38.
再会した日以降、私とレイは、何度も待ち合わせては城下町を歩いて過ごした。
暗殺者に狙われることもしょっちゅうだったけれど、その度にレイやミオ、パーシーに、もちろんロロも、いっそ見事なほどにしっかりと守ってくれていたので、過保護な私の家族達も、私とレイが会うことを反対したりはしなかった。
(まあ、アルト兄様やウォルター兄様は、レイの話題になる度に、ものすっごく渋い顔をするんだけど……。ことあるごとに「可愛い妹に悪い虫がー!」なんて騒いで…まったく)
考え事をしながら、ミオの手を借り馬車から降りる。
日が落ちた街は、数え切れないほどのランプと魔術の灯りで、きらきらと輝き出していた。
祭り本番、といった空気に、ワクワクと胸が高鳴る。
今夜は、豊穣の秋を祝うお祭りだ。
レイとの待ち合わせは、日暮れ前に街の広場、庶民の服が指定されていた。明らかに、祭りのお誘いである。
面白いくらい庶民服が似合わないレイの姿に、ひとしきり笑った後。私たちはいつものように取り留めもない話をしながら、屋台を巡って食べ歩き、孤児院のバザーを巡り……。お祭りを目一杯楽しんだ。
――夜も更けてきた頃、私たちは、祭りの喧噪から少し離れた、小さな公園へやってきていた。
小さなガゼボの傍には、この時期に咲く薄紫の可愛らしい花が咲き乱れている。
風が吹くと、甘い中にほんのちょっぴり苦みがあるような、優しい花の香りが髪先に触れて…。胸が少しだけ、切なくなった。
「ふう」
祭りが楽しくて火照っていた頬に、ひんやりした風が心地いい。レイはガゼボのベンチに腰掛けると、自分の上着を脱いで隣に敷き、「どうぞ」と手招きをした。
(レイって、ちょっとした時に、ものすごく紳士なのよね……)
ドキドキさせられるのが、ちょっと悔しい。それでも、大人しくその場所へ座らせてもらった。
他には誰もいない静かな公園に、遠くから、祭りを楽しむ人々の声と音楽が微かに届く。
子猫姿のロロを抱いたミオとパーシー卿は、気を利かせてくれているようだった。ガゼボから少し離れた場所で、こちらに背を向け護衛してくれているのが見える。
今更になって、レイと2人きりだ、ということを意識してしまう。
(落ち着くのよ、ジュリエッタ)
言い聞かせるようにして、大きく深呼吸をする。そんな私を知ってか知らずか、レイはうーんと伸びをしていた。
「ああ、風が気持ちいい」
声に釣られてちらりと見れば、優しい表情で街の明かりを見ている、レイの横顔があった。
薄暗い中、足元に置いた手持ちランタンの明かりに照らされて、レイの銀糸の髪がキラキラと輝く。
――それがとても綺麗で、慌てて視線を逸らした。
身じろぎすると、ふいにベンチに敷かれたレイの上着に手が触れて……庶民服のはずなのに、上質すぎるほどの手触りを感じて、先ほどまでとは違う温度で、どきりとした。
手に馴染むような上質な布……こんなに良いものを身につけられるのは、我が家のような公爵家か、もしくは王族くらい……。
嫌なことに気づいてしまった、と、視線を膝へと落とした。
時折垣間見える、貴族としての完璧で優雅な振る舞い。パーシー卿やミオの、レイへの接し方。そして、この布の質の良さ――。
突然神殿を去った理由について、すぐには言えない、と語ることも含めて。これまでに感じた違和感も、彼の全てが、私の中の疑念を裏付けるようなものばかりだって……頭のどこかでは、わかっていた。
(おそらく、レイが……私の隣にいるこの人が、第一王子レイナルド殿下、なのよね)
きっと既に、わかっていた。わかりたくなかっただけだ。
何度もこうして、待ち合わせをして、デートを続けて。正直なところ、私は浮かれていたのだろう。
気付いたらいけないことに蓋をして。
レイが話してくれないのを良いことに、気付かないふりをしていたのだ。
(ああ。せっかくのデート中なのに。お祭り、楽しかったのに…。今、こんなこと、考える時じゃないのに)
