第29話 ルドルフ卿
「はああぁ」
開口一番に溜め息を漏らすのは商国シンディで事業を営む、この館の主、名をルドルフと言う。ルドルフは3人兄弟の末っ子でありながら、若くして才覚を現した優秀な男である。
20代前半には王城に勤め、女王シンディ側近の一人として働いたが、仕事が肌に合わず自主退職。以降は血筋通りの商売人となり、それが見事に成功。年上の兄達もいる中、現在は館の当主を務めている。
商売人である父親の血を、一番色濃く受け継いだ結果とも言える。その父親は今尚健在であるが、生涯現役で商売に専念したいがために、ルドルフに当主の座を譲り、都市部近郊に居を構え生活している。母親も父親と住んでいるため、この館にはルドルフ以外では、数人のメイドと執事しかいない。2人の兄達も館には住んでいない。それぞれが、商人とはまた別の仕事をしているからだ。
真ん中の兄は勤勉で知識が豊富も、始めた事業は失敗。貯金は底をつき、父親に一緒に事業をするか提案されたがそれを拒否。猛勉強の末、ルドルフとは入れ替わるような形で、女王の側近として働いている。
一番上の兄は家系では珍しく能力者で、知名度は上昇傾向にある。
三者三様の出世も、ルドルフには兄達を祝う気持ちがあまり無い。兄弟仲は良いとは言えない。幼少期の思い入れも殆どない。
これは、3人の血が半分しか繋がっていないことが要因でもある。兄弟の母親はそれぞれ違う。兄達の実母はすでに他界、ルドルフの実母だけが生きている状態。本当の母親がいないというだけで、兄達の心のゆとりは消え、甘えるのが困難になり、自然と兄弟は道を違え、当主の権利を譲渡される時も、言い争いは絶えなかった。
だがそれも幾分か前の話で、今現在ルドルフが抱えているのは、当主の権利云々を遥かに超える大問題。 予想だにしないことが立て続けに起こり、兄弟には勿論のこと、父母にも相談が出来ていない。知っているのは執事とメイドのみ。気苦労は絶えず、溜め息は毎日毎分のように吐き出してしまう。
「はああぁ…」
「大丈夫ですかな、坊っちゃん?」
ルドルフは執事のオングとは仲がいい。
二人っきりの時は、『坊っちゃん』と呼ぶ事を許している。
「あぁ、はぁ、なんとかな」
「あの時の坊っちゃんの判断は最良だったと思いますよ」
「だといいんだが……」
オングの気遣いは心に染みるも、自分の行為が国への裏切りに値するのではと、ルドルフは思っている。
反逆者と蔑まれ、地位を失うだけでなく、場合によっては代々築いた歴史を、自分の間違った選択で終わらせてしまう可能性を危惧している。
「やはり、父には相談すべきだったか?」
「何を言っているのですか、当主は坊っちゃんですよ。自信をお持ちください。それにですよ、不可抗力だと私は思います」
「…そうだよな」
そうは言うものの、自信は持てない。商売人として未来を天運に任すのは流儀ではないにしろ、縋るものは他にない。
「なぁ、オング」
「はい」
「兄はレースに出てしまうよな?」
「でしょうな」
「人殺し──いや、兄殺しになったりはしないのか?」
「可能性はあるかもしれませんが、先程申し上げたように、全ては不可抗力というものですよ、坊っちゃん」
「そ、そうだな。ならば今日も、たらふく料理を作るよう、メイド達に伝えておかないとな」
「はい、上質な酒も準備致します」
「とびっきり上等を頼む。ああ、赤いやつだぞ」
「お任せください」
家を存続させるために受け入れたと思えばいい。
彼女達の言う有力者として選ばれたことを呪うよりかは、ずっといい。
ルドルフの精神を保つには、最早そうするしかなかったのである。
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