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悪役令嬢の私、神獣拾っちゃいました  作者: 櫻井綾


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40/45

40.



 あの夜、広場全体を包み込んだ青白い魔法陣は、一瞬にしてすべての魔獣を浄化し、消し去った。

 規模の大きさから、ロロへと魔力を供給していた私もかなり消耗したようで、私はその後すぐに眠り込んでしまい、気がついたときには、見慣れた寝室にいた。

 あとからミオに聞いたところによると、あれだけの魔獣の襲撃があったにも関わらず、奇跡的に死者はでなかったそうだ。

 怪我人も軽傷ばかりで、すぐに治療を受けられたと聞き、ほっと胸を撫で下ろした。

 一体どうして、あんな街中に突然、魔獣の群れが現れたのか――それについては、王室が中心となって調査が続けられているそうだが、進展がないそうで。

 あの日を皮切りに、王都付近で魔獣の目撃情報が急増し、今では、騎士団もかなりの忙しさだという。


「ジュリエッタ様のことは、引き続き僕がお側でお守りいたしますから、どうかご安心ください!」


 大きな瞳を険しくして、ミオが気合いたっぷりにそう言ってくれのが、とても嬉しかった。





 魔獣の襲撃から1週間もの間。「屋敷できっちり療養するように」、とのお母様の命により、私は、不本意ながら退屈な引きこもり生活を余儀なくされていた。


(こんな軟禁生活も、これで何度目かしら……)


 せめて、と、これまた中庭にお茶の席をセッティングしてみたものの……空はどんよりとした雲に覆われていて、気分も重い。

 そんな中でも、人型のロロは優雅に足を組み、紅茶を傾けながら新聞を広げていた。

 ……あまりにも暇なので、ぼんやりとその容姿を観察してみることにする。

 さらりと揺れる黒髪も、整い過ぎた顔面も、切れ長の青い瞳も。なんなら、持て余すように組まれた長い足までもが、絵になり過ぎていて、なんとなく憎たらしい。


「ふむ。リーエ」


 そんなロロが、新聞をこちらへ差し出してきた。何があったんだろう、とのろのろ動きながら覗き込む。ロロの長い指が指す先に、大きな教会を背にしたアリサさんの写真があった。


「え?アリサさんがどうか……」


 その記事には、先日の魔獣の襲撃や、最近の魔獣の被害が増加している状況を根拠として、『聖女アリサは本物なのか?』と煽るような見出しが書かれていた。

 教会も王室も、そんな疑惑はない、と否定を示しているが、国民の間では、聖女アリサを疑う声が大きくなっている、と……。


「なんなのこれ……。アリサさんは聖女なんでしょう?ロロ」


「間違いないな。癪ではあるが、あの人間は女神が遣わした聖女だ」


 見上げた先、ロロも難しい顔で紙面を見つめている。


「ただ、あの人間のまとう神聖力が弱まっているのも事実だと思う」


「弱まってる?」


「ああ。先日の茶会の時にも、あまりにも弱弱しいとは思っていたが……。本来であれば、聖女が居る場所に魔獣が寄ってくる、などということは考えられない。あの女は、城に滞在しているんだったよな?ならば、王都に魔獣など現れるはずがないんだ」


「それは、聖女の力を恐れてということ?」


「そうだ。だというのに、王都の中に魔獣が現れ、今なお、魔獣たちは王都の近くに出没し続けている……。あの女の神聖力に、何か問題があった、と考えるべきだろう」


 ロロの話を聞きながら、ぐしゃりと新聞を握る手に力が籠る。

 ――女神ロザリンデに遣わされた聖女は、王国を繁栄へと導く。それは当然のものとして、この国の誰もが信じていることだ。

 その聖女の力が、弱まるだなんて……そんなこと、あるのだろうか?あるとしたら、どうして……?


「ねぇロロ。どうしてアリサさんの神聖力が弱まっているのか、わかる?」


「ふむ。あの人間は、何度もお前へ敵意を向けていたからな……。神聖力というのは、女神が与えた聖なる力だ。その器たる人間が、もしも良くない考えばかりをめぐらせ、悪事を働くようになれば、あるいは。女神からもたらされた加護が弱まる、という可能性はあるかもしれない」


「それって――」


 私のせいってことなのかしら?

