表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
103/185

穴の先には

「これって、入ってみるべきよね?」

「安全だという保証はない。僕が行ってくるよ。ベスは女の子だからね」


 男でも女でも、危険な事に変わりがない。

 女の子扱いは嬉しいが、ここでウーゴを心配して待つくらいなら、この目でその危険を見なければ、後悔する未来の自分が見える。

 多分、危険の耐性はウーゴより、私の方があると思うからである。


「どうも、大人たちにはめられた気がするけど、私が行くわ」

「そうだとしても、学園長に悪意があると、僕には思えないんだよ」

 善人に悪意がないと、私は思ってはいない。

 悪ふざけのように、それはされた方が判断する事だと思っている。


「先に行くわ。着地してから呼ぶね」

「ベス、それは駄目だ。どんな危険があるのか分からない」

 ウーゴは真剣な顔で言った。


「ウーゴ、だからよ。私は数秒だけど時間の魔法が使える。この先の見えない穴から落ちて、捻挫で済むと思っているの?」

「それはそうだけど……、じゃあ、待っていて」


 ウーゴは机の引き出しから、裁縫箱を取り出して、糸を私のベルトに結んだ。

「気休めだけど、僕らに何かあったら、分かるようにしておきたい」

「うん。では行くね」


 私は時間を止めながら、穴から落ちた。

 床は外なら土だろうし、道ならば石、そして室内なら木かもしれない。

 そしてそれはどれも、一メートル上から落ちても痛いのである。


 着地した場所は土だったが、石壁の部屋のようだった。

 上を向いて呼んでみたが、天井がないこの場所から声が届くとは思えない。

 取りあえず、ベルトの糸を引いて見た。


 盛大な叫び声を上げ、落ちてくるウーゴを数回に分けて止めてからおろした。

「僕の身長ほどで、糸が止まったんだ。全く動かないし、声もしないから、心配で来てみたんだけど、僕って背が高かったんだね。ありがとう」

 ウーゴは情けない顔をしながら、器用に笑顔を作って見せた。


「私たちは、歓迎はされていないと思うの。普通は、ここで潰れた肉体を、捨てなければならないでしょ?」

「普通に死ぬと言ってくれたほうが気楽だよ。想像しなくても済むからね」

「そうね。ごめん」


 私たちの行く場所は一つしかなかった。

 翼を持たない私たちは、来た穴へ戻る事はできないのだから。


「開けるよ?」

「うん」


 石の壁にある木の扉は古いのだろう、その色は灰色になっていた。

 少しの隙間から、ウーゴが外をうかがった。


「一緒に驚いてみる?」

「付き合うわ」


 私たちの目の前には、ひざ下ほどの高さの、柔らかそうな草が、風になびいていて、それがまるで、緑の海のようにうねっていた。


「すごいな。地下にこんな世界があるなんて、まるで異世界だ」

「う、うん」

 異世界デビューを祝ってあげたいが、ここはきっと、地下空間だろう。

 私が本当の異世界を、知っている事は言えない。


「うんざりよね」

「どうしてだい? 気持ちが良いじゃないか」

 ウーゴは賢いが、のん気なようである。


「どっちを見ても、何もないのよ? 戻れない以上、進むしかないの。どこを目指せば良いの? ここに、生き物がいるとしたら、それは人? 魔物?」

 私は言葉を発する度に、不安な気持ちになっていった。


 どうして、ルベを待たなかったのだろう。

 どうして、ダニエル様を待たなかったのだろう。


「ベス、落ち着けよ。怒っても笑っても、何も変わりはしない。ここの情報は二人とも持っていないだろう。こんな時は、何かが起こってから判断するしかない。ゆっくり深呼吸をしてごらん」


