第71話 苦労人ルドルフの心友
組織『S』の蹂躙により、商国シンディは堕ちた。たった数名の能力者によって征服された。長い歴史を紐解いても、そうあるものではない。
しかし現実は揺るがず、商国と同じように、戦争国家ネルフェールも堕ちた。更には、砂漠地帯ジルタフもである。バルブメント王国、小国レジデントを征服した組織【S】の力は本物だったということ。未だ征服されていない国々や、有力者、強者たちの認識は改められた。単なる略奪者から、民意を左右する【聖なる九将】と同等レベルだと。
その所為で恐れをなして、他国へ亡命する者も出ている始末。周辺諸国の中で、その被害をガッツリと受けているのは商国、女王シンディに代わり、ルドルフが代表を務めている国である。
(あれから、1ヶ月半か……)
悪の手により女王シンディが殺害され、そこに居合わせた組織『S』によって、その悪は打倒されたという事実は、民衆に伝わっていない。正しく言えば、伝えていない。この事実を知る者は、ルドルフとその側近含め数人、あとはフィとシズクのみである。
闇の商人に扮していただけでなく、自己の目的のために【聖なる九将】の手の者が、女王を殺ったなどと口が裂けても言える筈かない。言ってしまえば最後、暴動と内紛で、この国の歴史は幕を閉じる。
(つまり彼らは、一枚岩ではなかったわけだ)
であれば、彼らの存在意義は、神話のように伝わる偉業は、嘘偽りだった可能性が出てきてしまうが、それをルドルフが調べるのは危険すぎる。ここは何も知らぬ存ぜぬが得策。関わりを必要以上に持たないことは、時に重要なのだ。
それに───
(シズクに尋ねることもできるが……今は──)
お腹いっぱい、絶賛胃もたれ中のルドルフに、そこまでの余裕は無い。
食事を摂りすぎたのではない。気疲れ、精神的に病んでいるのだ。
(はぁ…オングは元気でやってるだろうか)
執事オングは現在、ルドルフに代わって家の当主に就いたルドリィの補佐及び教育指導にあたっている。レース大会中に頭を強打して改心したとは言っても、有識者にはなり得ない。家を支えるためには、ルドリィの成長が必要不可欠なのだが、人生の殆どを体育会系で過ごしたルドリィでは商売の知識を叩き込むのはかなりの困難、オングも多忙を極めている様子。当分は、ルドルフの補佐に戻ってくることもない。
(まぁ、兄が改心してくれたのは良かったんだがな。昔の強気発言はどこに行ったのやらだ。優しすぎる兄は逆に気持ち悪いくらいだ)
一応、オングの代わりというべき補佐役は、いるにはいる。ただ、兄以上に手を焼く者の補佐───いや補助をしているため、ルドルフの雑務を手伝うまでに至っていない。
ゆえに、この執務室にいるのはルドルフのみ。言うまでもなく、財政面はもう一人の兄であるルドロブが執り行っているため、国の仕事全てを一人で全うするというのはないのだが───
(うぅぅ……、また胃がキリキリする……)
そうは言っても、未解決な問題は多い。とりわけ、ここは商国、商人の流出だけは何とか防がなければならない。
(亡命を無くすため、国への納税はストップするか。一時的に税収入は無くなるが、属国なのだ。何とかなるだろう。住居整備は彼らに任せて……、そのためには過疎化地域までの交通整備が必要……か?ああ!やることいっぱいだ!!)
机を叩いた拍子に落ちるのは、2枚の用紙。手付かずな問題への提案書と、完了したばかりの報告書だ。
提案書の内容は、国名についてである。商国は代々、国を統治する者の名前が付いていた。女王シンディが居たから、商国シンディだったのである。
今は、ルドルフが代表となって統治しているが、まだ国名を変えることはできていない。属国になったからと言い訳しているが、実際の所は重圧に耐え兼ねているからである。【商国ルドルフ】など、恥ずかしくて言えないのだ。ならば、もうただの国でいいのではと思っているほどだ。
事実、代替案という意味での国名は諸外国に伝わっている。〈シンディ〉を取り除いた〈商国〉のみの単純なものだが、受けは悪くない。代替案となるのは、ルドルフが王位継承ではなく、単なる代表者として国を取り纏めていることと、議会が成立していないからが理由に挙げられる。
(後回しでいいだろ、国名なんて……)
さしたる問題ではない。まさにその通り。他を優先させたことで解決できた問題もある。それが、完了報告書、歓楽街の貧困・治安問題である。レース大会の賭け勝負は、歓楽街の者達も多数参加していた。
ただ、ルドルフの一人勝ちで終わった所為で、貧困問題は激化したのだ。
勝ち得た財を満遍なく渡すという案も考えたのだが、由緒ある祭事を汚すと物申され、各所・他地域から猛反発をくらったのだ。
結果、私財ではなく、国財を使用して貧困は回復したのだが、治安までは回復せず、暴動が起きるなどして歓楽街の建物は壊れた。
歓楽街で一番の勢力だった【凶手】が存在しなくなったのも大きい。
治安は悪くなって然るべきだが、倒壊した建物があったとしても、その程度は大きな問題になり得ないというのが、ルドルフの見解だったのだが、ところがどっこい、オングの緊急文により重要な情報が寄せられたのだ。
なんと征服王が歓楽街を利用していたのである。ルドルフの家を宿代わりに使用していた時の話だ。当時は気にしていなかったが、独身の男が歓楽街を利用すること、それすなわち夜の街を、お気に入り認定したと言っても過言ではないため、建物の改修を急ぐ必要が出てきたのだ。
何よりも優先すべき事案なのは確かなのだが、残念なことに大工職の者達は、この国に多くなかった。殆どの建築物は過去、ドラゴニアス帝国の援助を受け派遣された者達だったからだ。
器用な職人はいない。工芸品を扱う者はいるが、全く別の職種だ。半壊した城を修復した、組織【S】の者達を再度呼ぶのも忍びなかった。
打つ手がない、そう思っていた時、窮地を救ったのは何を隠そう、征服王の部下、アリサという人物だったのである。元家族の様子を見に来ただけのアリサは、歓楽街の現状を知り、大工知識のある者達を呼び寄せた。アリサの住んでいた村落は、その宝庫だったのである。おかげで治安の回復だけではなく、今後発生するであろう問題への解決策も見出してくれたのだ。
更には、その伝手で、ルドルフには新たな友人ができた。同じ境遇、同じような役割に、自分以上に経験のある年上の先輩、それはアリサの上司、グラウスのことだ。
身内以外で悩みを打ち明けられる者に出会えたのは幸運だった。遠く離れた地であるため、今のところは手紙という方法でしか悩みを相談できないが、物理的に近いオングよりも、最近は良き話し相手になっている。勿論、逆にグラウスから相談を受けることもある。つまりは、互いが互いの心の支えになっているということ。
2人は親友を通り越した、心友なのだ。
(グラウスさんがいてくれることが、せめてもの救いだな。この縁を繋いでくれたアリサにも感謝せねば)
国の代表として、やるべきことはまだまだ山積みであるが、絶望的な未来ではない。胃のキリキリも前よりは少ない。
グラウスの伝手で、良い薬を手に入れたからである。
あとは身内の、国のために従事してくれる彼女が少しでも成長してくれれば、気が安らぐというもの。
ただそれは難しく───
(さて──と、メイド長が来るまでに、資料は片付けておこう。また、茶を溢されたらたまったものじゃないからな)
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




