第90話 もう1つの戦い
ゾビィーの能力、“腐蝕死群”でゾンビに変異した者達は、確実に各地に爪痕を残し、被害を拡大させている。進軍こそ止まっている地域はあっても、全てではない。砂漠地帯ジルタフにもやっと、人への被害が確認された。
しかし未だ、全く影響を受けていない国がある。
それは、戦争国家ネルフェール。彼の地に害は押し寄せていない。その理由、この差は何か。
誰も知らないし、知る由もないのだが、薄々と勘付く者は現れる。
彼も、その一人。
平穏な大地に降り立ったのは、【聖なる九将】序列第六位のニシミヤライト、その眼前に居るのは同じく、序列第五位のシルフ。
「……ゾビィーが誰に唆されたのか、今なら分かる気がしません?」
「言っている意味が分からないな」
大凡、理解している筈なのに、頑なに首を縦に振らない様子には、強情だと思ってしまう。
(やれやれ、全く……)
『これだから女性は嫌なんですよ』と言いかけるも、一応は節度を守る変人ホスト。
だが、それには気付かれていたようで、シルフに鼻で笑われる。
「貴君は分かりやすい、まるで子供だな」
「そうでしょうか。少年を、自分の家族と勘違いして接する女性の方こそ、子供だと思いますよ」
「戯言だ。私とゾビィーに何の因果関係もない」
「ですね。あれは、貴方の息子でもなければ弟でもない。転生前の誰かに似ているからといって、情を移すのはどうかと思いますよ」
「減らず口だな。私は貴君が嫌いだ」
「お互い様ですよ」
これ以上、言葉は不要と言わんばかりに、シルフは大剣を手に取る。
対してライトも、能力を発動する。
引く気がないのなら、ゾビィーに加勢して自身の敬愛する御方に手出しするならば、相手をしなければならない。天地がひっくり返り、民に被害が出ようが関係ない。
ここに至っては、同僚同士の戦いではない。単なる意地のぶつかり合い。どちらかの矜持が折れるまで続く。
「その性根、叩き斬る」
「潰してあげますよ、醜くね」
戦いの火蓋は開かれる。
◇◆◇◆◇◆
シルフの武器は二振りの大剣。身の丈ほどの長さを悠々扱う、戦士型。
重量ある大剣だが、速度衰えず、威力も凄まじい。
無手で相対する輩には、相応の一撃を与える。シルフの剣士としての練度は達人級。持久力と耐久力は高く、長期戦に特化している。
後半に真価を発揮する戦闘方法は、その能力にこそ現れており、能力名は“天針”。
名前の通り、頭上には時計と羅針盤を複合させたかのような物体が出現、時間経過とともに針が進み、停まった数字毎に恩恵を能力者本人にもたらす仕組みとなっている。
この恩恵は、1本の針がⅢ、Ⅵ、Ⅸ、Ⅻに、それぞれ停まった瞬間に発動させることができる。
Ⅲで発動させた場合は、攻撃力向上効果が15分間続く。
Ⅵの場合は、先程の攻撃力に防御力向上効果が上乗せされ、その時間もまた15分間延長する。
Ⅸの場合は、更に素早さ向上効果が上乗せされ、その時間をまた15分間延長する。
Ⅻの場合は、全体的な身体能力向上に加え、無敵状態となり、その効果を1時間維持するという無双状態になる。
順に発動していくのが基本的な形式だが、効果発動の僅かな瞬間に針は止まるし、発動の度に精神力を使うため、Ⅻに停まるまでは向上効果を使わない場合もある。
無敵状態を早めるために無駄な時間を減らすという選択。
だがこの能力は、とても難儀だ。無敵状態に至るまでに敗北するかもしれないし、予め能力を知られていた場合、無敵となる前に逃亡される恐れだってある。
戦う前から能力を発動させるという手段も無くはないが、それは悪手。姑息な手は使わないし、そもそもの話、敵対するライトが尻尾を巻くなどある筈がない。シルフが、逃亡を懸念する必要性は全くない。
無敵になった時点で勝利は確定するのだ。
勿論、それまでに倒すのが最高ではあるが、双方互いの強さは知っている。
手は抜けない。
それに、こういう大事のため、日頃から剣技は磨いてきていた。
「“王者の一撃”」
垂直に大地を割るのは、一振りの斬撃。
ただの斬撃ではない。
衝突後に爆ぜるこれは、シルフの通常攻撃。
「“我が君の掌”」
しかし、その攻撃は届かなかった。
上空から空気が押し寄せたからだ。
