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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
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人の痛いのは

 獣神官の館は、まだ人が少なくて寂しい。

 ヘンリー夫婦は調理場で、補給しなければならない備品を調べている。

 メンバーが館に入れば、一番に食事が必要になる。


 ダニエル様とリカルドは、やらなければならない事が山積みのようで、クララが補助をしている。

 私は式典の衣装の希望を聞かれたが、渡されたデザイン画を一目見て、そのまま返した。


「ドレスは着ない。制服も礼装も任務に適した物だから、皆と同じにする」

 かつて女性の大神官や獣神官が、就任式でドレスを着た記録があるらしく、本部では時代を考慮して、洋服屋にデザイン画をださせた様である。


「どうしても、出席しなければならない夜会もありますからね。正確な採寸をしてきてください」

「外に行ってもいいの?」

 私はダニエル様の顔を見た。


「本部の中ですから、神殿から行ってくださいね。場所はクララが知っています。ルベがいるから、大丈夫でしょう」

「クララと行っていいの?」

 一人で知らない場所に行って、知らない人に会うのは少し苦手である。


「ええ。クララ、お願いしますね。終わったら資料室によって、書類をもらってきてください。この手紙を見せれば渡してくれますからね」

「承りました」

 ダニエル様にそう返事をしたクララは、少し緊張しているようだ。


「クララ?」

「いえ、本部の中は、子供の頃から知っているのですが、神殿の入り口から奥は初めてなのです」

 信仰上の理由か、迷子の不安かが分からない。


「私も一回しか行った事がないの。でもね、ルベは何度も行っているから平気」

 多分、何の気休めにもなっていない気がする。

「そうですよね」

 クララの表情が明るくなったので、迷子になる不安だったようだ。



 クララと転移した場所は、重たい雰囲気の部屋だった。

「ここが、獣神官の部屋?」

『執務室だ。教会関係者との面会は一階で済ませるから、この部屋で執務をした者はあまりいない。来るとしたら、大神官補佐ぐらいだろうな』


「本部への転送部屋ね」

「便利ですね」

『執務室だと言っている……』

 クララにはルベの言葉が聞こえていない。


 私たちは神殿を抜けて、本部に入った。

「ここからでしたら、何でもお聞きください。両親が本部勤務だったので、よく来ていました」

「今も?」


「父は今、勤務は警備本部です。母は侍女でしたが引退して、孫の面倒をみています。兄夫婦も本部勤務ですから」

「すごいね。生粋の白の民」

 白の民に、生粋があるかどうかは知らないが。


「家族が全員、本部勤務ではありません。私の姉は、青の大陸に嫁ぎましたので」

「クララは、好きな人とか、結婚を約束した人はいないの?」

「おりません」

 クララは否定したが、年頃の娘が胸を張って言うのはどうなのだろう。


 本部の中にある洋服屋は、制服を主に扱っていて、既製服の販売をしている訳ではない。

 たくさん並んでいる採寸室で、女性が細かく採寸をしてくれた。

 クララたちは、毎年一度の健康診断と採寸は、義務付けられていたようだ。


「次は資料室ですね。少し待たされるかもしれません」

「そうなの?」

「資料は前もって手続きをして、後から取りに行くのが普通ですから」

 ダニエル様に、普通を求めてはいけないと思う。


 資料室の受付で手紙を出すと、やはり少し待たされるようだった。

 受付の奥には、たくさんの棚が並んでいて、その間を忙しそうに、書類を持った職員が動いていた。


 違和感がある彼らの動きが気になって、私はその仕事振りを見つめた。

 一人の職員だけを、他の職員が器用に避けて通るのである。

 まるで、汚れ物を見るように不快な視線が、容赦なくそそがれている様子は、見ているこちらも、良い気分のものではない。


「彼女は何かしたのでしょうか?」

 横に座っているクララも、気になったようで眉をひそめた。

「随分とあからさまで、幼稚だよね」

 私がそう言ったところで、偶然、その職員は振り返った。


 私は思わず息を飲んだ。

 その女性職員を、私は知っていたのである。

 初めて白の海賊船に乗った時、私たちは幽霊船に遭遇した。

 その時、リッチの恋人の魂に(ひよう)()されていた事務員が、彼女だったのだ。


「アリッサさん……」

「エリザベス様、お知り合いですか?」

「うん。五年ほど前にね」


 私はアリッサさんから、目が離せなかった。

 薬に詳しい事務員である彼女が、船を降りたとは聞いていない。

 何があったのだろうか。


「まあ、ひどい……」

 クララがそう言ったのも無理はない。

 一人の女性職員が、すれ違いざま、彼女にぶつかったのである。

 皆が避けるように歩く中、その女性の行動は、どう見ても故意だった。


「ぼうっとしないでくださる? それとも、また何かが取り()いたのかしら? 邪魔ですのよ。私の資料を拾いなさい」

「申し訳ありません」

 アリッサさんは、そう言って、資料を拾おうとした。


 そこに責任者だろうか、年配の男がやってきた。

「またかね、アリッサ。君はここ以外に行く部署は、もうないんだ。死霊に憑依された者は、本部に置けないのは知っているだろう? 主神官様の温情とはいえ、他の職員に迷惑をかけるのなら、私も面倒はみられないよ」


