第九話 覚悟
「確かノアだったけ?なんでここにいるの?」
口を抑え吐き気を我慢しているノアがそこにいた。
「貴方が人間の集落に行って皆殺しにするって言ってたから、その心配で……」
アリスの着ていた白いワンピースは返り血で汚れ顔や髪にも血が飛び散っていた。
その様子にノアを驚いていたが、そんなことなど気にしないかのようにアリスはキョトンとしていた。
「心配なんで?」
「私を奴隷にした人間がものすごく強くて……」
ノアは一人の死体を見つめていた。
「もしかしてアレのこと」
私が指を差した死体は私が最初に斬り殺した男だった。
コクリとノアは頷いた。
「あんな雑魚なんかに負けないよ」
「雑魚……」
ノアは私の言葉を飲み込むように繰りかえした。
「それじゃあね。私は次の場所に行くから」
「待って、なんでこんなことしてるの?」
「元奴隷ならわかるんじゃない」
私は投げやり気味に応えた。
別に私の動機を彼女に教える必要はないと思ったからだ。
「……復讐」
「まぁ簡単にいえばね。それじゃ今度こそ、さよなら」
「待って!私も連れて行って」
「いや、足手まといなんていらない」
「強くなる。そのためなら何でもやる。だから――」
ノアの蒼い瞳が揺れる。
「私についてきてどうするの?強くなりたいの?人間を殺したいの?」
「うん。でもこのままだと貴方に殺される。そんなのは、いや。あいつだけは、私が殺す」
ノアは私をキリっとにらめつけた。
瞳には殺意が宿り、拳を強く握ったためか爪が皮膚を裂き血が滴る。
「死にたくないんでしょ。なら諦めなよ。代わりに殺してあげるから」
「……いや」
死という単語を出した時、ノアの瞳が揺れた。
【虎目ノ計測】を使わずとも彼女の心がわかった。
「上辺だけの覚悟じゃ何もできない。覚悟も信念もないなら関わらないで」
「覚悟はある」
「うそだね」
私は刀を鞘に納め、立ち去ろうとした。
「待ってお願いだから置いてかないで。……わかってる。強くなるための覚悟なんてないことなんて。死にたくだってない。私を守ってくれた家族の命を無駄にしたくない。貴方は違うの」
「私も死にたくないよ」
「ならなんで危険を冒してまで殺すの」
「私は奴らが平気な顔をして、平和に生きていることが許せないの。何よりも、何もしない自分を考えただけで頭がどうにかなってしまいそうなるの。貴方は耐えられるの?今の世界」
「力のある貴方には、わからないのよ。非力なものはそんな世界を受け入れて生きていくしかないの。
生きるために泥水をすすり、空腹を紛らわせるために野草を食べてその日その日を生きて行かなきゃならないの」
「なら貴方は力があれば変われたの?家族のためにとか言って本当はただ死ぬのが怖いんじゃない」
私はノアに挑発気味に言った。
「違う!」
「違わない」
「違う違う違う」
「死にたくないくせに殺したいなんて甘いよ。素直に故郷に帰ったら」
「故郷なんてない。帰る場所なんてもうない」
ノアの瞳には涙が浮かぶ。
「なら森の中なりにひきこもってなよ、そうすれば君はもう苦しくなくなる、辛くない」
「力さえあれば私は変われる。私だってこんな世界を変えたい。こんな世界は間違っている」
「世界が間違っているね……。でも貴方は弱い。何もできない」
「知ってる。だからお願い私にできることならなんでもする。お願い私に力を、戦い方を教えて」
「本当にわかっているの?目的のためなら本当に何でもやる覚悟があるの?」
「力がもらえるならなんだってやる」
「確かめさせてもらうよ。【虎目ノ計測】」
私の虎の眼をノアの蒼い眼が見つめる。
ノアの瞳は、一切揺らがずに私の虎の眼を見つめ返す。
【虎目ノ計測】は、ノアを全てを計測していく。
ノアには、未だに死への恐怖がある。だが同時に復讐をしたいという黒い願望も持っている。
奪いたいけど、奪われたくない。殺したいけど、死にたくない。矛盾だらけの甘い考え。
だがノアは、本気でこの世界が間違っていると、自分は変われると思っていた。
本当にどこまでも甘い、考えだと私は思った。
しかし、同時にノアが自分と重なって見えた。
故郷を奪われ、大切なものを壊された。無力で手が届かず見ることしかできなかった後悔。
あの時『絶望王』の前で覚悟を決めた時の彼女の気持ちが少しわかる様な気がした。
復讐なんてしないで、平和に生きて欲しいという思いと同時に、彼女の力になりたいという気持ち。
彼女は、結局私を送り出す選択をした。
ならば私もノアのための選択をしようと、ノアが後悔をしないように。
「そうなら目をつむって」
「わかった」
ノアは私の言う通りに目をつむった。
私は瞳を緋色に染めノアの首元に優しく噛みついた。
「あぁん。ちょっなにをやってい……うぅん」
甘い吐息がノアからこぼれた。
吸血鬼の吸血に痛みはない。それどころか快感ですらある。
「やっぱり女の子の血はおいしいな」
私は首に刺した牙をそっと引き抜いた。傷口をペロっとなめた。
「いやぁ。や、やめて……」
「なんでもするんでしょ。これは前金。大丈夫、死なない程度にするから」
ノアは吸血の快感に耐え切れず腰が砕けてしまった。
ノアは若干涙目になりながら私を見上げた。
「け、穢された……」
「あぁ、ごめんやり過ぎちゃったみたいだね」
「アリス。アリス・ブラッドバーンよ」
「ふぇ?」
「これから旅をするのに名前知らないと不便でしょ」
「アリス……。うん、これからよろしく」
二人は互いに笑いあった。
「へぇ案外可愛く笑うのね。初めてノアの笑った顔を見たよ」
「アリスが鎖で縛ったり、剣向けたり、襲い掛かってきたからその、余裕がなかっただけ」
ノアはプイっと頬を染めそっぽを向いていった。
「ははははははははは」
私はまた笑った。
「いじわる……」
血と夕日によって深紅に染め上げられた世界で二人は笑いあっていた。
一区切りついて、やっと百合らしい場面が描けました。今後も頑張って書いていきたいと思います!




