第二話 絶望王
あれ。ここはどこだろう。
見渡すとそこには、ただ広いだけの草原があった。
頭上には、雲一つ無い青空が広がる。
『アリス』
名前を呼ばれ振り返るとそこには、一人の女性がいた。
銀色の髪に同じく銀の瞳。透き通るような白い肌。
あったことのないはずなのに、しかしなぜだろう、どこか懐かしい感じがした。
『アリスもう大丈夫よ』
「あなたはだれ」
『アリス私よ、もう思い出せるでしょ』
「え?」
『もう封印は解けているのだから』
「封印?一体なんのこと……」
目の前にいる女性をじっと見つめた。
すると頭の中で身に覚えのない記憶が、いや、忘れていた記憶が雪崩のように頭になだれ込んできた。
「イタイイタイイタイイタイ――」
頭が割れるような痛みに、私はたまらず、うずくまってしまった。
忘れ去られ閉じ込められていた過去の私が、今の私を侵食する。
これまでの日々が夢であったかのように……。
痛みが目を覚ませと響く。
『思い出せたかしら』
未だに痛みはするが我慢できるくらいに落ち着いた。
私は彼女に再び視線をやり、震えた声で呟いた。
「お母さん……」
言葉にした時、目頭が熱くなった。
『えぇそうよ。あなたの母ですよ』
「お、お母さん」
私はフラフラとしながらも、お母さんに駆け寄ろうとした。しかし足が止まった。
『うん?どうしたの?こっちにいらっしゃい』
「本当にお母さん?」
『えっ?』
自分でもなぜかわからない。足は動かず、頬の雫も零れてこない。
どうしてだろうか。今、目の前にいる母と記憶の中の母は、寸分違わず同じ姿である。しかし違うと感じるのだ。
心も体も、彼女は記憶にある母ではないと私に訴えている。
「ねぇ……答えてよ」
私は母をじっと見つめた。
『……はははははは。まさかこんなに早くばれるとは思わなかったよ』
母の見た目をしたものは肩をすくめた。
「あなたはだれなの?」
『そう急かすなよ、まずは本来の姿のお披露目さ』
パチンと彼女が指を鳴らすと、たちまち黄金の髪をした女性に変貌した。
『私は……なんて名乗ればいいかな?』
「は?何を言っているの」
『いや私には、名前がないんだよ。色々と呼び名はあるけど名前はないんだ』
『君にとっての私はそうだね……絶望王と名乗るとしよう』
「絶望王?ふざけているの?ここはどこなの」
『別にふざけてはいないさ。ここは生と死の狭間だよ』
「生と死の狭間?」
『そうさ、生者が死者に成り代わる場であり、私達のような存在しかいない寂しい所さ』
「私は死んでいるの?」
『死んだね。でも君は不老にして不死の吸血鬼だろ今の君が行けるのはここまでさ、死者にはなれない。』
「あなたも吸血鬼なの?」
『いや私は、違うよ』
「え?それじゃあ」
私が言葉続けようとすると、絶望王を名乗る女性は、私の唇に指でそっと触れた。
目の前に急に迫ってきた絶望王に、私は声を詰まらせた。
『ふふ。私に興味を抱くのはいいけど、それより気にならないのかい?お義母さんのこと』
お義母さんと言われサァーと血の気が減っていった。
私が今生と死の狭間にいるのなら、お義母さんは?
もしかして……。
「ねぇお義母さんは、どうなったの?」
『君のお義母さんは、死んだよ』
死んだ?
「ここにいるの?」
『いや彼女はエルフだよ。だからもうとっくに輪廻の渦の中さ』
う、うそ……。
頬を涙が伝い、全身から力が抜け倒れてしまった。
『ちなみにあのエルフの少女もね』
絶望王は、じつに淡々と語る。
『あいつらがやることは、相変わらず下衆過ぎるね』
「何があったの?あいつらって誰?」
『知らない方がいいよ。君はずっとここに居る方がいい』
お義母さんが死んだというショックは未だ立ち直れていない。
だけどここで聞かなければ、きっと私達が死んだ理由がわからないままになってしまうと思った。
「……教えて」
私は、つぶやく様に言った。
『知ってどうするんだい。君には何もできないさ』
絶望王は、試すように言った。
「……それでもいい、なんで私達が死んだの?」
絶望王は、私の涙を指で拭い自らの口に含んだ。
『君たちは殺されたのさ……人間にね』




