第68話 赤と紅
守護者紅蓮と自警団ヤンとミズキの戦いは、地上戦へと移ったが、戦況は依然変わらない。
涼しげな表情の紅蓮に対し、ヤンとミズキは苦しい表情。疲労も蓄積されていき、連携もままならなくなっている。特に、ミズキに至っては、水分は全て出し尽くしたかのような脱水状態で、能力を使った水源確保も難しい状況。
水に弱いはずの火が、耐性を持っているかのように戦うため、思うように力を発揮できていないのだ。近寄るだけで身体の水分も蒸発する。攻撃が当たったとしても、ダメージが入っているようには見えない。
「うっ………」
終いには衰弱して倒れてしまう。
「ちっ………ッ」
補助はなくなり、地に立つのは1人。ヤンの倒すべき相手、紅蓮は空中で静止したまま腕組みしている。
眼下のヤンを冷たい視線で観る様は氷の女王だが、ここに氷使いはいない。
「こんなに熱いなんてねぇ」
ここにいるのは、炎の女帝と砂の女王。
赤髪と紅髪。
「やんなっちゃうよ」
「小火山弾」
ボッボッボッと、紅蓮の“真なる光球”から生み出された小さな火山弾は垂直落下する。
被弾できないと思うヤンは大きく回避、そのまま場所を移動する。無抵抗な者を狙うと思えなくても、念には念を入れ距離を取る。案の定、追加の火弾はミズキを狙うものではなかった。
「優しいねえ」
「聞くことはまだあるからな」
「相変わらず強がり屋さんだね───っと、“砂の飛刀”」
「それは貴様だろうが、“小鳳凰”」
刃状の砂の斬撃は、炎剣一振りでかき消される。
更には、火の鳥が、ヤンを追尾。
「ははっ、面白い!だけどねぇ、あたしの攻撃は終わってないのさ!」
「何?」
紅蓮が切り裂いた砂刃の残骸は空気中に残る。
「自分の炎で火傷しな!“砂の爆発”!!」
バンッと、空中で起こる破裂音。追尾する火の鳥も粉塵爆発で消失させる。やがて風が吹き、煙は晴れ、炎の女帝が姿を現す。
「やっぱりあんたは強いよ、あれで無傷とはね。称賛に値するからさ、降りてきなよ。高い所から眺めてばっかじゃ疲れるよ」
「自惚れるな。貴様こそ、見上げてばっかりでは肩が凝ったろう?そろそろ、上がってきていいんだぞ?」
ヤンは純粋な煽り。
但し、紅蓮は違う。
「はは、もしかして気づいてる?」
「多少はな、本当に王都に戻ってから、ここに来たというなら早すぎる。それこそ、飛行や転位が必要なはずだ。これは憶測だが、竜巻を発生させ自在に移動できたりするんじゃないのか?」
「はっ──まるで観てきたような言い草じゃないか!」
「観てはない──ただ、地下での戦いは私の炎の渦をものともしてなかったからな。竜巻に関しては知識を持ってると推測したまでだ」
「本当に厄介だよ、紅蓮」
「そうか。それは良かった、ヤン」
ここに来て初めて、互いが互いの名を言う。
紅蓮の言うように、砂の竜巻を形成したヤンは上に乗る。両者の高さは、未だ紅蓮の方がやや高いも、並び立つ2人。熱い戦いは、まだ続く。
◇◆◇◆◇◆
紅蓮とヤンが半空中で戦う中、先に離脱していたミズキは目を覚ます。
とはいっても、援護ができるような状態ではない。回復はしていない。致命傷は無いが疲労は困憊。精神も体力も限界に近い。
紅蓮の炎は、ミズキの水では中和できなかった。
押し負け、被弾した。大火傷を負わなかったのは運───というよりは、手加減されたというのが正しいかもしれない。
(うっ………ッ)
人数も1とカウントされなかった。最初から敵とは見做されなかった。
(何がAランク……)
相手の強さを羨み、自分の弱さを呪う。
(はぁ……はぁ……)
ミズキは決して弱くはない。自警団のNo.2として、友として、長年に渡りヤンを支えてきた。見た目以上にしっかりしており、責任感がある。
だからか、今回は相手が悪かったと思うこともなければ、自分のことを棚に上げることもない。よろけながらも前に進もうとするのは、強い意志の表れ。
(はぁ……ッ、はぁ…まだ……)
引き摺る足には、重い鎖が巻き付いてる様。2人の戦いに割って入るのも、加勢することも、間違いと思ってしまう。
しかし、戦況の行く末は、ミズキをもってしても予想できる。このままでは、いつか負ける。
それは当の本人も気づいているし、反撃の機会を狙っているのも、仕草から読み取れる。
ヤンが次に何をするのか、ミズキは手に取るように分かるのだ。
ゆえに───
(負けられないのよ!)
