く彼を、私は止める事ができない。


 食事が終わり、片付けをする頃に、ルベは戻ってきた。

『何事もなかったか?』

 すぐにカバンの姿になり、抱えた私に言った。


「うん。お帰りなさい」

『戻った』

「この辺りには、魔物はたくさんいるの?」

『この沼の辺りにはいないが、この沼の奥には泉があって、その辺りにはたくさんいる』


 私は高い塀の中で暮らしていたので、魔物は本でしか見た事がなかった。

 前世で動物図鑑を見ていたように、魔物の本を見ていたのである。

 この世界では、その魔物がいつ現れるかもしれないほど、身近だというのに。


 サファリパークで野営をするより、危険な事だろうと思うと、この辺にはいないと言われても、少し怖い。

『何を怯えている。我がいるのだ。森の中で寝てもベスに朝はくる』

 そっと辺りをうかがっている私に、ルベが言った。

「うん」


『魔物たちには自分たちの庭がある。季節を追う魔物たちにも道がある。入ってくる物にあいつらは容赦がない。人間は食料としてのうまみはないのだ。食料に困っていなければ、あいつらにとっても危険な人間などは襲わない。人間はむやみにあいつらを襲っておきながら、反撃されると襲われたと被害者になって追い回す。あいつらにとっては厄介な生き物なのだ』


