第72話 ポンコツメイド長と誓約を受けし者
ポンコツメイド長は走る。
その度に躓き、転げ、絨毯はクシャクシャ。
「いっててて……」
「廊下を走るからですよ」
「だっ、だってルドルフ様にお茶を──あっ!」
ハッと気付くポンコツメイド長、彼女の手には湯呑みも器も無い。
「ここです」
「わっ、ありがとう、シズちゃん」
「その呼び名はやめてくださいと何度も──」
「私はメイド長なんだよ。じゃ、私を呼ぶ時も様付けやめてくれる?」
「それは無理な相談です」
「ほらぁ、ならいいでしょ。それか、お姉ちゃんって呼んでいい?」
「それはもっとダメです、フィ様」
「シズちゃんのケチ」
「何と言われようとダメです。私は陰牢様から言われているのですから、“しっかり支えなさい”っと」
「ううぅ、やっぱり私ってポンコツなんだぁ」
「ですね」
「うっ、直球すぎる……」
「──で、この茶は持っていかないんですか?」
「あっ!そうだった!」
ポンコツメイド長は再び疾走───もとい、転けないよう早走りする。それを補助するのがシズク、躓きそうな時はメイド服を引っ張っては停止させる。
フィは少し前まで、女王シンディに仕えるメイドの一人だった。シンディが殺された時、フィも闇の商人に命を取られそうになったが、それを救ったのは組織【S】の守護者、陰牢だった。
陰牢が目的意識を持ってフィを助けたわけではないが、結果として彼女は生き残ってしまった。
他のメイドが大勢死んだにも拘らずである。更に、メイド長に関しては音信不通。今現在も、生きているかどうかさえ分からないために、フィが代わりを務めることになってしまったという経緯。
いきなりの昇格に、フィは驚いた。1段階どころか、最上位までに格上げされたのだから仕方ない。それにより責任も重く伸し掛かるため、今まで以上に言動には気をつける必要がある。
ただ幸いと言うべきか、これまで叩かれていた陰口は無くなった。フィ以外のメイドはいないのだから当然と言えは当然なのだが、精神的にはかなり楽になった。自暴自棄も無くなった。職場環境は改善したのだ。
しかし、世の中良いことばかりではない。
広い城にメイドが一人ということは、すなわち全てをフィが行う必要があるということ。どう考えても無謀、1日で終わる目途はつかない。
時間割りも作れなければ、習慣化もできない。
また、新しいメイドを雇用するのも不可。国財は、国民の生活のために使ってしまったばかりであり、余裕の資金は無い。属国となったことで、ドラゴニアス帝国からの援助も無くなった。正式な契約が締結されたわけではないが、帝国からの音沙汰はない。城に従事する者が減ったことで、仕事量も減ったことには間違いない。
ただそうは言っても、城内を清潔綺麗に保つのは、ポンコツメイド長には無理があった。メイドとしてのレベルは三流程度なのだ。部下のいるいないは関係ないくらいに、絶望の壁にぶち当たっていた。
その壁を乗り越えられたのは、シズクの補助あってこそだ。
メイドを減らす直接の原因に加担していたとは思えないほどに、シズクは誠実に働いている。
根は真面目なシズク。
能力者として培われた俊敏性と正確性をフル稼働することで、最大限の補助を可能にしているのだ。
陰牢の“有実の誓約”を、その身に受けたのも影響しているかもしれないが、人を殺める手は人を支える手でもあったということ。
一種の才能だ。結果、元々はルドルフの補佐兼護衛だった役割は、フィの補佐兼2人の護衛にまでレベルアップした。ミスなく淡々と仕事する姿は職人のようで、そんなシズクに、フィは憧れと尊敬を抱くようにもなった。
「ねぇ、シズちゃん」
「何でしょう?」
「またあれ教えてほしい」
「もしかして、食事ですか?」
「うん、料理」
「私のは料理とは言いません。生き抜くために、野営時に食べれる程度のものを拵えるといった感じです。城の料理とは懸け離れていますよ」
「でも、私作れないし……」
「はぁ、分かりました。教えますが、間違ってもそれをルドルフ様たちに振る舞ったりはしないようお願いします」
「分かった……ねぇシズちゃん」
「まだ何かございますか?」
「やっぱり10年なの?」
「そういう、誓約ですので……」
「そっ──かぁ……」
「はい」
「……」
長い廊下に響くのは、2種類の足音。
会話が終われば、虚しさも一気に押し寄せる、だから───
「あっ、お茶菓子忘れちゃった!」
わざと、戯けてみせるも───
「何言ってるんですか?それは先ほど、私が持つと言いましたよね?」
シズクの手には上等な数種の菓子。
「あっ……そうか。そうだったね。ありがとね、シズちゃん」
「しっかりして下さいよ。フィ様はメイド長なんですから」
「はい、頑張ります。頑張るから、覚えるから、これからも支えてほしい…」
「……はい」
「やった!」
「10年です」
「ええぇ〜」
ポンコツメイドと仕事人。
対象的な2人。
長い廊下にまた、聲が響き渡る。
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