三度、能力を発動するミズキ。
大地を穿つのは、滝のような激流。
躍動する水獣は炎を飲み込む。
◇◆◇◆◇◆
ミズキが能力を発動したと同時に、ヤンも技を発動させる。
“砂の嵐”
“砂の監獄”
戦場を砂嵐が覆い、激流に砂の渦が混ざり、紅蓮を飲み込む、2人のコンビネーション。
(流石だねミズキ、あたしのやりたいこと分かってるじゃないか)
持つべきものは、金でも地位でもない。心から信頼できる友ということ。両者の合わせ技は、寸分違わず直撃している。ただこれが致命傷とならないのは、双方とも理解している。
「今更、この程度の攻撃とは──な、ヤン。貴様の評価は下げねばなるまい」
「高く評価してくれてたとはねぇ、感謝するよ──ただ、見縊らない方がいい」
紅蓮が被った激流は全て乾いたかのように見えていただけで、ほんのりと水滴は残っていた。
錯覚してしまったのは、ヤンの能力の所為。粉塵爆発と砂嵐による微量の砂は、まだ衣服に付着していたのだ。
「だからどうし──!?」
焼き切れなかった砂は、水と混ざり、固まり出す。
「なっ……」
泥や粘土のような柔らかさではない。鋼鉄のように硬くなり、厚さ数ミリとて皮膚を覆えば呼吸は困難。出口無く、蝋人形のように佇む姿は、死を待つだけの監獄の様。
ここまでの硬度になり得たのは、水が地下水だったこと、砂に鉄などの鉱物がふんだんに含まれていたことなど、入念に準備された攻撃だったからだ。SランクとAランクの合技が、SSランクに届いたとも言える。
(勝負あったね)
安堵するヤンに、ミズキも笑顔、役目を果たし、次を考える。
(ふぅ、やれやれだ。一先ずは、国にかえ──っ!)
慌てて唾を飲み込んだのは、気づいてしまったから。勿論それは、離れたミズキも同様。
(火の玉が消えないだと……まさか!?)
咄嗟に、紅蓮に視線を移す。悪い予想は的中し、がっちりと固めたはずの身体の表面はボロボロと崩れてしまっている。
(な……ぜ?ただの泥水じゃあないんだよ!?)
化粧剥がしのように、綺麗に一枚一枚外れていく。
姿あらわになる紅蓮は、安定の無傷。
「さて、貴様の評価は最低にしなければならんな」
「ぐぬ………ッ」
「本当にこの程度で勝てると思ったのか?ヤン、貴様は甘い、甘すぎる。覚悟を決めたとは何だったのだ?」
「ぐっ……、言葉通りだ!」
「ならもっと──いや、私の買い被りが過ぎただけやもしれんな。価値が証明できぬなら、貴様の生は終わりだ……仲間もな。だからと言うわけではないが、最後に一度だけ、本気にさせてみるとするか──“火山流星群”」
火の玉から無数の火山弾が降り注ぐ。
いつもの“小火山弾”を大きく超えた質量は、着弾して破裂、砂漠の大地を焦がす。
「ちっ………ッ」
すかさず、ミズキのもとへと駆け寄るヤン。余波さえも浴びさせるわけにはいかない。
「上に気を取られすぎだ馬鹿め、下の注意を怠ったのは貴様のミスだ、“溶岩噴射”」
ブシュッと、地面の裂け目から射出されたのは炎を超える熱。
「きゃああああぁぁ!」
ミズキの膝は焼け爛れ、脆く崩れる。飛散した一部は小綺麗な顔に当たり、皮膚が溶ける。
「ミズキィッ!!」
焦げ固まることで流血はないが、明らかに致命傷。
ミズキはヤンの腕に抱えられながら痙攣を起こしている。
「気をしっかり持つんだ!大丈夫!あたしが付いてる!」
「………致命傷だな」
ボソッと告げた死神は、いつの間にか大地へと降りた。
「紅蓮……あんた……」
「マグマというのを知っているか?」
「………」
「この世界に火山はあるのか?噴火を経験したことは?触れたことは?見たことは?熱度は?知識不足だ、私は単なる炎使いじゃない」
ヤンは、気絶するミズキを地に下ろす。
「もういい……」
「やっとか」
「あんたはあたしが殺す!!“砂の悪魔”!!」
「良い眼だ」
ヤンを覆う砂は水流の如く鋭さを増し、砂漠の悪魔が顔を出す。
◇◆◇◆◇◆
ギンッガンッと、金属音が鳴り止まないのは、剣と短刀の剣撃が続いてるからではない。ヤンは最早短刀を持たない。彼女の身体は別生物のような異様さを放っているからだ。
重心を支える足は黒く倍に太くなり、腕は切れ味抜群の鋏のようで、背は刺々しく、長い紅髪の先は針のように鋭く自由自在。
砂漠の王たる悪魔は蠍。
「ふっ、悪くない──」
対する紅蓮は剣1つ、何も変わらない。
“小火山弾”も放っていない。
「──が、及第点か?」
「つ………ッ!」
戦況は変化しない。全て急所を狙っているのに拘らずだ。ヌルい攻撃は最早一切していない。
「あり得ないっ!!」
「あり得るさ、これが現実、これが限界、これが貴様と私の差だ」
「ちぃ………ッ」
「終わりにしようか。間もなく、主も降臨される」
「なっ……に?」
ヤンの身体はがっしりと固定される。否、掴んだのは、先に壊したはずの火の鳥。
重くした足が裏目に出る。
「火の鳥は不死身、何度でも甦る。これも知識不足──いや経験となるか」
「つっ……ぬぅ!!」
静かに構え、目を閉じる紅蓮、剣の火も消えゆく。
対するヤンは、何とかしようと抗い藻掻く。
「ぬぅううあああぁぁ!!!」
火の鳥に締め付けられながら、躓きながら、突っ込み先手を取ろうとするも───
「ふんっ」
炎を纏わずとも十分に熱された剣が、硬い甲殻を一刀両断、砂漠に舞い降りたのは赤い血飛沫と蠍の腕1つ。
ここに、勝負が決する。
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