押し潰された斬撃は、ライトの足先で停止する。
「ふんっ」
ガッキィィーンと、まるで刃と刃がぶつかった金属音は、ライトが圧縮された空気の障壁を纏ったから。
第三位の真似事に近い防御方法とはいえ、生身で大剣を受け止められたことには、少し虫酸が走る。
「誰かの真似をしていても突破口は開けんぞ」
「大丈夫です。私が勝ちますから──」
指パッチンしたライト。
「これはどうです?“我が君の掌”」
空気の塊が、左右同時に押し寄せる。透明で目視できずとも、猛威は肌に感じる。
「余裕だ──」
真上に飛び上がり、圧縮から逃れ、勢いそのまま───
「“王者の流撃”」
空中の斬撃は、追跡機能があるかのように流麗に飛ぶ。
先程と威力は同じでも回避は困難。
広域を切り裂く斬撃が、ライトを捉えるその寸前、全方向からの我が君の掌によって、またもや命中せずに手前で消滅した。
「……埒が明かんな」
「ですね。では、“我が君の戯れ”」
「むっ……」
先程まで掛かっていた重力負荷が、今度は波打つように変動する。
規則性は無く、身体が軽くなったり重くなったりと平衡感覚が失われる。
気を抜けば一瞬で足元をすくわれるのは明解も、それは並の能力者だったならばだ。
シルフの土台は揺るがない。鍛え方は違う。
「今……何かしたか?」
「ふふっ、いいえ、何も」
斬撃と重力。どちらも、この地を破壊するには十分な威力。
事実、大地は所々拉げ、削られ、抉られた。
しかし、何れもダメージを受けていない。
勝利を手にするのはどちらか、まだ分からない。
拮抗状態は続く。
◇◆◇◆◇◆
ライトの指パッチンは、一定範囲の重力を変動させる行為を意味する。
無詠唱発動といった感じに近い。負荷は2倍から10倍、逆負荷は2分の1から10分の1まで変更が可能。
基本は、敵を重くし、自分を軽くする。攻撃に転じる瞬間だけ、範囲を縮め重くすれば、簡単な打撃でも超威力となる。
反対も然り。
先程、シルフの攻撃を受け止めた時は、自身を重くし、シルフを軽くした。圧縮された空気を身に纏っただけで防いだのではない。
勿論、その微妙な変化は、シルフに気取らけてはいない。違和感を感じられたかもしれないが、空気や重力という繊細な能力を理解されるまでには至らない。
ただ、2倍負荷でも相当な重力が掛かっている筈なのに、動きに支障が無いのは意外だった。
少しずつ重さを変え、4倍にしても変わらなかった。絶えず変動する重力空間を作っても無駄だった。
だから、つい笑ってしまったのだ。
(ダリィさんのようにはいきませんね)
呆れて物も言えないとはこの事だが、序列が上の時点で、総合的な強さは格上。
シルフの能力を知っている以上、時間にして残り45分弱で、気絶ないし致命傷を負わせてでも撤退させなければ、勝機はない。
無敵状態になってしまったら、勝てる者はいない。1時間の耐久戦は無理なのは理解している。
(“崩壊世界”は範囲が限定しますし、10倍なら勝機はあるかもしれませんが、今じゃない気がするんですよね……、ここは少し趣向を変えますか)
思いついたライトは、ニヤけた頬そのままに人差し指を口に当てる。
「“我が君のいない世界”」
言葉を添えても戦場に変化は見られない。重力負荷は起きない。
だが、一見何の変哲もない空間に居た筈のシルフは、突如として倒れる。気絶して動きもしない。その様子に勝利は確定したかに見えたが、ライトの術は解けてしまった。
いや、シルフが効果範囲から抜け出たと言っていい。
気絶したシルフを範囲外に逃がしたのは、まさかの大剣。意志を持つかのように、使用者のシルフを上に乗せ移動したのだ。
これには、流石のライトも驚きを禁じ得ない。
(こんなこと……)
「ぷはっ……ッ、はぁはぁ……今のは中々だ」
シルフを襲ったのは空気無き世界。不意を狙うに適した技だったが、予想もしない所から救援された。
「その剣、生きているんですか?」
「貴君に教える義理はない」
「確かに、そうですね。これは1つやられたというべきでしょうか」
「さぁな、ただ貴君のおかげで目は覚めた──」
大剣振り上げ生成した斬撃は、ライトの左右を抜ける。そのまま膜状とも言える状態になり、戦場に1つの直線が形成。
