第32話 名も無き怪物
スタート前にも拘らず、会場は賑わいを見せている。
『一番人気はやはり凶手リーダーのライラック選手、二番人気は真の隣人のレギー選手、三番人気は足に定評のあるファン選手と出場回数は多いボブ選手、ルドリィ選手も高い評を獲得しているようですね。有力選手が多い中レースの展開はどのようになるのでしょうか!ミナミさんはどう思いますか?』
司会者が実況を兼ね、解説者は有名どころを呼ぶ豪華な使用も、それだけの大金がかかっているということ。
この【ミナミさん】は、早乙女純と同じ異世界からの転生者、能力は“勝負眼”、勝負においての考察や分析を行うことのできるこの能力は、催し物の解説者には適している。
本人は戦えないため、能力者としての評価はEランクと低いも、ミナミは気にしていない。60歳前後の高齢者でもあるのだ、そう思うのは極当たり前。ゆえにミナミは、転生前と同じ解説の職業に就いており、世界各国を周っては祭事などに参加している。
『……ふむ、荒れますな』
“勝負眼”は、自身が戦闘する際、もしくは他者が1対1で戦う時、その真価を見せ、正確に分析することができる。
但し、今回のように大人数だった場合は、序盤の考察・分析は、天気予報みたいに漠然としているのが特徴。『荒れる』と一口に言っても、どう荒れるかまでは分からない。つまりミナミも、優勝者が誰になるかは不明ということだ。
『荒れる……ですか。それはなんとも、期待に満ちた言葉ですね!さぁ、皆さん注目です!』
実況者の言葉と共に、号砲が鳴る。一斉に駆け出す出場者たち、その数200。
富豪になる夢を掴むため、皆が必死な形相。スタート地点から妨害行為という名の戦闘は繰り広げられる。
実況にも熱が入り、観客は湧く。ただ、その白熱展開の中、スタートから微動だに動かない者が一人。高身長な体躯に、腕組みしたままの女性が突っ立っている。
「なっはっはっは!待てだ!!」
◇◆◇◆◇◆
観客席は大いに賑わっている。序盤から攻防激しく、レースというよりは喧嘩の祭事に一喜一憂している。一般の観客席から少し離れた場所では、尿意をもよおす者も居る。
ルドルフである。
丁度、スタート地点から移動しない、シキという出場者についての情報が読み上げられている。
周りの視線が集中する中、自分は関係ないとばかりにタイミングよく立ち上がり、去ろうとした瞬間──
「ひぐっ……っ」
またもやあられもない声を張り上げ、行く手を阻まれる。
「あ、貴方は……っ!」
ルドルフの横腹を突いたのは紫燕。
「どこ行くんですか?応援しますよ」
紫燕は急繕いした横断幕を広げる。器用な彼女だからこそ、綺麗に仕上がっている。ルドルフにも小さな応援旗を渡す。
「これ、振ってください」
「え!あっ、はい……」
(タイミング悪すぎだ!)
断ることはできない。用を足すこともできない。
「さっ、応援開始です!」
(私にはその権利すらもないのか、神よ……)
せめて、レースが早く終わることを、ルドルフは祈った。
◇◆◇◆◇◆
レースコース中間地点手前、ルドリィは難なくコースを走っていた。想定していたよりも妨害は少なく、現在は10位程度。大会のルール的に1位にならなければ賞金は出ないため、こんな所でモタモタはしていられないが、彼には秘策がある。
ルドリィの能力は、“泥粘膜”、皮膚から泥のような粘膜を捻出することができる。ルドリィの泥に捕まった者は身動きが取れない。妨害に向いた能力で、これを中間地点の折り返しでばら撒く予定である。順位に変動が起きるのは間違いなく、その機に乗じて、温存していた体力を一気に爆発させるという作戦。
(ふっふっふぅ、俺はなんて頭がいいんだ。これで賞金は俺のものだな。俺に賭けない奴はどうかしてるぜ。特にルドルフ、お前が誰に賭けてるか知らねぇが、俺でないのは明白。つまりお前の負け、兄貴の勝ち、当主は俺にこそ相応しいんだってのを見せつけてやるよ!!)
ルドリィが自信に満ちる中、地面が揺れているような感覚に陥る。
(変だな。何か変、だ。そういえばさっきから他の奴らを見ねぇな……ん?)
小石が揺れ、振動と共に宙に浮く。
背後から、『ドスン!バキ!ドコ!』っという、ルドリィでは決して出せないような、けたたましい音が炸裂している。
何かが迫り、急接近してくるのを実感したルドリィだったが、確かめるためには振り向かなければならず、レースにおいて致命的な動作となる行為をしようか迷っていると───
「よう!」
(!?)