こんなこと、いつものように、帰ってから1人で考えればいいことなのに。
なぜか今夜に限って、思考は散ってくれず、私の頭の中でどんどん、鮮明になっていってしまった。
(レイが第一王子だとするのなら――私は、レイを好きでいちゃいけなくなる)
だって私は、第二王子から婚約破棄をされた令嬢だ。
異世界から来た聖女のためだったとはいえ、一度は他の男と婚約していた身。……社交界では、そういった令嬢の価値は低くなる。
そんな『令嬢としての価値が低い』私が、他でもない、元婚約者の兄と再び婚約するなんてことは、できるはずがない。
王妃様が、第一王子と婚約し直さないか、と言ってくれたこともあったけれど……。
レイの立場や外聞を考えるなら、余計に受けることはできない。
弟の元婚約者を引き受けたとか、価値の低い女を婚約者にしたとかなんとか……レイ自身が、心無いことを言われてしまう。
そんなのは、私が嫌だ。レイが王子なのであれば、悪役令嬢などと呼ばれ嫌煙される私などではなく、もっと素敵な令嬢を妃に迎えるべきだと思う。
そう。私のこの、初めての恋は、叶ってはいけないものなのだ……。
「……ジュリエッタ嬢?どうかした?」
「えっ」
急に声を掛けられて、はっと現実に引き戻される。
気遣うように顔を覗き込むレイが、すぐ近くに居た。
「考え事でもしてた?何度も呼んだのに」
「あっ、ご、ごめんなさい。ちょっと……」
耐えきれず、言葉尻が震えてしまった。
じわり、視界が滲むような感覚に、慌てて顔を逸らす。ぱたぱたっと、ドレスに小さなシミができた。
……最近の待ち合わせが、レイと過ごす時間が楽しかったから。
今日も、お祭りを一緒に回ることができて、すごく幸せだったから。
その反動なのか――自覚をしてしまった途端、感情が溢れて、止まらなくなってしまっていた。
(やだ。デート中に突然泣くなんて――っ)
早く涙を止めて、誤魔化さなくちゃ。
そう思うのに、涙は次々溢れて止まらなくなってしまう。
「え、どうしたの?なんで泣いてるの?」
つい、と伸ばされた指に、優しく頬を引き寄せられる。温かい指先になぜか抗えなくて、せっかく逸らした泣き顔を、レイに覗き込まれてしまった。
「ごめんんさい、なんでも、ないから。すぐ止める……」
「……」
レイは、私の泣き顔にふと真顔になると、小さく息を吐いた。
「ごめん。きっと、僕のことで泣かせてるんでしょう?」
「ちが……」
彼の指が、優しく私の涙を拭う。レイの囁くような静かな声が、耳に心地よかった。
「僕がいつまでも、君に大事なことを言えないでいるから、だよね。……ごめん。不安にさせてるよね」
お願いだから、やめてほしい。
優しく頬を撫でて、優しい声で謝らないでほしい。
涙が止まらなくなるから。
「君に隠し事ばかりな……こんな僕は、嫌い?」
微かに囁きながら、レイが顔を近づけてくる。
いつもは明るく輝いている、ガラス玉のような緑色の瞳が、今は不安そうにチカチカと揺れて――月明かりのせいか、紫色がかったようにすら見えた。
その不思議な色合いに惹かれて、彼の頬へと無意識に指を伸ばしていた。
「……嫌いよ、だいきらい」
(本当のことなんて、聞きたくない。もういっそのこと、素性のしれないレイのままでいて欲しい)
互いの吐息が掛かるような距離で、私は目を閉じた。
彼のシャツを、ちょっとだけ握りしめる。
「……ジュリエッタ」
初めて気安く呼んでくれた声が、耳にこびり付いた。
唇に、温かくて柔らかな感触が重なる。
叶わない恋の温度に、止まりかけた涙が再び溢れてきそうになって――。
次の瞬間、空気を切り裂くような高音が辺りに響き渡って、レイが反射的に、私を庇うように抱きしめた。
――ギイイイイイィィィィィィ!!!
頭の中を掻き回されるような不快な音に、全身が総毛立つ。
(何なの、これ――⁈)
「レイ様っ!」
すぐに、大慌てのパーシーが走ってきて、街の方向を指差し叫んだ。
「大変ッス!飛行型の魔獣が何体も、街を襲ってます――!」




