第33話 闇の商人
祭事が終わったその日の夕刻、王城は慌ただしかった。
女王シンディが、また癇癪を起こしていたのだ。国の財源である賞金を、想定外の見知らぬ者へと渡すだけでなく、賭けも失敗したのだから無理はない。賞金を渡さないという選択肢もなかった。
腹ただしいほどに、観客がシキという人物に魅了されていたからだ。
シンディとて、その批判が愚かであるのは理解している。
国民の信用を失うのは良くない。国家とは国民あってのもの。但し、女王としての理解はしているが、個人としては納得いってない。1日で、これほどまで多くの財を失ったのは初めてだったというのもある。癇癪が止まる気配も一向に無い。
「あああぁぁぁ!!」
壊した壁の修繕も国の財源、新しい調度品の購入も国の財源、費用は嵩むばかり。苦労するのはいつも、側に仕える者達なのである。
「今夜は荒れに荒れるぞ」
「いっそ、宴は中止にしたほうが……」
「バカ言え、それこそ愚の骨頂だぞ。怒りの矛先が俺達に向いてしまうではないか!」
「それは嫌だな」
ヒソヒソ話でなくとも、側近たちの会話はシンディの癇癪によってかき消される。幸か不幸か、愚痴も聞こえない。この耐え難い時間はいつまで続くのか。側近たちの誰もが、怒りの矛先が自分へと向かわないのを祈るのだった。
◇◆◇◆◇◆
シンディが癇癪を起こしている間も、メイド達は宴の準備をする。
寧ろ、しなければならない。
勝利した時ように大量の食材を仕入れているし、勝手に中止すれば、シンディの怒りは誰に向くか、想像に難くない。
それに今日は、王城を警備する兵士達にも、同じ食事を振る舞う予定になっている。賭けに勝っていれば極上の味だっただろう。愉快な笑いも響いていたかもしれない。だが今回は大負け、出された料理を美味しく感じない者はいるだろうが、食材には大金を払っているのだから、残さず食べてもらう必要がある。
但し、ここに来て問題点が1つ。
宴会プランを取り仕切っていたメイド長がいないのだ。遅刻かと思いきやそうではない。城内にはいない。連絡も取りようもない。料理自体は他のメイドでも作れるが、宴会プランは他の誰かに考えてもらうしかない。
大敗した宴などあってないようなものだが、これ以上、女王シンディを怒らせる必要もない。即興で対応するしかなく、その役割は、一番暇そうなフィに一任される。
(なんで私はいつも……)
溜め息は漏れる。大役と言われても、面倒事を押し付けられたことに変わりはない。場合によっては今夜、自分の首が飛ぶのではないかと考えてしまう。
(ううぅ……神様、お助けくださいぃ)
緊張の余り、喉が渇く。フィは、また今日も大寝坊しており、食事はおろか水分を摂っていないことを思い出した。
(メイド長が居ないから、夕方まで寝てたんだよねぇ)
起きたばかりで頭も冴えていない。ここは一息ついてからプランを考えるのが得策と考えたフィは、机に置かれたコップを徐に持つ。
(あれ?)
何かが変だと思った。ただ、自分の感覚だけを信じるのは良くない。他者の意見も聞く必要があった。
「あのっ、これっ……」
「何!?忙しいんだけど!」
「えっと…」
「早く言いなさいよ!」
コップの中に注がれた水を指差す。
「だから何!」
「みっ…水の色がいつもと、違いません…か?」
無色透明の水は、普段と何ら変わりない。ベテランメイドは、あからさまに溜め息をつく。
「はぁ、そんなのいいから仕事に戻りなさい」
「うっ……っすみません」
(やっぱり私はダメ人間だ)
挙げ句の果てには、お腹も鳴る。
水が濁っていると勘違いしたのも、空腹の所為だと思い込むことにした。
『無能なのに仕事を増やさないでほしい』などの陰口が棘のように刺さる。ちくちくと、心が痛い。
「惨めだなぁ。もぅ、いっそのこと──」
その先は、言葉にできなかった。噛み締めた唇には血。窓に映る景色も、何か違和感を感じたフィだったが、彼女はもう、何もかもどうでもいいと思っていた。
◇◆◇◆◇◆
定刻となった会場では、祝杯とは真逆の通夜のような宴が始まっている。盛り上げ担当だったはずのフィも、いつも以上に覇気が無い。 主賓であるシンディは笑うことなど無く、空気はどんよりしている。参加者が少ないというのも尾を引いている。空席はかなり目立っている。
