第85話 ノートンの闇
ペータン教の歴史は、まだ浅い。ここ10年足らず活動している宗教団体ではあるが、初期の認知度はかなり低く、最初の数年は創設者の3人しか信者はいなかった。
その後着実に数を伸ばしていったものの、創設者の一人だったハモンドが戦死、宗教団体も一度消滅しかける状態まで追い込まれ絶望していた所、運良く本物の神が降臨したことで、認知度は回復、信者の数は歴代を超えるまでに至った。
ここまでの肥大化を、神の使者不在のまま束ねるのは困難を要す時期もあったが、創設者2人の経験を駆使して、なんとか乗り越えることができていた。
しかし、つい最近、神が定例会をドタキャンするという前代未聞の事件が起こる。これには集まった信者たちも怒り心頭。
但し、神に対して言うのではない。信仰の対象に文句を垂れるのは、お門違い。
代弁者たるべきは、神の使者であるが、該当者はいない。本来の矛先が居なければ、次に偉いと思われる創設者の一人マーブルに向くというもの。暴徒化しそうな信者たちの対応に終日追われたのだ。結果としては沈静化して事なきを得たのだが、もう一人の創設者だったノートンは、その場に現れなかった。
過去一度も、定例会を欠席したことが無い人物がだ。
大勢の信者に混ざっていた可能性もあるが、後日の調査では、あの日にノートンを見た者は誰一人としていなかった。この件について、マーブルが激怒しない理由がない。
あれから何日も経っているが、ノートンと仲の良いクルシュアからは、事の真相を聞いている風があるのに謝罪の言葉も無いのは、余計にマーブルを苛立たせる。
創設者としての自覚が足りない事、倫理が欠如している事、日頃の溜まっている鬱憤を伝えたいがために、マーブルはクルシュアを使ってノートンを呼び出したのだった。
「どういうことか、説明しろ!!」
地下空洞に怒声は響く。いつもは大勢で埋め尽くされる定例会場も、今日は3人。
神の使者候補から外されたばかりのクルシュアは、ノートンから少し離された位置にいる。
「何とか言ったらどうだ!!最近の行動は目に余るぞ、ノートン!!」
「あー」
この場所が地下空洞ではなく室内だったら間違いなく、物は飛んでいたくらいにマーブルは荒れている。クルシュアも、どのタイミングで仲裁に入るべきか悩むほどだ。
「昔はもう少し熱量があったはずだ!!」
「そうか?」
「そうか……だと!?お前、頭おかしくなったのか?創設者だろ、ペータン教の!!」
「あー、だなー」
「自覚を持てよ、なぁ!あの日、どこに行ってたんだ!?」
「……」
ノートンの胸ぐらを掴むマーブル、そこでやっとクルシュアも割って入る。
「まぁまぁ、2人が仲違いするのはよくなぃ──」
「無能は引っ込んでろ!」
「あ……はぃ」
神の使者候補から外れたら、ここまで人権が無いもなのかと問われればそうなのかもしれないが、クルシュアは別に落ち込んではいない。2人の仲を取り持つことが出来なければ、それで良いとさえ思っている。クルシュアとしては候補に戻してもらうか、多数決投票を延期するか、どちらかが叶えば、自分に可能性が残っているのだ。
無論、評価を上げる方が、今後のためには良いのだが、残念なことにクルシュアは頭が悪い。
もっと、ノートンのことを手助けするなどして、マーブルに役立てることを証明するべきなのだが、言われたとおりに隅に引っ込んでしまっている。
これでは何も変わらないし、マーブルの気が収まらない限りは、怒声も止まらない。
「この…、何か言い返せよ!」
暴言が止まったのは、ノートンが地に伏したから。マーブルはその拳で、頬を一発殴ったのだ。
「──ってーなぁ!!」
瞬間、場が凍り付いたかのように、マーブルとクルシュアは寒気を感じた。
同時にだ。
地下空洞に居るから感じる寒さではない。もっと別の、殺気にも似た何かは背筋を伝わる。その発生源が、ノートンからだったのをマーブルは奇妙に感じた。普段の口の少なさや、おとなしさからは想像つかない。
よく目を凝らして見れば薄っすらと濁った気配が纏わりついている。
瞳も赤い。
充血をしている。
開けた衣服からは入れ墨のような物も垣間見えた。目の前の男は自分の知る人間ではないと、マーブルにはそう思えてならなかった。
「おまっ──本当に、ノートン……か?」
恐る恐ると聞いてしまうのは、本人で無かった場合に刺される可能性があるからだ。
それくらいの事をした。
殴り返されてもおかしくはない。
しかし、別人である筈がない。
長年連れ添ってきた仲だ。顔も仕草も全く同じ。
ただ、直感を否定したいのに、出来ないでいる。それくらい別物だと、脳が刺激するのだ。
「な…なぁ?」
垂れる冷や汗。
クルシュアも同じく身動き出来ない。マーブル以上に、恐怖してしまっているからだ。命に危険が生じると、2人が思ったその時───
「帰る」
「な!?」
緊張は一気に解ける。
凍り付くような寒気も消えた。
「ま、待て、ノートン!」
「なに?」
「おまっ──め……あれ?」
ノートンの瞳は黒い。
濁った気配も、当然のように消失している。
「だ…大丈夫なのか??」
「あー、問題ない」
踵を返し、地上へと抜け出るノートン。クルシュアとマーブルは顔を見合わせ、暫く呆然とするしかなかった。
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