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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
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春の栗ひろい

 十日も過ぎれば、すっかり生活も落ち着いた。

 一日のスケジュールが定着すると、時間の使い方も分かり、学園の図書室や買い物に出掛ける時間もできる。


 ルベは私の髪と目の色を変え、食材を持たせると、仲間の所に飛んで行った。

 白の学園には結界が張ってあり、その中でなお、強固な結界で守られている、学園長の家から、ルベは出掛けたのである。

 たかが、家獣に楽に破られる結界を、安全だと信じていても良いのだろうか。


 手になじまないほど、大きくてゴワつく手袋に、少しいら立ちを覚えながら、朝の畑の手入れをしていた。

 ルーカス様は今日、仕事で学園地区を離れるため自習になったが、授業以外は自習のような生活の毎日で、私に困る事はない。


 光の玉は私の一部になり、自分の体を実験代わりに、玉を巡らせる事もできるようになったが、私は健康体で、安全な場所にいるのだから、勉強にはならない。

 トゲが刺さった事はあったが、治癒の魔法は使えないので、前世と同じように、手作業でトゲを抜かなければならなかった。


「ああ! もう我慢ができない!」


 私は腕を一振りしたら、飛んでいく革手袋を持って、小屋に向かった。

 素手では触れない、数種類の植物の手入れが、全くできないのである。

 小さな柔らかい葉や、トゲを触る長いピンセットはあるが、ここにある道具は、革の前掛けも手袋も、女性や子供用ではない。

 学園の売店は何でも揃うが、特殊な物までは扱っていない。


 私は身支度を調えて、学園の門に向かった。

 学園長が発行した、学園地区内の居住証明札をもらっている私は、出入りに制限がないのである。

 だが、屋敷をでる時には、必ず護衛が隠れて付いてきてはいる。


 ダニエル様からは、一人で港に行く事を禁止されているが、道路脇に並ぶ店は、少々敷居が高く、一人では入りにくい。

 それでも、勇気をだして皮革製品を扱っている店に入れたのは、隠れている護衛さんがいるからかもしれない。

 私は店の中を一巡りして、店の人に自分の欲しい手袋の説明をした。


「当店では、手袋や前掛けのような物は、扱っていないのですが、お客様がおっしゃる、柔らかな革製品を扱う店が、港には数店ございます。組合で注文されるか、直接行ってみてはいかがでしょう?」


 組合で注文すると、地区の門まで配達はしてくれるようだが、手袋ははめてみなければ、分からない。

 どうせ買うのであれば、慎重に選びたいと思った。

 港の店の場所を、親切に教えてくれたのだから、これは行くべきだろう。


 後ろめた過ぎる弁解を用意して、私は港に向かった。

 護衛さんは、きっと驚いて止めるだろうと思ったが、動きはなかったので、門を抜ける事にした。


 港はいつもにぎやかで、私は白の大陸ではこの場所が、一番好きだと思う。

 教えてもらった場所は、門から出て右側の道を行く。

 それは、倉庫などが並ぶ場所とは、繁華街を挟んで逆の方向で、初めて行く場所だった。


 辺りに漂う空気に、さまざまな薬の匂いが混ざっているこの場所は、薬師の店が多いのだろうか。

 表に商品を並べている繁華街とは違い、薬師の名前が書かれている看板はあるが、どう見ても住宅で、気楽に中に入れる雰囲気ではない。

 名のある薬師たちなのだろうが、私は薬師の名前を一人も知らない。


 教えてもらった店は、すぐに見つかった。

 ありがたい事に、一目で店と分かるように中の様子が見える。

 私は店内に足を踏み入れた。


 見回したが、店の人は一人で、おまけに接客中のようである。

 私は手袋のある棚を見つけて、商品を手にとった。

「その若さで、革手袋に興味があるのかい?」

 そのおばさんは、母さんより少し年上だろうか、珍しいものを見つけたように私を見た。


「興味というより、今使っているものが、大きすぎて何もつまめないので」

「なるほどねえ。という事はあんたは、火を使う仕事ではないのかい?」

「ええ。植物の手入れ用にと思っています」

 手袋は、職種により違うのだろうか。


「ならば、この店にはないよ。この店の三軒先の向かい側に、薬師の小間物を扱う店がある。この店は力仕事で使う小物を扱っているんだ」

「そうでしたか。ありがとうございます。さっそく行ってみます」

 おばさんにお礼を言って、私は店を出た。


 三軒先の向かい側は、既に見えていたが、看板は見えなかった。

「あの店は、薬師の専門店。一般の人を相手にしていないからねえ。ついておいで見せてやるよ」


 先程のおばさんが、私の横に来て言った。

 本来であれば、初対面の人は用心するべきなのだが、護衛さんの気配はまだ近くにある。


「あの、私は薬師の免許は持っていませんが、大丈夫ですか?」

「そりゃ、そうだろうよ。どう見ても、成人に達しているようには見えない。おまけに、薬師の元で働いてすらいない。違うかい?」

 おばさんの笑顔の問いに、私は首を縦に振った。


「その通りです。どうして分かったんですか?」

「庭の手入れに革手袋は使わない。薬師ならば、毒草に触れる弟子の安全を考えるのは、当然の事だよ。この大陸に薬草畑はないからね。毒草を植える事は犯罪だという事を、覚えておくと良いよ」


