ウーゴの罪と罰
「ウーゴと先約があるのは私よ。食事が終わるのを、待っていたんだから」
自分でも驚いたが、出てしまった言葉を、戻す事はできない。
「君は誰だい? 見た事がないけど、誰か知っているかい?」
ボスが仲間に聞くが、当然、誰もが首を横に振った。
「ウーゴも隅におけないな。こんなかわいい子と食堂でねえ」
三人目の男子が、私のそばに来て見つめた。
「よせ! 彼女は関係がない人だ。僕は彼女を知らない」
ウーゴはそう言ったが、そんな言葉で納得する不良はいない。
不良じゃなくても、怪しむだろうと思うが。
「あら。女の子をかばう男らしさがあったのね? 私が誘っても、見向きもしなかったのは、こんな女がいたから?」
今まで、口を閉ざしていた少し見栄えのする女子が、私を見て鼻で笑ったが、振られた理由は想像が付く。
「ウーゴ君は、私たちの言いつけを守らないからねえ。今回は彼女と一緒に、教育をしてあげよう。いつもの所に連れて行くよ」
ボスの言葉で、ウーゴは男子に連れられ、私は女子三人に立たされた。
「君! 逃げるんだ!」
ウーゴはそう言うが、逃げたらあなたは、誰が助けるの?
「私、あなたたちに付いていくけど、学生ではないから、食事をした後は名前を書かないと、食い逃げで追いかけられるわよ?」
「そうなの? 早くしてね。私たちから逃げたら、ただでは済まないわよ」
ウーゴに振られた女子が、猫のような目で、私をにらみつけて言ったが、魔物に比べたら、凄みが足りない。
私は、外部者用食券売り場で、サインをしてから、彼女たちの所に戻った。
連れて行かれた場所は、魔法学部の実技場の裏だった。
前世で、体育館裏に呼び出された経験はなかったが、まさか、この世界で経験するとは思わなかった。
不謹慎なので、笑いはしないが、これは面白い。
「ウーゴはいつもここで、あなたたちの教育を、受けさせられていたの?」
「そうよ。実技場の周りは、音が漏れないのよ。助けを呼んでも無駄なの」
「彼は、一年生の後期から、試験の度に教育されているわ。最初は友達も一緒だったのよ。でも、その子はウーゴ君から離れる約束で、許されたのよ」
私の質問に彼女たちは、親切に答えてくれたところを見ると、この状況には慣れているのだろう。
「治癒の魔法を使える先輩は、卒業されてしまったねえ、ウーゴ君。さて、今年は誰が君の傷を治してくれるんだろうね?」
「寮は俺と同じだろう? 医務室には行かせない。見張っているからな」
「今日は二人だ。どっちからやる?」
ボスもその手下の男子も、その顔に薄ら笑いを浮かべている。
「ねえ。この女は私にやらせてくれない?」
彼女を振ったウーゴは、正しい選択をしたと思った。
さて、私は反撃をしても良いのだろうか。
私は、カバンの中から剣を出して、ウーゴの前に立った。
やられるつもりは、初めからない。
そろそろ、終わらせないと、夕方の畑仕事が待っているのだ。
「悪いけど、私は強いわよ。けがをしたくないなら、向かってこない事ね」
「おや、ウーゴ君の彼女は、分かっていないようだね。私たちの力を見せてやりなさい」
ボスがそう言った時だった。
「そこまでだ! 彼女は君たちが束になっても、かなう相手ではない。私たちが止めに入った事に感謝をするんだな」
警備兵が現れた。
食堂でメモを書いたが、短時間でよくこれだけの人数を集めたものだ。
六人は拘束されて、連れて行かれた。
「彼らの事は、こちらに任せていただけないでしょうか?」
「もちろんお任せしますが、ウーゴがこの先、勉強の邪魔をされたり、危害を加えられたりする事がないように、お願いします」
「上には必ず、伝えます」
ウーゴは事情説明のために、警備兵に連れて行かれた。
「心配をかけて、ごめんなさい。ありがとう」
私は振り返って、姿のない護衛さんに言った。
「おかえりなさいませ」
学園長の屋敷の門番に迎えられて、私はそのまま畑の奥にある、小屋に入って作業着に着替えた。
歩く時ですら邪魔になっていた前掛けが、動きやすい物になり、手の指が楽に動かせる手袋がある。
私は次々と片づく作業が楽しくて、日が暮れるまで夢中で畑仕事をしていた。
手元が暗くなってから、お風呂に入って、小屋に戻るとヨハン様が、椅子に座って待っていた。
もちろん、この小屋には、机代わりの木箱が一つあるだけで、テーブルと椅子などは置いていない。
どこから運んだのだろう。
「いらっしゃいませ。お待たせしましたか?」
「いや、明かりが漏れていたから、入浴中なのは知っていた」
「お茶をいれますね」
ダニエル様から茶葉を譲ってもらって、良かったと思う。
ヨハン様は、貴族出身者なのだから。
「うん。ダニエル好みの茶だね」
「はい」
茶葉をくれたのも、入れ方を教えてくれたのも、ダニエル様である。
ちなみに母さんは、色が出なくなるまで飲むので、参考にはならない。
「ベス。あなたは問題を起こさなければ、病になる体質なのかい?」
「問題は起こしていないかと……」
ヨハン様に顔をのぞき込まれると、返事は消え入りそうになる。
どれの事だろう。今日一日で、私はいろいろとやらかしている自覚はある。
それにしても、今日の事がそんなに早く露見するだろか。
謝っても、別の件ならば二度、怒られる。
