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悪役令嬢の私、神獣拾っちゃいました  作者: 櫻井綾


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36.


 甘いものを楽しんだ後、私たちはカフェを出て、のんびりと街歩きを始めた。

 ショーケースに並んだドレスやアクセサリーを見て、広場で遊ぶ市民たちの姿を眺めて、ずっと他愛もないことを話して、笑っていたような気がする。

 ――彼と一緒にいる、それだけで楽しかった。

 会えなかったぶんを埋めるように、孤児院を訪問したことや、アリアド王妃とのお茶会、兄たちの過保護ぶりについて。さらには、ロロのお手入れのためのオイルなど、本当に取り留めもない話題ばかり話してしまって……それでもレイは、ずっと優しい笑顔で、楽しそうにしてくれていたから。

 だから私は――ほんのちょっとだけ、浮かれすぎてしまっていたのかもしれない。

 突然、隣で歩いていたレイが、すっと自然な動作で私の腰を抱き寄せてきた。


「きゃっ……!ちょっと、レイ!」


 突然のことに驚いて、ぐいとレイを押し退けようとするけれど、意外なことに、細身なレイの身体は、まったくと言っていいほどびくともしない。

 意外な力強さに驚いていると、すぐに背後で、ミオが背の大剣に手を伸ばし、可愛らしい目をきっと釣り上げた。


(ミオ?一体どうし……、!)


 ミオが見つめる先に視線をやって、私はようやく気付いた。これは――殺気だ。

 ここは、上級階層向けのお店が立ち並ぶ大きな通り。今日も、行き交う人々でかなり混み合っている。

 その中から1つ……いや、2つだろうか?殺気を含んだ視線がこちらに向けられているのがわかった。


(こんな日にまで邪魔しにくるのね。あまりにも無粋すぎるんじゃないかしら?)


 とりあえず抵抗をやめて、レイの邪魔にならないよう、大人しくする。ピリピリとした空気の中、口を開いたのはミオだった。


「……レイ様。行ってきてもよろしいでしょうか?」


 ミオは、路地の一点から目を離さない。その先に、暗殺者が潜んでいるのだろうか。

 ロロはずっと、小さい猫の姿でミオの肩に乗っていたが、身軽にジャンプすると、私の肩へと移ってきた。

 レイはふむ、と少しだけ思案して、ミオと同じ方向へ向けた目を細めた。


「パーシーが対応するだろう。任せておけ」


「わかりまし――!」


 それは一瞬の出来事だった。

 キラ、と光る何かが見えた、と思った瞬間。ミオが懐から小さいナイフを抜き放ち、飛んできた何かを叩き落とした。

 カシャン!と音を立てて石畳へと落ちたのは、手のひらサイズの刃物――暗器だ。


「こっちへ」


 レイに連れられるまま、近くの路地に身を潜める。

 ミオが大通りに残り警戒する中、遠くから、騒ぎが起きているような大声や剣戟の音が聞こえてきた。


「今日は騎士たちが見張っているから、来ないものかと思っていたが」


 肩の上で、ロロがやれやれ、と猫姿で器用に肩をすくめて見せる。言わずもがな、外出恒例の暗殺者のことだ。


「そうよね。騎士たちが守ってくれてるのをわかっていて襲ってくるだなんて。余程の手練れなのかしら?」


「いや、ただ単に素人だという可能性もあるぞ。この前だってかなり杜撰な襲撃だったじゃないか」


「あー…その可能性もあるわね…」


 コソコソ囁き合いながら、ふむ、と考え込んでいると。


「……ええと。ジュリエッタ嬢?君、暗殺者に襲われてるっていうのに、怖くないのかい?」


 頭上から、少し戸惑ったような声が降ってきた。レイだ。


「怖い?……いえ。ここ最近は、外出の度必ずこうなるから……。なんというか、慣れてしまいましたわね」


(まぁ確かに、令嬢であれば怖がるのが普通かしら?でも本当に、もうすっかり慣れてしまって……いや、この状況に慣れるというのも、良くないような気はするけれど)


 とはいえ、慣れてしまったものは仕方がないと思う。毎回、ミオとロロが華麗に守ってくれるので、いつからか自分が怪我をする心配、というのもあまりしなくなってしまったし。