急に横へと現れたのは、ケモミミ金髪和服巨乳美女である式、彼らにとっての怪物が顔を覗かせる。
「さてっ…とぉ!!」
「は?」
有無を言わせず頭を掴まれ、身体は宙に浮く。
重量のあるルドリィの身体が、である。片手の腕力のみで持ち上げられ、ミシミシと音を立てる。
「しゃおらあぁぁ!!」
「うおおおぉぉ!??」
そのまま一回転し、廃屋へと投げ飛ばされるルドリィ。ルドリィが巨躯であったため、何棟も貫通し、全て崩れていく。
地響きの原因はこれ、強制解体工事。
「なっはっはっは!ナイスオレ!」
式は今回もまた能力を使わず倒していく。
圧倒的暴力とは、まさに無慈悲。出場者たちが生還できるかは、神に祈るほかない。
◇◆◇◆◇◆
惨劇を映像媒体で見ている会場の観客たちは開いた口が塞がらず、誰もがポカーンとしている。
現実か夢か認識できていない。
認識しているのは紫燕のみ、彼女は変わらず団旗を振っている。どこで覚えたのか、早乙女純の世界にあった運動会さながらの応援で、かなり凝っている。
ルドルフは心此処にあらずだが、ちゃんと旗は振れている。それは最早、白旗のお手上げ状態を意味しているのと変わらない。
眼には涙も滲み始めている。実の兄が宙を舞ったのだから仕方ない。しかし、失神はできない。何故なら失禁一歩手前だからだ。
(頼む、頼むから保ってくれ、私の膀胱よ)
我慢の限界は近い。
◇◆◇◆◇◆
レース中、先頭を走るライラックも異変が起こっているのは気づいていた。時折聞こえる悲鳴や轟音は前の祭事でもあったが、こうも長く同じような地鳴りが続くことはなかった。
つまりは、同一人物が引き起こしている結果であり、その者が噂の名も無き怪物であるのは間違いないと感じていた。
それゆえ足を止め、迎え撃つ体勢へと移行する。一騎打ちを征したものが優勝者。それは他者ではなく己であると、彼の自信が消えることはない。
「ふん、なるほどな」
ライラックの右横を2位のレギーが通過───いや、無造作に投げ飛ばされ廃屋へと直撃。轟音の理由は解明も、腕力だけで人一人を投げる行為が可能であるかは疑問が残る。能力者であれば説明がつくと判断したライラックだったが、記憶する限り眼前に立つ美女の情報は無い。
つまり───
「お前が、名も無き怪物か?」
「何だそれ?」
「お前が、ヌーボを殺ったのか?」
「誰だそれ?」
「モズ、ミーチア、フレッド…」
「だから誰だよそれ!」
「地下闘技場破壊の話だ」
「ああ!それオレだ!」
「……」
確証は得、報復対象を発見した。モズ達を殺ったかまでは不明でも、他に仲間がいて不思議ではないと思うライラック。
単騎で滅茶苦茶にする理由は無いが、もしそうなのだとしたら、これは単なる快楽殺人鬼。そんな相手に計画を邪魔されたとあっては、【凶手】の名が廃る。
組織の再興のためにも、眼前の敵は排除しなければならないとライラックは思った。
(ここで殺るしかない)
背に携行していた斧を握るライラック。
この大会は妨害可、武器携行可の問答無用。死人が出ることを容認する祭事もどうかと思うが、これがこの国のやり方、出場者は皆覚悟の上。
「名は?」
「オレは式」
「そうかシキ……では、死ね!」
振り落とした斧は太刀で受け止められる。ライラックもそれなりに力があり、衝撃波で周囲の廃屋が吹き飛ぶ。
力は互角───ではない。
人を投げ飛ばす腕力はライラックにない。数撃の打ち合いで手に痺れを感じ、両手の力で片手の太刀に跳ね返えされるという絶望。
「………ッ!」
「オラオラどうした!その程度かよ!」
「ふううぅ!」
更には獣特有のトリッキーな動きに惑わされる。
「はああ!」
「遅いぜ!」
「ぐはっ…っ!」
(強い!基本値は圧倒的に格上か…)
「期待外れだな」
「ちっ、くそったれが!」
だが男が女に負けるなどあってはならない。
「“本当の自分”─二重─!」
「おっ!」
基本値同等の自分を作り上げる、ライラックの能力。これで2対1の状況を作り出し、左右からの同時攻撃、縦に振り抜き、横に振り抜く。
反撃の隙は与えない連続攻撃だったがしかし──
「ガハッ……ッ!?」
状況は変わらない。依然、不利はライラック。
「ならば………本当の自分─三重─!!」
「まだ増えるのかよ」
「これで終いだ!」
三方向からの斧撃、上段・中段・下段。
逃れる術はない、のだが────
「なんだと!?」
左は刀身、右は鞘、後は尾で防がれる。
「オレにできねぇことはねえ!!」
「ちぃっ……ッ!」
最早、万事休すと悟ってしまう。
「お前オモれぇなぁ」
「まだっ……だ、─四重─」
(これに賭けるしかない!)
4対1なら窮地は覆るかもしれない──と考えるのは、この戦いを映像媒体で観ている者達だけ。
ライラック本人は必勝できるとは思っていない。崩すきっかけになればと思い使ってしまった───いや、使うしかなかった。
何故なら、この秘技は未完成。3体までなら問題ないが、4体となると基本値は全て7割に留まる。
これがAランクとして、ライラックとしての限界。完成していれば、Sランクに届いていたことだろう。
「ははっ!じゃあ、オレなりに敬意を評してやるよ!!──“全我全俺”!!」
「グハッ!!」
4方向の斧撃は、居合斬りで征された。
「……峰打ちは、しねぇ!!」
斬撃をくらい、吹き飛んだライラック達は、他の出場者同様に廃屋に埋もれる。式の能力、“全我全俺”の通常攻撃は倍返しとなっている。
ライラック戦でダメージは負っていないが、ストレスが溜まっていた。ジュン以外の待てコールは、ジュンの命令だったとしても受け入れ難い。
今回は仕方ないにしても、今後は断固拒否をと決め込む式は、勝利の咆哮をジュンに捧げた。
◇◆◇◆◇◆
会場は熱気に包まれている。式がライラックと戦闘を終えても尚だ。
紫燕の応援を真似る観客達もいる。
対して、未だ信じ切れていないのは裕福な者達、リサにシンディもだ。シンディの側近達の未来も明るくない。
ルドルフはというと、式がゴールした直後に失神して失禁した。近くにいた紫燕は、『これが嬉ションかぁ』などと、至って真面目に言っている。
「なっはっはっは!オレ様最強!!」
高らかに上げた拳は観客を魅了する。この国でも彼女は、人気者へとなったのだった。
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




