39.
つい先程まで、誰もが楽しそうにしていた祭り会場は――今や、悲鳴と怒号が飛び交う場所になっていた。
さっきまでいた公園を飛び出し、区画を2段ほど降りてきたところで、広場を見下ろせる石塀へと飛びつく。
広場の有様に私が息を呑む隣で、レイが背後へ振り返り指示を飛ばした。
「いるな?お前たち!二手に分かれて、片方は魔獣の相手を。もう片方は、市民の避難を優先させろ!ここからなら、東の騎士の訓練場が近い。地下に市民達を誘導するんだ!」
「はっ!」
どこにこれだけの人数がいたのだろうか。30人ほどの騎士がレイの言葉に、一斉に行動を開始する。
「レイ様!」
駆け寄ってきたパーシー卿から、剣帯と剣、そして少し重めの上等な上着を受け取ったレイは、それらを素早く身につけながら、こちらを振り返った。
「ごめん、ジュリエッタ嬢!僕も行ってくる!君は、このまま神獣殿とミオと一緒に避難するんだ!いいね?」
「レイっ!」
呼び止めようとする私の手を、一度だけぎゅっと握り――一瞬だけ微笑んで、レイは踵を返した。
パーシー卿を連れて、ものすごい速さで大混乱の広場へと降りていく。
レイの指示を受けた騎士達が加わったことで、市民達の誘導が始まる。勇敢に立ち向かっていく騎士達を、翼のあるトカゲのような魔獣が、長い尾を振り回しながら、襲っていた。
いつの間にか人の姿になったロロが、背後から私の肩に手をかける。
「リーエは、魔獣を見るのは初めてだったか」
うまく言葉が出なくて、こくりと頷く。
魔獣という生き物がいること、年に数度、国内で目撃されて、騎士達が討伐に向かう、ということは、知識として知ってはいた。レイから受けた、歴代聖女や神獣使いの授業でも、聞いたことがある。
でも…まさかこんな、城壁に囲まれた街中で、その姿を目にすることになるとは思ってもいなかった。
(待って。そうよ。歴代の神獣使い達は、聖女と同じように、魔獣たちを討伐していたこともあった……)
なら、私にも、何かできることがあるんじゃないだろうか?
レイに言われたように逃げるんじゃなくて。あの魔獣たちに立ち向かうことが、その手助けが、私にもできるんじゃ――。
「ジュリエッタ様!ここも安全とは言えませんから、避難を……」
ミオが焦りを滲ませながら、私を誘導しようとするが……その瞬間。私の居た石塀のすぐ真下で、悲鳴が上がった。
がばっと身を乗り出して見ると、下の広場で、石塀に追い詰められた2人の子供の姿があった。
いつの間にこんなに近くまで来ていたのだろう。真っ黒な気を纏った、見た目もゾッとするようなその魔獣が、ギョロリとした目で子供達を見据えていた。
「あ……あっちへいけ!ばけもの!」
少し年上に見える方の子供が、側にあった石を拾い、魔獣へと投げつける。
運悪く当たってしまったその小石に、魔獣は身の毛が世立つような叫び声をあげて――。
私は、後先考えずに、目の前の石塀を乗り越えていた。
「――光の、盾!」
両手を突き出し、子供達を守るため聖属性魔法を発動させる。
光の魔法でできた盾が、魔獣の攻撃を防いでくれた――まではよかった。
勢いで飛び降りたはいいものの、安全に着地する方法を、何も考えていなかったのだ。
先程までいた石塀の上から、下の広場まで。ゆうに3メートル以上はあろうかという高さを、何の準備もなしに飛び降りてしまった。
迫る地面に、ヒヤッとしたのは一瞬だった。
「……まったく。俺の契約者は本当にお人好しで、無鉄砲で。見た目によらず、お転婆だな」
ぎゅっと目を瞑った直後、耳元で、呆れたような優しい声が聞こえ、優しい浮遊感と温かさが、私を包む。
いつまでたっても、地面とぶつかるような衝撃が訪れることはなく――そうっと目を開ければ、黒髪のイケメンが、優しい表情でこちらを覗き込んでいた。
ロロだ。彼が私を横抱きにして、上手に着地してくれたらしい。さすが猫科の神獣…。
(……いや、そうじゃなくて!)