 今は、怖いというよりも、レイとのせっかくの時間を邪魔されたことが腹立たしい、というほうが強い気がする。

 私はにこり、と笑顔でレイの腕にぽんぽん、と触れた。


「大丈夫よ、レイ。いつも、ミオとロロがちゃんと守ってくれるから。今日だって心配ないわ」


「その反応、心強いとも思うけど。正直、こんなことに慣れてほしくはないというか……なんとも複雑な気持ちだね」


 レイはため息混じりにそう言うと、腰に下げていた剣をスラリと抜いて、私を背に隠すように立った。


「じゃあ、そのまま安心して、僕にも守られていてくれ」


「レイ?」


「そこに居るのはわかってる。そろそろ出てきてくれないか?」


 路地の向こう、薄暗がりが続く方へと、レイが呼びかける。

 ロロが音もなく人型に戻り、私に寄り添った。


「2……いや、3人か。魔術使いが隠れているな」


 ロロが小さく囁いた、その時。

 路地の向こう側から突然、攻撃魔法が飛んできた。

 大きく鋭い氷の塊と、土の元素が集まり出来た不格好な槍が、ごおおお、と、すごい勢いでこちらへと飛んでくる。

 ロロが腕を前へと掲げると、神聖力の防御壁が瞬時に立ち上がり、氷と土の魔術は、レイに届く前に粉々に砕け散った。


「ありがとう、神獣殿」


 レイは、いつもの調子で感謝の言葉を口にしたかと思うと、ぐっと踏み込み、先ほど粉々になった土と氷の粉塵の中へ勢いよく飛び込んだ。

 着地したのは、魔術使いたちの目の前。一瞬のうちにくるりと、まるで踊っているかのような滑らかな身の捌きで、レイが3度、剣を閃かせる。

 気がつけば、レイの足元にはどさどさと、黒いローブを羽織った男たちが倒れていた。







 後の処理を騎士たちに任せ、私とレイは何事もなかったかのように街歩きを再開した。

 ブティックに入り、ドレスに帽子、靴など、可愛らしいコーディネートをレイに選んでもらって、買ってもらったり。

 文具店では、互いに送り合う用のレターセットを買ったりして。

 夕焼けが街を照らし始めた頃。私は、帰りの馬車へ乗り込んだ。


「ジュリエッタ嬢。今日は一日、とても楽しかった。素敵な時間をありがとう」


 馬車に乗った私に向かって、道端から見上げるレイが、にっこりと笑顔を見せる。


「また都合をつけるから、今日のように会ってくれる?」


「ええ。連絡、待ってるわ」


「それじゃ……これからも、十分身の回りに気をつけて」


「ありがとう。またね、レイ」


 扉が閉まり、馬車が動き出す。

 レイとパーシーは、馬車が角を曲がって見えなくなるまで、ずっと手を振り続けてくれていた。

 彼らの姿が見えなくなって、馬車の座席に座り直す。

 向かいの席には、また子猫姿に戻ったロロを膝に乗せ、笑顔のミオが座っている。


「今日は、楽しかったですか?ジュリエッタ様」


「ええ。とても」


(聞きたかったことは、聞けなかったけれど……。でも、ただお茶をして、買い物をして。彼と一緒に過ごす時間が、とても、とても楽しくて、仕方なかった)


 ほかほかと温かくなった胸の温度が、心地良い。

 そっと胸元に触れて、幸せな気持ちに目を閉じる私を、ミオが優しい瞳で見つめていた。


「それはよかったです」


「ミオ、ロロ。今日も、守ってくれてありがとう」


 温かな気持ちのまま、心からの感謝を伝える。ロロがこちらの膝へと移ってきたので、触り心地の最高に良いもふもふの身体を撫でさせてもらうことにする。

 気持ちよさそうに喉を鳴らし、ロロは、綺麗な青い瞳で真っ直ぐにこちらを見上げてきた。


「俺が必ずお前を守る。だから安心しているんだぞ、リーエ」


「ええ。信じてるわ」


「……ジュリエッタ様」


 向かいから、静かな声に呼ばれる。

 顔を上げると、ミオが真剣な表情で、神殿騎士の礼をとっていた。


「僕も、身命を賭して貴女をお守りするとお約束いたします。別れ際、レイ様からも改めて、しっかりと貴女を守るよう、仰せつかりました」


「ミオ……」


 私よりも年下のはずのミオだが、こんなにも真摯に、神殿騎士としての誠意を見せてくれている。

 それだけでなく、いつもいつも、私のことを気遣い、寄り添ってくれて……本当に立派な子だ。

 座席から身を乗り出して、ミオの手を握る。私と変わらない大きさのその手は、長く剣を握りしめてきたのが良くわかる、ゴツゴツとした――まるで、騎士のウォルター兄様を思わせるような、温かいものだった。


「貴方の気持ちに、心からの感謝を。いつも私を気遣ってくれて、護ってくれて、本当にありがとう。私も、貴方に負担をかけないよう頑張るわ。これからもよろしくね、私の騎士さん」


「……はい!」


 ミオは、ほんの少し目を潤ませながら、差し込む夕陽で温かな色に染まる馬車内で、にっこりと、天使のような可愛らしい笑顔を見せてくれたのだった。





 

     

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