逃げ場を失ったライト。膜状とは言っても、斬れ味は残存しているからだ。触れれば切れること間違いなしなのは、シルフの眼を見れば分かるというもの。
(これは……障壁で受けるのは厳しいかもしれませんね)
シルフは二振りの大剣を交差し、突進の構え、そのまま切り裂く未来も、ライトには視えた。
「“支配者と王者の合技”!!」
「“我が君のいる世界”!!」
ゆえに、先程とは真逆の世界を展開する。
空気の無い世界から空気しか無い世界へと。
大気圏への突入。
温度は急激に上昇する、断熱圧縮。
勢いを封じるとはまさにこのこと、シルフは発火した。
◇◆◇◆◇◆
「ぬあぁ………ッ!」
自分がまさか燃えるとは思っていなかったシルフ。
しかし、流石は【聖なる九将】。
その程度では止まらず、瞬時に形成された障壁ごと叩き斬る。
ライトも致命傷には至らないが、胸部に傷を受ける。
「ガッ……ッ!」
十字傷は入れ墨のよう。
但し、攻防はこれだけに終わらない。
それから数秒、数分、十数分、膜が消えるまで打ち合いは続く。
方や剣、方や拳。
「はあぁぁぁ!!」
「アアァァァ!!」
時間経過で防御力は向上、間もなく素早さも効果発動圏内。
ただ、ライトも喰らいついてきている。
(狙うならここか……)
振動を読み、圧縮を躱す。
僅かな隙間、その一点に集中する。
刹那───
「“君臨者の絶技”!!」
使用したのは、無敵状態とはまた別の必殺技。
重なる大剣は、1本の細剣。
銀色の清き閃光が、ライトの芯を貫く────筈だった。
「何!?」
当然の如く、空は切っていない。
ここに来て、刺し損なうなどあり得ない。だが、閃光は心臓を貫いてはいなかった。極限まで狙い澄ましたのにだ。
ライトが押さえているのは、やや逸れた脇腹辺り。
「感が当たりました──ガフッ……ッ、なんだ……ちゃんと酔っているじゃ……ありませんか」
「何を……した?」
「何も……はぁ、意外といた……ぃですね」
ライトの出血は多い。服の上からでも分かるような滲み方は、シルフが優勢と一目瞭然なほど。心臓狙いが外れたとはいえ、あとは細剣を抜くか、更に引き裂くかで勝負は決まる。
ただ、ここでの予想は大きく外れた。細剣は胴体から離れないのだ。
(くっ……、これでは逃げ場が……)
能力を使われているのもあるが、細身と思っていた身体は意外にもガッシリと鍛えられていた。
阻む筋肉。
固定され、身動きできない。
「王者の──」
「だめですよ」
そのまま技を繰り出そうとするも、押し寄せる圧縮。
これを陽動と理解するには、ほんの少し時間が足りなかった。
「“我が君の怒り”」
炸裂したのは、超縮された高エネルギー弾。至近距離での爆発に土埃は舞う。
ドォォン!!と隕石でも落下したかのような高威力は全てを吹き飛ばす。
能力者とて例外ではない。ライトの眼前には誰も居ない。細剣を握っている筈の戦乙女は居ない。
しかし、ライトは逆転勝利に現を抜かさなかった。
変人極まれりと言うべきだが、今回はそれが功を奏していた。
薄っすらと感じ取った気配は間違いではなかったのだ。
シルフが超至近距離砲を回避したのも運ではない。ちょうど3回目の効果時間を迎えたからだ。但し、向上した素早さで直撃こそ免れたが、僅かばかりの被弾はした。
(あと13分ほどだが、体力的に、ここで決めるべきだ)
「……次だ、一撃を制した者が勝者だ」
「いいですね……私も、そう思っていたところです」
転げた細剣を拾う。弛緩したことで地に落ちたからだ。
ライトの血は止まっていた。いや、焼けていた。
先程の断熱圧縮を、自分に使ったのだ。傷口を焼き塞ぐ精神は尋常でない。
「器用なことだ」
「ありがとうございます」
「褒めてな──!?」
全てを終わらせようと渾身の一撃を叩き込もうとした瞬間、嫌な気配を感じとる。
(なっ……ダメだ!)
夢中で忘れていたのだ。
本義は、この戦いを征するものではない。
【聖なる九将】同士の争いは、急に幕を閉じることとなる。
シルフが駆け出し向かうのは、ルクツレムハ征服国。
呆れた様子のライトも、その後を追うのだった。
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




