第83話 男湯
ルドルフは困っていた。
(なぜ……)
この場において唯一の非能力者であるルドルフは、何度も移動しているのに、中々一人になれていない。
征服王とその一派が、ずっとついて来る。
確かに、ルドルフも王だ。
王という称号や敬称も無いが、1つの国の代表者であることに違いはない。この慰労会に呼ばれるのも分からなくもない。
しかし能力者同士、転生者同士の方が話が弾むのではと思うのが、ルドルフの見解。それに、同じ王の類とはいっても、格は違い過ぎている。緊張は宴席時から続いており、吐き気を感じるまでになっている。
三度、失禁王の可能性もなくなはないが、幸いにも気付かれにくい状況ではある。
(うっ……だからといってこの場でするのはさすがに……)
これ以上の恥は国の汚名。
いっそ、代表者の任から外れたいとも思ってしまうのだが、後ろにいる組織【S】の者から監視を受けている以上、自分勝手な行動はできない。
陰牢を怒らせるのは不可。シズクからは何度も恐怖体験を聞き、重々理解している。
(今、この世界で一番不幸なのは私ではないのか?)
嵐のように立て続けに起こる不遇は、自分をおいて他にいない。境遇が似て、心友となったグラウスよりも、その差は圧倒的だと感じ始めている。
心労は絶えない、耐えきれない。
3人から離れ、1人の時間が欲しい。
もし3人内の誰かが、自分を除け者にはすまいと考えているならば、そのご厚意は遠慮したいところ。
(国に帰ったら、隠密についてシズクに習おう。もしくはメイド長に陰の薄さを伝授してもらうべきか……)
不運の重なる自分の人生に希望を見出すべく、ルドルフは決意するのだった。
◇◆◇◆◇◆
帝王ドラゴは困っていた。
(上手くいかん……)
様々な思惑絡みつく中、この地に誘導できたのはドラゴ自身の成果。
決闘こそ、思うように事を運べなかったものの、一緒に温泉に入ることが決まった時点で勝利は確実のものになる───はずだったのだが、案の定ニシミヤライトという敵が立ちはだかる。
(つっ……、ここでもか)
湯の掛け流しも出来なければ、二人っきりの状況も作れないでいる。
事前に考えていた、『入らないか?』、『裸の付き合いをしよう』などの言葉は言えてはいるが、二人っきりの状態でなければ効果は薄い。密談では、交互に征服王を独占すると決めていたにもだ。
これでは契約は不成立。嘘つき呼ばわりして責め立てても良いのだが、【聖なる九将】が、一国の王が、全裸で戦うなんてこと起きてはならない。
仮にも、この温泉地を紹介したのはドラゴだ。暴れ回っては、恥を晒すだけ。結果、為す術なし。
(だが、手をこまねいているのは両方だ。それでいいのか、ライト?)
ニシミヤライトだけを引き離すのは、現状かなり難しい。
他にルドルフという邪魔者は居るも、気を遣ってか時折離れようとする行為が垣間見えるため、無害に等しいと思っていたのだが───
(征服王がついて行くのは何故だ?)
ルドルフが離れようとする度に、征服王がその後ろを歩く。
(まさか……ああいう感じが好きなのか!?ならば我も人型に戻すべきか??それとも髭を生やすか??)
答えは出ない。
問い質そうにも、言葉を選ぶべきなのかも分からない。
変に思われるのは、今後に支障を来たしそうで行動に移せないでいる。
(こういう大事な時に動けないのが我の欠点だな。これもまた予行演習が必要そうだ──む?)
ふと目を離した隙、恋焦がれる相手はいない。
(なんだと!?まさか、今の水飛沫!)
ぷかりと湯に浮かぶのはニシミヤライト、またもや鼻血を出している。それを呆然と見ているルドルフ。湯から上がったのは紛れも無い、征服王だった。
◇◆◇◆◇◆
征服王ジュンは困っていたが、何とか危機を脱出していた。
(悪夢よ悪夢、これは悪い夢)
大嫌いな男共と一緒に風呂に入る行為で頭がおかしくならないわけがない。
ましてや裸、精神は秒で異常を来たし、“自動治癒”は炸裂していた。
ルドルフを追いかけていたのは、あの2人を一人で相手したくなかったからだ。ニシミヤライトは最初からだったが、だんだんと帝王ドラゴも変人なのではと思ってきたのだ。
(うぅ……気持ち悪い、まだ吐き気がする)
だが、それも終わった。一瞬の隙を突き、ニシミヤライトを一本背負いして気絶させた。超速で移動することで、誰にも気づかれていない。
ドラゴの言っていた〈せいべつ〉を変える温泉も目の前。
(確か……この辺りのはず…)
宴席場で、女将のスズには場所を聞いていた。
屋敷からはかなり離れ、男湯女湯それぞれの端にあるのが“せいべつ”を変える温泉。
(魔女の鍋のような紫色してるって、ホントなのね。大丈夫か心配になってくるけど、今日私は夢を叶えるのよ!)