慌ててロロにお礼を言って降ろしてもらい、子供達の側に駆け寄る。
「あなたたち!大丈夫⁉︎」
「あ……」
先程、魔獣へと石を投げた子供が、もっと小さな子供を庇うように抱きしめて、ぶるぶると震えていた。こちらを見たその目が、瞬く間に涙で潤んでいく。
「もう大丈夫だよ」
ぎゅっと2人まとめて抱きしめると、子供達は大きくしゃくりあげた。
「もう!勘弁してくださいジュリエッタ様……!心臓が止まったかと思いました!」
そんな叫び声と共に、ストっと軽く隣に着地してきたのは、ミオだ。優秀な護衛の彼にとって、こんな高さを飛び降りることもなんてことないらしい。
「貴女の護衛を任されてる僕の身にもなってください!」
「本当にごめんなさい、ミオ。つい体が動いちゃって……」
「まったく。次は、事前にひとことくらい、言ってくださいね」
そう言いながらも、背中に背負った己の身長よりも大きな大剣を抜き、構えるミオは、ふわっと笑ってくれた。
私と子供達を守るように構えたロロと、ミオ。2人の気迫に押されてなのか、魔獣はグルグルと鳴きながら、こちらを見定めるように動きを止めていた。
「ミオランス!」
横合いから、騎士が数人走り込んでくる。ミオは、魔獣から目を離さずにそれに応えた。
「ここは僕たちが!そこの子供達を避難させてください!」
「わかった」
騎士達は、素早く子供2人を抱えると、私にも手を差し出してくる。
「貴女も一緒に!さあ!」
「――いいえ。私は行きません」
やんわりと、差し出された手を拒んで立ち上がる。子供達が助かるのなら、それでいい。私が避難する必要はない。
だって。
「私には、この場でやらなければいけないことがありますから」
強い意志を込めてそう伝えると、戸惑うように騎士達が顔を見合わせる。
「大丈夫です!その方は、僕たちが守りますから!」
ミオの再びの声に、騎士達はばっと走り去っていった。彼らに抱かれた子供達が、何か言いたげにこちらを見ていたが、笑顔で手を振り見送る。
私まで、この場所から避難してしまうわけにはいかなかった。
「ロロ」
魔獣と睨み合ったままのロロの隣へと歩み寄る。魔獣は依然として、唸り声をあげてはいるが、こちらを襲うタイミングを計りかねているように見えた。
「私なら――神獣使いなら、出来ることがあるのよね?」
確信を込めて言うと、ロロはこちらを見ないまま、ふっと口角を上げる。
「あの小僧との勉強会が、きちんと活きてるんだな。そうだ。魔獣相手なら、神獣使いにできることは、ある」
広場からは、悲鳴はもう聞こえない。騎士達が上手く避難を完了させたのだろう。
しかし、魔獣を倒そうとする騎士達は苦戦しているようだった。ただでさえ、相手は有翼の相手だ。空を飛び回って逃げながら、隙を突いて攻撃してくる尻尾。2体ほどはすでに仕留めたようだが、広場の上空に飛来している魔獣は、それよりもかなり多い。
このままでは、騎士達が押され切ってしまうのも、魔獣がほかの場所に飛んでいって、被害が広がってしまうのも時間の問題だ。
でも、私が加勢するなら――この状況を、素早く治めることが、出来るはずだ。
「お前は望めばいい。少しだけ、魔力は使わせてもらうことになるが……あとは俺が、お前の希望を叶えよう」
魔獣が暴れたことで、広場のあちこちから、火が上がっていた。
その明かりがぱっと、ロロの青い瞳に反射して、チラチラと光る。
そのロロの向こう、広場の反対側では、騎士たちの先頭に立って剣を振るう、レイの姿も見えた。
楽しかったお祭りの空気。笑顔だった人々を、守りたいと思う。
何より……私の大切な人を、守りたいと、この瞬間、強く思った。
「望むわ」
確固たる意志を持って、ロロの手を、ぎゅっと握りしめた。
「魔獣を消し去ってほしい。この国を、守って。ロロ」
――私に出来ることがあるなら、何だってする。
ロロと契約し、神獣使いになった私に、出来ることがあるのなら。
大好きな人たちを、この国を。願いひとつで守れるというのなら、私が願おう。
「契約者の願い、確かに聞き届けた」
ロロの静かで、落ち着いた声が聞こえた瞬間。
大きな広場の石畳いっぱいに、青白く輝く、巨大な魔法陣が浮かび上がった。