「なるほど。それは厄介ね」

 人間にとっては普通の話だが、逆の立場から聞くと、確かに人間は面倒である。

『ベス。忘れているようだが、お主も人の子だぞ?』

「そうだった。忘れていたわ」


 そこで神官様が、馬車から私を呼んだ。

「ベス。ここでルベと休みなさい。ジルは体を伸ばして眠りたいようなので、外で寝ます。私は朝まで見張りがありますからね」

「はい。お休みなさい」

「ゆっくりお休みなさい。良い夢を」


 馬車の中は椅子と椅子の間に、板が渡されている。備え付けなのだろう。それは椅子と同じ布地が使われていた。椅子より薄いが、詰め物まで入っている。

 大きなジルは確かに、ここでは体を伸ばせない。一日中、御者台にいたのだから、疲れているのだろう。


「ジル。お休みなさい」

 私は馬車の窓から顔を出して言った。

 たき火の前で、ジルはカップを上げた。中はきっとお茶ではない。

 温めたお酒は、疲れを翌日に持ち越さないのだと、言っていたのを思い出した。



 翌朝。

 まるで宿のベッドで目覚めたように、気分が良かった。

 いつも横で丸くなって眠っている、ルベがいないのに気が付いて、馬車の中を探した。


『目が覚めたのか?』

「おはよう、ルベ。どこにいるの?」

『御者台だ』


 私は軽く身なりを整えて、馬車の外に出た。

「おはようございます。神官様」

「はい。おはようございます。ベス、私はちょっと薬草を集めてきますので、ルベのそばから離れないでくださいね」

「はい」


 神官様はそう言うと、自分の背丈ほどの高さがある大きな杖を肩に担ぎ、走りさった。

 私は口が開いているのに気が付いて、あわてて閉じた。

「邪魔そうよね? でもあんな大きな杖を、どこに隠していたのかしら? ああ、折りたたみ式ね、きっと」


『ベス。あの杖に見覚えはないか? あれの左胸にはいつもあったはずだが』

「あれ? そう言えば杖の頭の形……。あれってバッチじゃなかったの?」

『あれが、ダニエルの杖だ』


「すごく重そう」

『あれは、ダニエル以外の者では持ち上げる事もできない。だが、ダニエルには己の手のように軽いのだ』

「そう言えば、自分の肩から下がっているのに、腕の重みって感じた事がないわ」

 ルベはなぜか、私を横目で見て肩を落とした。


『おお。来たか』

 ルベが遠い空に目をやる。


 まだ明け切らない夜をまとった青と、あけぼの色の間にある光の帯に、黒い点がある。

 それが徐々に大きくなり、鳥だと気付くまでにかかった時間は、とても短いものだった。

 私は鳥に詳しくはない。細身のハトのようだと思った。

 ただ、色は鮮やかな青だったが。


 空中にとどまる事ができる鳥は、少ないと聞いた事があったので、私は腕を差し出した。ルベの言葉から、知り合いなのかもしれないと思ったからだ。

 私の腕に静かにとまったその鳥は、ルベと同じように重さがなかった。


「初めまして。私はエリザベス。ベスって呼ばれているのよ。あなたはルベウスのお友達? 私とも仲良くしてくれると嬉しいわ」

 私を見つめる赤い目をまぶしそうに細めてから、鳥は器用に首を曲げて、自分の翼から羽根を抜いた。

『くれるようだ。もらっておけ』


「え? ごめんね。痛かったでしょう? ありがとうございます。大切にするわ」

 鳥は私の肩に移ると、目を細めて髪に頭をすり寄せた。

 そっと腕を曲げて鳥に触れると、優しい冷たさが手に伝わってきた。


 その時、馬車の後ろで音がした。

 鳥は飛び立ち、そのまま空に吸い込まれて行った。


「ベス? あれ、どこだ?」

「ジルさん。ここです」

「ダニエル様は?」

「薬草をとりに行くって」


「起こせよ。危ないだろうが。さて、顔でも洗うか」

「私も洗う。ルベこの羽根をお願い」

 私はカバンの中に、大事な羽根をしまった。


 朝食のスープが温まった頃、神官様が戻ってきた。

「ジル。おはようございます。食事の支度をありがとう」

「おはようございます。温めただけですよ。それより起こして行ってくださいよ。ベスが御者台にいましたよ。落ちてけがでもしたら、エリーにどれだけ恨まれるかと思うとぞっとします」


「そうですね。これからは気を付けましょう」

 笑いながら言う神官様に、反省の色はない。


「母さんは優しいから、恨んだりしないわ。おなかに力を入れていれば、父さんだって無事だもの」

「腹?」

「そうよ。拳で殴るの。すごく痛そうなの」

「上級冒険者の拳を、腹で受けたくはねえよ」

「うん。私もお勧めはしない」


 離れているところに見える、野営をしていた人たちも動きだした。

 私たちの馬車は、次の山を目指した。


 私は神官様に羽根を見せて、その鳥がどれほど、奇麗で愛らしかったかを、一生懸命説明したのに、神官様の表情にいつもの優しさは見られなかった。

「神官様? 私はいけない事をしたのでしょうか? ごめんなさい」


『ダニエル。ベスを不安にさせるな』

「え? ああ。大丈夫ですよ。ルベがそばにいたでしょう? ベスに危害を加える魔物はルベが排除しますよ。ちょっと待ってくださいね」

 神官様は上等な木の箱を荷物から出すと、私に手渡した。


「その羽根は、とても貴重で珍しい物なのですよ。ベスとルベと私だけの秘密です。良いですね?」

「はい」

 私は服にでも飾ろうと思っていたので、少し残念に思った。前世の記憶のせいで、募金もせずに羽根を飾るのは、少し後ろめたい気持ちもなっていたので、ここは素直に従った。


 上等な箱に収まった羽根は、とても立派な羽根に見えた。

 小さいけれど……。

 私はもう一度、ルベに羽根の入った箱をしまってもらった。


 二つ目の山を越え、ネガーラ国に到着した。

 一本道だったので、入国の手続きを待つ事もなく、私たちは門を抜けた。

「これは、すごいな。神官様、教会に回しますか」

「そうですね。これほど混雑しているとは、思いませんでしたね」

 確かに、バージムの国境の町も賑やかだったが、この町は人が更に多かった。


 馬車が教会に着くと、神官様と一緒に降ろされた。

「馬車はベスが寂しいでしょうから、二人乗りにしますか? ベスに馬は無理だと思いますからね」

「そうですね。お願いします」


「ベス。俺はここまでだ。これから、バージムの王都に戻るんだ」

「ジル? 嘘でしょ?」

 私は神官様がうなずくのを見て、ジルの顔を見た。


「俺は教会の仕事をしているから、いつかきっとベスに会える。元気でやれよ? ああ、それから、これは持っておけ、俺の腰にもあるだろう? 本当に困った時には、これを腰に下げている奴に助けを求めるんだ。きっと力になってくれる」

 それは、父さんの香木だった。


「うん。ありがとうございました。……あのね。父さんや母さんやエルモに会ったら、言って欲しいの。元気だって。だから、元気でいてって……」

「ああ。約束しよう。じゃあな」

「ジル。気を付けて戻ってね。会えるのを楽しみにしているね」


 ジルは、そのまま御者台に乗ると、馬車を走らせた。

 私は、馬車が見えなくなるまで立っていた。

 泣くのは違うと思うけれど、鼻の奥がツンとする。

 父さんや母さんやエルモが、また少し遠くなった気がした。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