 その続きは、言葉になる前に、ロロの長い指先に遮られてしまう。彼は、私の唇に指で触れたまま、静かな表情で首を横に振った。


「たとえそうだったとしても。それは、あの人間自身の心のあり様がもたらしたものであり、決してお前のせいなどではない」


(ロロ……)


 さらりと黒髪を揺らしたロロは、整った顔でとても優しい笑顔を浮かべてみせた。


「安心しろ。お前が悪いことなど、何もない」






 ――深夜。静かな暗闇の中で、ふっと目が覚めた。

 寝室には、うっすらと月の光が差し込んでいる。もぞもぞと動く気配に視線を向ければ、大きな黒豹のような姿になったロロが、大きなベッドの足元付近で丸くなっていた。

 彼を起こさないように注意しつつ、そっとベッドを抜け出す。

 窓辺に備え付けられているクッションへと腰掛け、側に置いてあったブランケットを被り、窓越しに月を見上げた。


(今日はあれから、ずっとアリサさんのことや、聖女についてばかり考えてしまって……なんだか疲れてしまったわ)


 室内には、微かなロロの寝息と、自分の呼吸音だけが聞こえている。

 とても静かな夜で、月の光が優しかった。

 その優しさを全身に浴びていると、疲れた脳裏に、ふわふわと浮かび上がってくる姿がある。

 レイ、と。唇が、音にならない彼の名前を呼ぶ。

 あの夜の騒動では、私が眠り込んでしまったせいで、別れの言葉ひとつすら言えなかった。

 この1週間は、レイも魔獣の対応で忙しく過ごしているらしい。……と、ミオから聞いている。

 忙しいところを邪魔する勇気はさすがになくて、こちらからも何も連絡しないまま、あちらからも何も連絡がないままになっていた。

 たまに。今夜のように、ふと夜中に目が覚めると、静かな空気の中で、あの夜の、あの口づけを思い返す。

 思い返して、眠れなくなる。


『君に隠し事ばかりな……こんな僕は、嫌い?』


 そう尋ねてきた彼の声が、耳にこびり付いて、忘れられないでいる。


(嫌いよ。大嫌い……)


 何度思い返したって、私は同じ答えばかりを思い浮かべる。

 触れた唇は、優しかった。溶けてしまいそうなほど、甘い口づけだった。

 けれどあれは、あの一回きりの、大切な思い出だ。

 ……思い出で、あるべきだ。

 彼のことを思うならこそ、私は彼と結ばれるべきではないと考えてしまう。

 いっそ私が、ヴォルグの――第二王子の元婚約者でなければ、なんて。どうにもならないはずの、馬鹿なことを考えて、落ち込んでしまったりもする。


(しっかりするのよ、ジュリエッタ)


 私はユロメア公爵家の娘で、神獣使いだ。

 王国の為に、私ができることをすればいい。ただそれだけ。

 結婚なんて、家の為になる殿方へ嫁げばいいだけだ。もしかしたら、神獣使いとして、王国の為になる相手に嫁ぐことになるのかもしれない。きっと、お父様や国王陛下が、良い相手を探してくるのだろう。貴族令嬢の結婚というものは、そういうものだ。


(そうよ。不安になったりすることないわ)


 見上げた月は、白金色に輝いていて、とても眩しい。

 眩しくて、キラキラしていて……レイにそっくりだ、と思う。

 静かな夜に、ひとり窓辺で。

 ひっそりと彼を想うことくらいは、許されるだろう。

 勝手に想うだけならば。その先を望まなければ。……誰にも、迷惑をかけなければ。

 これくらいなら、構わないよね。




 静かな夜が明けた後。

 驚くような訪問者がユロメア公爵邸を訪れることになるなんて……誰も予想できなかっただろう。


「久しぶりだな、()()()()()()……!」


 久しく見ていない、親しげな笑みを浮かべた彼を前に、私は内心、動揺を隠せなかった。






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