4話
「決闘……!?」
「そうだ! シャーロットをお前から引き離すにはこれしかない! だから、俺が勝ったら二度とシャーロットに近づかないでもらおう!」
勝手にまくし立てるマーク王子をよそに、私達は呆然としている。
隣国の王子であるレノ王子に暴力をはたらいたコトだけでもかなりの問題なのに、これ以上問題を大きくしてどうするのだ。
しかも全て勘違いで。
マーク王子のしていることはこの国にとって有益どころか、損しかさせていない。
「……いいでしょう。その代わり、あなたが負けたなら、逆に今後二度とシャーロットに近づかないでください」
「いいだろう!」
レノ王子が決闘の申し込みを受け入れてしまった。
私はハッとして慌ててレノ王子を止めにかかる。
「……っ! そんな! レノ様! 危ないです!」
「大丈夫だよシャーロット。私に任せて。すぐに終わらせるから」
「でもっ……!」
「シャーロット、君は私が負けると思っているのかい?」
「いえ、そんなことは……」
「なら、信じてくれ。そうすれば勝つから」
「……分かりました」
マーク王子が舌打ちする。
「おい! シャーロットから離れろ!」
「まだ決闘前なのでそんなことを言われたくはありませんね。そして、離れるのもあなたの方です」
「キサマ、タダでは済まさないぞ……! 今から決闘だ! ついてこい!」
マーク王子はそう叫ぶと、扉を開けて部屋から出ていく。
そして周囲にいた人物に命令を飛ばした。
「剣を二本持ってこい! それで決闘を行う!」
「は!?」
私は叫んだ。
「真剣でなんて、本当に言っているんですか!?」
マーク王子は何てことはないかのように答える。
「ああ、そうだ。別に寸止めすればいいだろ?」
私はマーク王子の答えに頭痛を覚えた。
寸止めなんて、技量が高くない限りできるはずが無い。
マーク王子のような人物にそんな技量があるとは思えなかった。
「それに、決闘だと言うのに模擬剣なんて使っていては王族の名が廃る。そうだろ?」
マーク王子ニヤリと笑ってはレノ王子に同意を求めた。
誇りや名誉を出すことで、レノ王子を引けなくさせる作戦だ。
「レノ様! おやめ下さい!」
私はレノ王子を引き止める。
真剣でなんて、万が一のことがあったら大変だ。
いや、マーク王子はその万が一を必ず起こすつもりなのだろう。
つまり、真剣でレノ王子を傷つけるつもりなのだ。
その目的はレノ王子も見抜いているはず。
「いえ、分かりました。真剣で相手しましょう」
「そ、そんな……」
しかし、レノ王子は止めなかった。
そのことにマーク王子は狙い通りだ、と笑う。
「よし、すぐに始めるぞ」
「ええ、早く終わらせましょう」
学園の広場は異様な熱気に包まれていた。
今から決闘が始まるからだ。
多数の生徒が輪になって囲み、その中にマーク王子とレノ王子はいた。
マーク王子は手に持った剣を鞘から抜き、鞘を放り投げた。
レノ王子もゆっくりと静かに剣を抜くと、鞘をその場に落とす。
そして正中線に剣を構えた。
「ハッ! 残念だったな! 俺は剣術だけは得意なんだ! お前なんかすぐに負かしてやる!」
「さぁ、それはどうでしょう?」
マーク王子が大声で威嚇するのに対し、レノ王子は優雅に笑いそれをいなす。
私はその様子を見て、胸が不安でいっぱいになった。
そして決闘の立会人の教師が決闘開始の合図をする。
「決闘始め!」
***
「はぁっ!!」
マーク王子が気合の掛け声と共にレノ王子へと突っ込んだ。
そして上段に大きく剣を振りかぶると、勢い良く打ち下ろす。
「なっ!?」
レノ王子は身を翻すことでその剣を避けたが、その表情は驚愕で満ちている。
それも当然だ。今、マーク王子が繰り出した一撃は、そもそものルールとは反した、どう見ても寸止めしようとしていないものだった。
「何を考えているんですか?」
「はっ! 怖じ気づいたか? ならそのまま固まっとけ!」
マーク王子は水平に剣を薙いだ。
レノ王子はまたもそれをバックステップで躱すが、今度はすかさずマーク王子が間合いを詰める。
「ははっ! どうしたどうしたぁ!」
「くっ……!」
マーク王子はそう笑いながら連撃を繰り出し、レノ王子へと剣を何度も打ち付ける。
それに対してレノ王子はいつもと違い、涼しげな表情を歪ませ、額に汗を浮かべながらマーク王子の剣を受け続けている。
そんなレノ王子を見て、さらにマーク王子の猛攻は加速する。
「ほら、そんなものか! さっきから一度も攻撃出来ていないぞ! 俺に攻撃を当ててみろ!」
次第にレノ王子は押され、剣がブレ始めた。
そしてレノ王子は一度、体勢を崩す。
マーク王子はそれを見逃さず、勢い良く踏み込んだ。
「獲った!」
剣を一番大きな剣戟を繰り出すベく、今までよりも大きく振りかぶる。
マーク王子は勝利を確信し、それを振り下ろそうと──
「何だこれは」
レノ王子がポツリと呟いた。
次の瞬間、金属同士がぶつかる音が響いて、マーク王子が持っていた剣が弾き飛ばされた。