ザッブーンっと、大きく水飛沫が上がる。しかし、湯に浸かること数分も、変化したようには見られない。
(入り方が悪い?何か儀式的な物が必要??)
あれやこれやと試してみる。容姿の理想を思い描いて入ってみたり、足からではなく頭から入ったりとするが、一向に変化はない。終いには、女湯の方に入る必要があったのではと思ってしまう。
(その場合だと、守護者にバレずにとか無理なんだけど……あと試してないのは……)
湯を飲むことぐらいだが、入るだけでも気持ち悪かったのに手が出るはずもない。もしそれが正解だったとして、飲み方も決まっていたらお手上げだ。普通、効能などを書いた看板が近くにあるものだが、ここにはそれらしき物は無い。
これで味が激不味だったらと思うと───
(落ち着きなさい、一瞬よ。“自動治癒”で何とかなるわ)
飲み方は両手で掬う事に決める。過呼吸に近い息づかいの後、勢い良く飲み干した結果───
(えっ……これ?)
身体に違和感を感じたのは本当。
「ええぇぇぇーー!!」
だが、思い描いた内容とは異なっていた。
(これってただの声色変化風呂じゃない!性別じゃなくて声別なんて紛らわしすぎでしょ)
誰も間違ったことは言っていない。ジュンが詳しく聞かなかったのにも原因はある。そうは言っても落胆はしてしまうもので、夢は夢のまま、また振り出しに戻る。
(はぁ……あり得ない。浮かれ過ぎてた私にも非があるけど、もっとまともな未来を──)
「どうかしたのぉ?」
「キャーーー!!」
気を散らしていたがために、他人の接近に気付けてはいなかった。
従業員が定期検査に来ても不思議ではない。
女声で叫んでしまったのも仕方無しと言えよう。
「にゃ……なんでもない」
言葉はいつも通りでも、声色は高い。
「そう?何かあったら言ってちょうだぃ」
「う…うむ」
「そんなに声を変えたかったのかしらん?」
「っ……、興味本位だ」
「ふぅん」
カンネは話を聞きながら掃除をしている。
「これは、いつになったら戻るんだ」
「飲んだ量にもよるからねぇ、あたしぃじゃ分からないのよ。それに、あたしぃたちも効能全てを理解してないのよ、ごめんなさいねぇ」
(この温泉には未だ見ぬ可能性があるってわけね。再来月くらいまでには、新しい守護者を創る予定だから、この湯を持って帰って成分分析するのはアリね)
すかさず、話を取り付けようとするジュン。女将の承諾が必要かと思われたが、温泉管理はカンネがしていることもあり快く承諾された。
これで、成果無しではなくなった。
「〈せいべつ〉って言うから、時々性別だと思う人がいるのよねぇ」
(いや普通はそうよ、声が変わるのをせいべつって言わなくない?)
「あたしぃが知る限り、性別を変えられる能力者って2人だけなのよね」
「え!?あ……それはどういう?」
「あらやだ!一人言が漏れてしまったわぁ」
「問題無いなら聞いていいか?」
「良いけど、秘密にしてくれるかしらん?」
「勿論」
「そぉねぇ、まず何から話すべきかしらん……あたしぃたちが、【聖なる九将】に所属してたのは知ってるわよねぇ?」
「ああ」
「あたしぃも聞いただけの話なんだけどぉ、序列第九位のクロウ様と元序列第一位のゼロ様が出来るって聞いたわぁ」
(序列第一位なのに名前がゼロってややこしいわね)
「その、ゼロには会えないのか?」
「ゼロ様は封印されたらしいわぁ。遥か昔にねん」
「封印?」
「何か悪い事したみたいねぇ。でもクロウ様は健在。ただ居場所までは知らないわよぅ」
短い所属期間でここまで情報を手に入れているのは、カンネ自身も性別を変えたかったから。正真正銘の女になりたかったのだ。
結果として、まだその夢は叶っていないが、カンネもまた諦めていない。
つまり、ジュンとカンネは同じ夢を抱く者同士。
(カンネはドラゴの部下だったから、ドラゴに聞いてもって感じね。変人頼りだけど、何とか進展はしているわ。わらしべ長者気分ね)
意外な所から情報得られたジュンは意気揚々と屋敷へ戻る。
声帯は戻り、心内は未だ誰にも気付かれていない。変人な男共と一緒の部屋で寝るのは癪だったが、気分はそう悪いものではなかった。
翌朝、女将たちに見送られたジュンたちはそれぞれの国へと帰路するのだった。
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