「え? そうなんですか?!」


 うかつだった。

 温かな気温と植物のある環境で、私はいつの間にか、他の大陸と同じように考えていたのである。


「学園長のところで働いているのなら、まずは大人に相談するべきだよ」

「どうして……」

「白の薬師ならば、多分、皆が知っているだろうね。許可を受けているのは、あそこだけだから」


 何も言わなくても、全てが分かっているらしいおばさんに、私は思わず小さく笑ってしまった。

 このおばさんは、何者なのだろうか。

 おばさんは、店の扉を開けると、振り返って私を見た。


「いらっしゃい。さあ、中を見ておくれ」

「え?」

「さっきの店は実家でね。薬師は秘密が多くて、おまけに特注品も多い。こんな店でも顧客は多いんだよ」


「手袋と前掛けが欲しいのですが、手に取って見てもいいですか?」

「もちろんだよ」


 手に丁度良い、欲しい品物以上の物を見つけ、前掛けも柔らかに体になじむ物があった。

 使い道の分からない商品の説明を、興味深く聞きながら、採取用の肩掛け袋も購入したのは、旅をする時に便利だと思ったからである。


「手袋や前掛けが欲しければ、組合にセレーナの店と言えば注文を聞いてくれる。ここまでこなくても、学園長の屋敷まで届けるよ」

「家までですか?」

「ああ、亭主が門の中で薬の材料店をやっていてね。学園にも卸しているんだよ」


 値段は門の中の店より安価である。

 セレーナさんは、私を苦学生だと思っているようで、とても親切だった。

 実家が工場を持っているから、注文も受けると聞いて、私は良い店を見つけたと思った。


 私はセレーナの店をでて、寄り道もせずに門へ急いだ。

 ダニエル様との約束を破ったうえに、何かがあったら、大目玉では済まない。

 無事に学園の門までたどり着いた時には、私より、護衛さんの方が胸をなで下ろしたに違いない。



 昼は過ぎていたが、気が抜けたせいか珍しく空腹で、私は本館の食堂に入った。

 とても歴史のある建物だが、古い建築を真似たような、真新しさがあるのは、魔法のせいだと、初めてきた時にルベが教えてくれた。

 確かにそのせいで、他の学園の食堂より、明るくて清潔な感じはする。


 時間が昼食時を過ぎていたので、人の数は少ない。

 私はトマト味の野菜スープとパンのセットと、タマゴクリムという名の前世のアイスクリームをトレーにのせて、窓辺の席に座った。

 護衛さんは、食堂の人とは親しいのだろうか、少し離れた席で、飲み物を受け取っている。


 一つテーブルを挟んだ席には、本を読みながら、サンドウィッチを食べている学生が座っていた。

 彼はまるで、本を読むために必要なエネルギーを、仕方がなく補給しているかのように見えた。


 そこへ、食事を終えた男女六人の学生の集団がやってきた。

 私は、これからにぎやかになりそうな席の近くに座った事を、少し後悔しながら、食事を続けていた。

 タマゴクリムが溶ける前に、スープを腹に収めたいからである。



「おや? 特待生のウーゴ君じゃないか。食堂に来てまでお勉強とは、先生のご機嫌を取るのも大変だねえ」

 先頭にいる学生がボスのようで、白の学園にも、嫌がらせをする人はいるらしい。


 早くどちらかが、食堂から出て行って欲しいと思ったのは、第三者である私の正直な気持ちである。


「どんなに成績がよくても、後ろ盾がなければ、本部には入れないから、文官科に行くしかなかったんだろう?」

「よしなさいよ。彼は施設出身者よ。かわいそうじゃない」


 二人目の男子が見下したように言ったところで、彼と腕を組んでいた女子が止めたが、彼女が一番、性格が悪いように聞こえた。

 

「いいよなあ。女子からも先生からも、かわいそうって言ってもらえてさ」

 三人目の男子は、ウーゴと呼ばれた男子生徒をのぞき込みながら、嫌な笑みを浮かべる。


「俺たち神官科が、こうして声を掛けてやっているのに、また、だんまりか? いつも、本当に手が掛かるね。また、礼儀を教えてやらなければね」

 ボスらしい生徒が言ったが、彼に教える資格があるようには見えない。


「ウーゴ君謝りなさい。今なら間にあうわ」

 一番気の弱そうな女子は、そう言ったが、ウーゴは何かしたのだろうか。


「君はいつから彼の仲間になったんだ?」

 ボスがその女子をにらみつけた。


「ち、違うわよ。助言をしただけよ……」

 前世にも、このタイプの女子がいたのを、苦々しく思い出した。

「分かっているんだろうね。私が父上に一言いえば、君の家はなくなるよ」

 ボスの言葉に、怯えたように彼女はうつむいた。


 彼らの関係は、想像が付くが、神官科とはこのような生徒が、複数いるところなのだろうか。

 タマゴクリムを食べながら、あのボスが神官になる未来に、寒気がした。

 寒気の原因は、ひょっとしたら、タマゴクリムのせいかもしれないが。


 ウーゴは、静かに本をカバンにしまい、トレーを持って立ち上がった。


「ああ、いいよ。それは彼女が片付けるから。君は私たちと勉強があるだろう?」

 脅されていた女子が、小走りでトレーを片付けに行った。

 これから机を囲んで、勉強会をやる雰囲気は全くない。


「僕は君たちとは行かない。次の授業があるからね」


「君に拒否権を与えた覚えはないよ? もうじき試験だからね。選ばれし神官科が、文官科の身分の卑しい者に、負ける訳にはいかないんだよ」

 ボスはそばにいた、二人の男子に、目配せをした。


 二人の男子にウーゴ君が両腕を取られた時だった。


「ウーゴと先約があるのは私よ。食事が終わるのを、待っていたんだから」


 間抜けにも、間に割って入った人物を六人が、ポカンと見つめた。

 おそらく、護衛さんも同じような顔をしているだろう。


 秋でもないのに“火中の栗を拾う”を体現したのは私だった。


 いやいや、ポカンとしたいのは私自身ですから……。








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