一瞬間が空いて、カラン、と剣が地面に落ちる。
「……は?」
マーク王子は何が起こったのか理解出来ていないようだった。
自分の手元と地面に落ちている剣を見比べる。
今弾き飛ばされたのは、確かにマーク王子の剣だった。
マーク王子はレノ王子を見る。
レノ王子は表情に落胆を浮かべ、そして何か哀れなものを見るような目でマーク王子を見ていた。
「素人同然ですね」
レノ王子は呆れたように呟いた。
「何だと……?」
マーク王子は目を見開いて聞き返す。
「剣筋もめちゃくちゃ。踏み込みも甘い。才能はあったんでしょうが、それにあぐらをかいて努力もせずにきたことが丸わかりです」
「っ……!」
「決闘は私の勝ちでいいですね?」
「っ、ふざけるな!」
カッとなったマーク王子は殴りかかろうとする。
しかしレノ王子はそれよりも速くマーク王子の首へと剣をピタリ、と当てた。
マーク王子が宣言していた寸止めだ。
「これでもまだ続けますか?」
「ぐっ……!」
マーク王子は歯軋りをするが、何も出来ない。
圧倒的な力の差を見せつけられたからだ。
レノ王子が審判へと目を向ける。
「勝者、レノ王子!」
審判がレノ王子の勝利を宣言した。
歓声が上がる。
「素敵! レノ王子は武術まで嗜んでいたのね!」
「マーク王子の剣を全て避けて華麗でしたわ!」
「それに比べてマーク王子は傍から見ても素人の剣でしたね」
「ああ、決闘を申し込んだ側なのにな。失望したぜ」
見ていた生徒がそんな感想を口々に述べる中、私はレノ王子へと駆け出していた。
「レノ様っ!」
「シャーロット、見ていましたか? 私は勝ちました──」
私はレノ王子の胸に飛び込んだ。
「私、心配で胸が張り裂けそうでした! こんなこと二度としないで下さい」
「……そうだね、心配させてごめん。シャーロット」
レノ王子は申し訳なさそうな表情で、ゆっくりと私の頭を撫でた。
「レノ様……」
「シャーロット……」
自然と顔が近づく。
そして、唇と唇が触れそうになったその時。
「これはどういうことだ」
私はパッと離れた。
二人とも顔が赤く染めている。
そして、声の主を見て驚愕した。
威厳のある声と共に現れたのは──
「息子が醜態をさらしているようだな」
マーク王子の父、国王だったからだ。
「ち、父上!」
「マーク、全て話は聞いている」
マーク王子は国王の姿を見て分かりやすく慌て始めた。
「公爵令嬢へ婚約破棄を叩きつけておいてつけまわし、他国の王子に手を上げたうえ、挙げ句の果てには決闘を挑むなど……本当になんてことをしてくれたのだこの馬鹿者が!」
「も、申し訳ございません父上! しかし──」
「言い訳無用! ここまで恥をさらした者を王族としては扱わん! 貴様の王位継承権を剥奪した後、平民へと落とす! これは決定事項だ!」
「そ、そんな……!」
マーク王子はがっくりと膝を突いた。
次に国王が私とレノへと向き直った。
そして、手を地面につけ土下座の体勢になった。
「シャーロット嬢、本当に申し訳ない。マークがしでかしたことをついさっき知ったのだ。今更許されるとは思えないが謝罪する」
「そ、そんな……! 国王様顔を上げてください!」
いつまでも国王に土下座させることは出来ない。
私は慌てて顔を上げるように頼んだ。
しかし国王は体勢を変えず、レノ王子へと向き直った。
「そしてレノ王子。怪我を負わせて本当に申し訳ない。お詫びとして私にできる事ならなんでも言ってほしい」
レノ王子は少し考え込む。
「……それなら、頼みがあります」
「聞こう」
「私とシャーロットが婚約することを許可して頂きたいのです。この国では他国の貴族と婚約するには国王の許可がいると聞きましたので」
「分かった。許可しよう」
「ありがとうございます。これでもう遺恨はありません。国際問題にすることもございません」
レノ王子がそう言うと国王はやっと立ち上がった。
「それでは、私は失礼しよう。マークを追放しなければならないのでな」
「なっ、父上! やめてください!」
国王はマーク王子の言葉を全て無視し、連れてきた兵士にマーク王子を連れて行かせた。
「誠意のある素晴らしい国王様だった」
レノ王子がそう呟いた。
「はい。……その、婚約のことなのですが」
「嫌だったかな?」
「いっ、いえ! そんなことは!」
レノ王子が笑う。
私の頬に手が添えられた。
この日、私とレノ王子は初めて口づけを交わした。
***
こうして、私たちの生活は平穏に戻った。
学園に通っている間は婚約のままだが、卒業すればすぐに結婚式を挙げる予定だ。
マーク王子の方は平民へと落とされて、毎日を生きるのが大変だそうだ。
ああ、マーク王子。
婚約破棄をしてくれてありがとう。
だってこんなに素敵な運命の人と出会えたのだから。
ご一緒に自作『かくして魔王は世界を救った』もいかがでしょうか?
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