ここは慎重に発言しなければ、墓穴を掘る事になるだろう。
「かなり、挙動不審ですよ? 私が何に対して、注意をしているのかが、分からないようですから、教えてあげますよ。全部です」
「へ?」
「女の子なのですから、せめてその、間抜け面を何とかしなさい」
「はい……」
怒られる前に、怒られている気がする。
助走で疲れ果て、跳び箱に腹を打ち付けた気分である。
いや、これは。予防接種の前にアルコール綿で腕を拭かれ、緊張し過ぎて注射を打つ時には、気持ちが悪くなっている、あの状況により近いかもしれない。
「聞いていますか?」
聞いていなかったとは、言えない……。
ヨハン様の口の中には、バラが咲き乱れているに違いない。
そう思わせる程の、トゲや毒を吐きながら、丁寧に説明してくれるのだから、彼は憎めないが、近寄りがたい。
私には、学園長の敷地を離れると、教会本部の護衛が付くのだと、ヨハン様は言った。
屋敷の門番は、本部の警備部から派遣されているのは初耳である。
学園から出る時は、前もって門番に言っておくと、彼らは助かるのだそうだ。
業務連絡だろうか……。
おまけに、港には一人で行ってはいけないらしい。
護衛がそばに付くのだと言う。それが防犯になるのだと。
それなら、前もって教えておいて欲しいと思うが、ヨハン様には言えない。
ウーゴの方は深刻だったようで、彼を治療していた施設の先輩は、かなり教師に訴えていたようだが、その教師はそれを上に報告する事がなかったようだ。
そんな教師は、どこにでもいるので、あまり驚きはしないが。
ウーゴは人の血液にトラウマがあり、魔力も高く成績も優秀だが、入学当初から文官科への希望書を提出していたようだ。
人を傷付ける事ができない彼は、文官科を選んだが、それは公にはできない事だったのである。
なるほど、ケンカをしたくないのは分かるが、だからといって、やられっ放しで良いという理由にはならないと思う。
「ウーゴはね。小さい頃はかなり短気で、けんかっ早い子供だったようだ。ある日ウーゴは父親が仕えている貴族の長男に、大けがを負わせたようで、彼の目の前で両親は切り捨てられたと、教会からの資料には書いてあったよ」
「ひどい、ウーゴは? どうして助かったの?」
「遺体を処理しに行った神官が、血の海の中で、母親に守られて意識を失っていたウーゴを、遺体として連れ出したのさ」
「それで、養護施設なのですね」
「そう。それも隣国の施設で、捨て子として登録された。だから、あの子は貴族に逆らわない。身元を探られるのを恐れているのさ。十年たった今でもね」
「貴族の長男は、それ程のけがだったの?」
「最初は些細なけんかだったのだろうね。魔法を使われて、カッとなったらしい。魔力は高いが使った事がない彼は、魔法の制御が効かずに、その子の両足をね。命は取り留めて、今も生きてはいるが、足は助からなかった」
新しいお茶を入れて、ヨハン様の顔を見た。
「今回の事で、公に?」
「ウーゴは、神官が付けた名前だよ。本名の彼はもう死んでいるからね」
「ただ、今回の件では、罰を受けてもらうよ」
「え? 罰って何のですか? 彼は何も悪くはないでしょう?」
そのための証人として、私は人を集めてもらって質問までしたのだ。
こんな事なら、内緒で痛い目に合わせてやったものを。
「通報義務違反ね。悪質な暴力行為は職員に通報しなければ、罰を受けるという校則がある。ここは神官を輩出する白の学園だからね」
「そんな無茶な……」
チクリを強要する事が正義だと、言わんばかりだが、生徒からすれば、いつ仲間から通報されるか、分からないのである。
ウーゴの事を知っていたのは、先輩だけではなかっただろう。
通報が嫌なら、見て見ぬ振りをするしかなかったのだと思う。
「彼が一年生の時に、すぐに通報していたら、あの六人は退学せずに済んだかもしれない。教師が職を追われずに済んだかもしれない。それを三年も続けさせたのは彼だよ。神官科の四人はどちらにせよ、あの成績では卒業できなかった。残りの二人は武術科で、卒業だけはできただろうけどね」
「ウーゴの罰は重いものですか?」
「ベスは人の罪を心配している場合かい? 余裕だねえ? 護衛や警備兵をあれだけ使っておいて。彼らはベスの私兵ではありませんから、有料なのですよ。かといって未成年に金を払えとは言えません。お尻をたたくほどの子供でもありませんから、罰を与えます」
金か尻で済むなら、そちらでお願いしたい。
ヨハン様を見つめられ、私は飲みたくもないツバを、ゴクリと飲み込んだ。
「ウーゴには授業が終わってから、ベスの家庭教師をしてもらいます。教室は学園長と魔法の練習をしている部屋です。彼は主席の座を一度も譲った事がありませんから、しっかり勉強をしてください。問題を起こす暇がない位にですよ」
私にはありがたい罰だが、彼には気の毒だと思った。
できるだけ、彼が自分の勉強ができるように、考えてあげようと思った。
「これは、友人から頂いたのです。甘いと聞いたので、ベスにあげます。本を読んで疲れた時にお食べなさい」
ヨハン様は、テーブルに菓子を置いて帰って行った。
菓子より、この猫足の上品なテーブルと椅子は、もらって良いのだろうか。
ひどく、土間には合わない代物なのだが……。