「すみません」

 アリッサさんは、静かにそう言った。


 私は手を突いて、間仕切り板を飛び越えた。

「謝る必要はない! アリッサさん、謝っては駄目よ!」

 私の口はいつも、後の事は考えない……。


「エリザベス様?」

 アリッサさんは、驚いたように私を見た。


「君は誰かね? 部外者は入ってはいけない場所だ。出ていきなさい」

 責任者らしい男が、私を排除する気のようで、こちらに足を向けた。

 ルベが、カバンから獣になって、空中で腕組みをした。

 男はルベを見て、驚いたのだろう、一歩後ろに退いた。


「一部始終、見せていただきました。その女性が故意に彼女にぶつかったところもね。あなた、自分の分と彼女の書類も拾いなさい」

 私は床に散らばっている、書類を指差して彼女をにらみ付けた。


「なんですって! 私が故意にしたとは、随分な言いようですわ。私がそのような行為をする人間かどうかは、皆がよく知っておりますわ」

 高飛車な人は嫌いではないが、この女は鼻につく。


「彼女が絶対にしないと言い切れる人は、前に出てくるといいよ」

 こんな時に、出てくるような人は、集団いじめには参加しない。


「私の潔白はご存じでしょう?」

 彼女が辺りを見回すと、後が恐ろしいのだろう、パラパラとうつむきながら、数人が一歩前へ足を踏み出した。

 高飛車女はさすがである。


「神獣様の前で、堂々と嘘を突き通すとは、良い度胸ですね。クララ、彼女とその味方の制服に付いている名前札を、取ってきてください」

「はい。エリザベス獣神官様」

 全員が目を見開いている事より、クララが腹を立てている事が珍しい。

 思わず笑いそうになったが、ここは我慢だ。


「どうか、お許しください。偶然に起こった小さな誤解なのです」

 その一言で、この責任者の能力を見た気がした。

「あなたは、開口一番に “またかね” と言いましたが?」

「それは……」


「アリッサさん。私物を持ってきてください。ここを出ますよ」

 私は男から視線を外して、アリッサさんを見た。

「私物はありません。私用の机も棚もありませんので」

 それは、与えてもらえなかったのだと、うつむいた彼女の態度が物語っていた。


「お願いした資料を至急、用意してください」

 クララは、ダニエル様の手紙を渡した職員に言った。


「こちらです。ダニエル主神官の手紙には、催促があるまでお出ししないようにと、書かれておりましたので」

「そうですか。ありがとうございました」


 ダニエル様は資料が欲しかったのではない。

 アリッサさんの現状を見せたかったのだ。

 だったら、そう言えばいいのに……。


「アリッサさんは、邪魔者のようですから、私が連れていきます。当然、問題はありませんね?」

 私は責任者らしき男を見た。


「上の者の許可がなければ……。二度とこのような事がないようにいたしますので、今日のところは、どうか穏便にお願いいたします」

 穏便にして得をするのは誰だろう。


「絶対に嫌!」

「えっ?」

 女学生みたいな反応をするな。


「アリッサさん。行きますよ」

「はい」

 私たちは神殿に向かって歩きだした。


「嫌でなければ、私のところにこない? 住み込みで、多分、給金も安いと思うけれど、悪いようにはしないから」

「ありがたいお言葉ですが、私ではご迷惑になると思います」

「ならないわ。それとも行くあてがあるの?」


「いいえ。私には海で行方不明になった兄しか、家族はおりませんので」

「じゃあ、決まりね」

 イザベラさんの船には、優秀な人しか乗っていない。

 館はきっと、彼女の本来の能力を、発揮できる場所になるだろうと思った。


 神殿の獣神官室の前に、大神官補佐であるニコール様が立っていた。

「お帰りなさい。お話をお聞かせいただけますか?」

「なんの?」

 ニコール様に関しては、何をどこまで知っているのか、想像も付かない。


「資料室であった事ですよ。中に入っても?」

「どうぞ」

 ニコール様が獣神官室の扉を開けて、私たちを入れてから、入ってきた。


 私は資料室で見てきた事を話し、名札をだした。

「聞かせて欲しいのは、私の方ですよ。ダニエル様もニコール様も知っていたのでしょう?」

 ニコール様はうなずいた。


「各部署から、内密に報告してくれる者がいたのです。その度に部署を変えてはいたのですが、本部は広いようで狭い。閉鎖的な場所では、面白おかしく、この手の話は広まります」

「それにしても、あれでは完全なるいじめです」


「ご存じのように、アリッサはかつて死霊に憑依をされました。憑依はされやすい者とそうでない者がおります。そして、一度憑依された者は、狙われやすくなるのです」


「それで、船から降ろされたの?」

 ニコール様の話を聞いて、私はアリッサさんを見た。

 彼女は静かにうなずいた。


「彼女の安全のためです。イザベラ主神官は、彼女の身を守るため、本部勤務をさせたのです。ここが一番安全ですからね」

「あんな嫌がらせをされるくらいなら、死霊の方が優しいわよ。死霊をまとめて連れてきて、資料室に放してやりたい。本当にクズだったわ」


「そう、それなのです。警備や主神官は顔が知られていますから、その現場を見る事ができない。それでダニエルに相談したのです」

「顔が知られていない、私を使おうと?」

 ダニエル様とニコール様の、その辺りのずるさは侮れない。


「ええ。エリザベス様の判断にお任せしようと思ったのです」

「だったら言ってください。気付かなければどうする気だったのですか?」

 いつまでアリッサさんを、悪意に晒す気だったのだろう。


「本部にはもう、部署がありませんので、学園で職を探すしかないでしょうね」

「世界中から学生が集まる場所ですよ? アリッサさんは、連れて行きます。いろんな意味で、ここより安全だから。そのつもりだったのでしょう?」


「はい。よろしくお願いいたします。寮の荷物は、こちらから送ります」

 ニコール様はアリッサさんに、優しい笑みを向けた。


“人の痛いのは、三年でも辛抱する” と地球の祖父が言っていた。


 そんな顔ができるなら、とっとと助けてあげれば良いものを。


 全く食えない人だと思った。









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