 ウーゴに言われて、私はゆっくりと深呼吸をした。

 今は、後悔をしている場合ではない。


「ごめんなさい。不安になったの。私に降りかかってくるのは、いつも大変な事ばかりだったから」

「普通の運命を持った女の子じゃないからね。かわいそうだけど、僕には想像もつかない。でも、今は非力だけれど僕が守るからね」


 ウーゴの気持ちが嬉しかった。

 未知の場所で怖いのは、彼も同じはずだと思った。


「ありがとう。頼りにしています」


 太陽のない明るい灰色の頭上を眺めた。

 自分たちの出てきた、石造りの箱しか、目印はない。

 ウーゴは辺りを見回した。


「木が一本もないから、ここで夜を明かす事にして、少し辺りを調べてみよう。右手の先に何かがあるかもしれない」


 どのような生物がいるのかすら、分からない私たちは、効率より安全を優先して、一緒に行動する事にした。

 ウーゴの言った右側の草原には果てがあるようだった。


 生きている物は虫の一匹もいなかった。

 それが、学園長の庭のようで、私には不気味だった。

 私たちは、足元の草原が途切れている場所に立っていた。


「結構、高い場所だったのね」

「そうだね。ここが地下だと忘れてしまいそうだ」

「行くしかないわよね」


 眼下には森や川があり、遠くの町には城まであった。


「ウーゴ、何かがくる!」

「ベス、先に攻撃してはいけないよ」

「なぜ!」

「相手を見てからでも、遅くないからさ」

 私は剣に手をかけて身構えた。


 やってきたのは、真っ白な翼のある馬だった。

「驚いたな。ペガサスか」

「実在したのね」

 子供用の絵本に描かれていたそれが、目の前で動いている事に、私たちは驚いていた。


「地上から来なすったのか?」

 のん気な大声で、そう言いながら現れたのは、ウーゴが見上げるほど、大きな人だった。


「はい、そうです」

 ウーゴは私をかばうように、前にでて言った。


「そうか、ならば迎えにきた。俺はガドっていうもんだ」

「僕はウーゴです」

「私はベスよ」


 背が高いだけでなく、体の幅も厚みもある人で、髪と髭も黒くて濃く、太い眉の下にある、大きな目が優しそうだった。


「ここから、城が見えるだろう? あそこに行くんだが、飛んでは行けねえ。町からは歩いてもらうぞ」

「ガドさん。私たちはどうしてお城に行くの?」


 城にいる人が、善人だとは限らない。

 少なくとも、最高権力者だと思うと、用心もしたくなる。


「ここは、人間が住むところじゃねえからな。帰りたくないなら、ここで暮らすしかないぞ。町には入れねえからな」


 首をかしげて、悪意のない顔をされると、少し後ろめたくなる。


「気を悪くしたのなら、謝るよ。地上に帰れるなら、お願いしたい」

 ウーゴはそう言って、ガドさんを見上げた。


「気なんぞ、悪くはしていねえ。おまえらは種族が違う、不安になるのは当たり前だからな」

 そう言って肩を上げると、彼は指笛を鳴らした。


 そのペガサスは、空気のカーテンから出てきたかのように現れた。

「ペガサスは人間を乗せねえからな。後ろにのってくれ。ああ、ちゃんと掴まっていねえと落ちるぞ」

 ガドはそう言うと、ウーゴと私を、後ろの荷台に乗せた。


 ペガサスは、まるで道があるかのように、空中を走る。

 荷馬車は全く揺れないが、高さがあるので、二人は手すりに掴まったままだが、眼下に広がる景色を、楽しむ程度の余裕はあった。


「夢のようだね」

 ガドは景色に目を輝かせて言った。


「うん。夢なら良いのにね」

 新しい物や珍しい物には、面倒事が付いてくると私は思った。


 二人は互いの顔を見て笑った。

 今は、なるようにしかならない。

 それは、二人とも同じはずなのだ。

 ならばきっと、楽しんでしまった方が、良いのかもしれない。



 ペガサスはゆっくりと下り、町の近くで止まった。

 私は歩きながら、ペガサスが町に入れない訳が、分かった気がした。


 この町は、道が狭い。

 ガドのように、大きな人がたくさんいるせいだろうか、家が大きい。

 それは、部屋数や庭の話ではない、

 一般住宅が拡大されたかのように大きいのである。

 扉も窓も全てが一・五倍はあるようだった。


「ベス、大丈夫かい? これから、人混みに入るようだから、手をつなごう」

「おお、すまねえ。ベスは俺が担ごう」

「担ぐ?」

 ガドの言葉に驚いた。


 十四歳の私は、それなりに体重はあると思うが、ガドは私を自分の肩に座らせたのである。

「重いでしょう?」


「これが重いだって? 俺たちはだてに、でかい訳じゃあねえ。力自慢の者ばかりさ。ベスなら子供でも担げるぜ」

「すごいな。僕は力には全く、自信がないよ」


「ああ、俺たちだって空は飛べねえ。皆、一度はあこがれるがな」

「え? 空ってあの?」

「ああ」

 ガドを見上げて、空を指差して尋ねるウーゴ。真面目にうなずくガド。


 私はガドの肩に腰掛けて、その髪に掴まりながら、小さく笑った。

 ガドが一人なら、空を飛ぶのも良いかもしれない。

 しかし、ここの住人が全て空を飛ぶのは、迷惑だと思った。

 怖くて、下を歩けないだろうし、第一、空が暗くて仕方がない。

 なぜ、空を飛びたいなどと思ったのだろう。


 城が近くなると、店が多くなる。

 どの店も、軒下に商品が並んでいるが、そのどれもが、大きい。


「ガド、その人間のお嬢ちゃんに、食べさせておやりよ」

 八百屋のおばさんが、バレーボールほどの大きさの果物を切って、ウーゴと私に手渡してくれた。

「すまねえな」

「ただの味見だよ」


「ありがとう」

「ありがとうございます」

 私たちは、その緑の果実を口に入れた。


「おいしい!」

 見た目は全く似てはいないが、懐かしい桃の味がした。


「甘いですね。とてもうまい」

 ウーゴも好みの味だったようだ。

 八百屋のおばさんが、私たちの様子に満足そうに笑った。



 私は城の入り口で下ろされた。

「俺は中には入れねえから、ここまでだ。またな」

「ありがとう」

 私は真っ先に聞こえるはずの、ウーゴのお礼の声がないので、振り返った。


 ウーゴは身動きすら、していなかった。

 そして私は、ガドが空を飛びたがった理由を知った。


 この世界は、まるでビックリ箱だと思う。


 十四年もたつのに、まだ驚く事があるのだから……。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