【凶手】のメンバーがいないのは、レースの結果を見れば分かるも、これまでシンディを支援していた資産家や投資家までもが欠席しているのはどういう了見か。シンディの癇癪逃れというよりは、責任逃れ。僅かに参加している者ですら、目を合わせないのだ。
冤罪は無いとは言い切れず、首根っこを掴まれるのだけは御免被りたいというのが、全員の共通認識。
「──にしても、酷すぎやしないかい?何だねあの怪物は!誰も知らなかったのかい!?」
「……面目ございません」
「ライラックは?」
「それが……生死不明とのことです」
「そんなことあり得るのかい?まさか生きてて、責任から逃げようとかしてるんじゃないだろうね」
「……分かりません、調査させます」
「まぁいいさ、それでセキはどこいったのさ?クルドもだよ。あいつの妨害が上手くいってたらまだ望みもあったもんだよ」
「そういえば見当たりませんね、探させます」
「護衛の仕事も放棄するなんて、どういう了見だい!!」
質問に答えるより探しに行った方がいいと判断して、急ぎ何名か走らせると、部屋を出るそのすれ違いに、汗だくの別の側近が、お慌てで入室してくる。
「し、失礼します!!」
「なんだい、騒々しい」
「シンディ様!!恐れながら避難を──」
言葉は、そこで事切れる。室内に血飛沫が舞い、生首が転げたからだ。悲鳴と恐怖が一瞬にして響くも、逃げる者はいない───いや正しくは、その場から動けないほどに苦しんでいた。
それは、女王シンディとて例外ではない。
「ぐっ…こりゃぁいったぃ……」
「時間指定型の麻痺毒です」
新たに入室したのは3名。一番手前の者がシンディの横へと座り、コップに注がれた水を翳す。
「微小ですが、この仕込みに気づける者はそういないです」
男はフードを脱ぎ、素顔を見せる。
「お……おまっ、あの時の!」
「ええ、そうです。祭事でも、ご挨拶しましたね」
廃街レムナントのレース会場に行っていた者なら誰もが知っている人物、彼はそう、司会者兼実況者。
そして──
「闇の商人!?」
やっとその正体に気づく。
「ええ」
だが、全てはもう遅い。次々と側近や資産家、メイドまでもが闇の商人の連れた2名に殺されていく。そこに、慈悲は無い。
「まさか、護衛が来ないのもかぃ!?」
「お察しの通りです」
「あたしを殺すのかぃ?」
「ええ」
「目的は、金かい?宝物庫なら──」
「いいえ、違いますよ。私の仕事は本来仲介なのです」
既に半数以上が死にゆく中で、闇の商人はゆっくりと中央の壇上へと上がっていく。傍で腰を抜かしているフィには目もくれない。
「私がこの国に派遣されたのは、ここを売るためです」
「何だって!?」
「品を見定め、適正価格で、信頼に足る協力者へと売却することで、ドラゴニアス帝国の牽制に使えると思っていました。帝王ドラゴは、私が敬愛する御方の敵になり得ますのでね」
シンディの首元にも刃が当てられる。もう、シンディと数名のメイドしか残っていない。
「本当はもっと先の予定でした。この演出も計画も早めさせたのはそう、【S】の存在です。大会を荒らしたのも同じ組織だと私は推測します。シンデ──いえ糞婆も見たでしょう?アレは脅威です。恐らくは私と同レベル、迎え撃つには人数も必要です。本国へ連絡は走らせましたし、後はこちらの処理だけとなったわけです」
「ま…待て!金ならある!!だから──」
「必要ありませんよ。私も、あの御方……【聖九】第四位ギルテ様も、財は腐る程ありま──あぁ、もう聞こえてはいませんか」
無様にも、この国の女王は骸を晒す。
あっけない最後。残すは目撃者の処理だけであり、完璧な計画。
「さて──」
闇の商人は、最後に残った、何故か麻痺毒が効いていない、フィに手をかけようとする。
と、その時───
「玩具箱」
「何!?」
闇の商人とフィの間から出現したのは宝箱──に入っていた無数の拷問器具。
既の所で闇の商人は避けたが、回避できなければ鼠捕りのように雁字搦めになっていた。
「何者ですか!」
「あらあらあらあらぁ、獲物が少ないと思ったら、貴方達が処理していたのね、残念」
「質問に答え──まさか、【S】!?」
「あら!私を知ってたの!ふふ、ありがとう、私は陰牢」
愛想を振り撒く美女、陰牢は不敵に笑い、ここに新たな戦端が開かれる。
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