第122話 特別製
猫に小判という言葉は、この世界基準で用いても同じ意味を持つ。
光り物の価値が分からない者に金品交渉しても無駄、迷い猫が引き下がることはない。
だが、ネルがしたかったのは降伏ではない。
勧誘。
のらりくらりと自分勝手している相手なら、裏切らせるに好都合と思ったのだ。
捨てる財で駒を増やせるなら儲け物。
だが結果は惨敗───しかし、その分時間は稼いだ。
(ふぅ、お頭は残念だったけど、この場から撤退はいけそうね)
ネルも自己犠牲精神たっぷりなのだが、本音を言えばまだ生きていたい。
崇拝するギルテの傍に長く身を置きたい。
未亡人であり乙女、【六根】や四隊長のような死にたがりでは決してないのだ。
「ネル様!先に行ってください!」
「ある程度したら追いつきますじゃ」
「んにゃ?」
「任せたわよ、ギーラ、コロッカス」
殿を老兵二人に任せ、意識ある普通の兵士と共に離脱する。
仮設邸を抜けた先は森。小雨のおかげで気配は消えるが、泥濘に足跡が残る。
(ギルテ様の固定転移装置の場所は………もう少し先ね)
十分に切り離した所で、ネルの足が止まる。
(今のは……?)
奇妙な声が耳元を掠めたからだ。
「吸収」
それと同時に、兵士の悲鳴も聞こえる。
「吸収」
後方の兵士が一人ずつ消えていく。
「さっきの………猫娘!!」
「シュババババン」
木々に軽々と飛び移り、地面との往復、全く持って視えない疾さ。
「獣め……」
「吸収と放出」
「「んなぁ~にぃぃ〜!!!」」
目の前の木々が急に消えたと思ったら、兵士たちの真上から降り注いできたのだ。押し潰される兵士たち。
見るも無惨に、一人取り残されたネル。
(これなら最初から能力を使っておくべきだったわ)
「どうしても、見逃さない感じ?」
「ニャイ」
(つっ………金銭がダメなら情報はどう?まだ可能性があるわよね。賭ける余地ありのはず………)
「ねぇ、あな──」
「吸収」
「──トゥあーええぇぇ??」
ネルは吸い込まれた。
その右手に、全身丸ごと。
但し、上半身───顔は外に出ている。
「居心地はどうかニャ?」
抜け出せない。
それこそ泥濘に足を囚われたか、もしくは水中に浸かっているかのようでバタバタとしてしまう。
足の感覚はあるのに、外へ出られない。
「ちょっ、これっ……どういうこと!」
「ニャアの能力は右手で吸い込んだ物を一時的に取り込むのニャ、捨てたい時は左手を使うニャ」
「あなた……そんな簡単に言っていいの?私がここを出たら、全て話すわよ」
「大丈夫ニャ、絶対抜け出せないニャよ」
「なん──わっ!」
半身露出させたまま猫は駆ける。四足歩行になっても、お構い無し。ネルの頭・顔・胴体は泥水に浸かり、引き摺られ、滅多打ち。
「ちょっ……あな……た、覚悟しておき……ぶはっ!」
そして、振り出しの位置。ここは、仮設邸。戦場を見渡せる、唯一の場所。
「主催者が逃亡するのは良くないニャン」
「ガッ……ハッ……ッ」
(この小娘……いつか絶対殺してやる……ゴホッ)
「犬っころはヤバそうだニャン」
「──ねぇ」
「ジュン様は神々しいニャン」
「観えないんだけど!!」
反転も角度を変えることもできない。主導権は自分にない。
───ニョキ
「えっ………ギャアアァァ!!」
一国の代表者にあるまじき雄叫びはネル本人。老兵二人が、横から顔を出したからである。ネル同様に、吸収されたという末路。
「面目ありません」
「中は真っ暗ですじゃ」
「二人とも……」
「安心するニャ、消化液はニャイから溶けないニャよ」
「ここから出しなさい!」
「残念無念、未来永劫、囚われ人ニャン」
「なんてことっ………ん、なに?」
窮屈な状況下、猫が鼠を狙うかのような眼差しで舐め回す。
「出口は……あるニャン」
「どういうこと?」
(もしかすれば、何かボロを出すかも)
「ニャアの腹の中は異空間ニャン。左手の位置を見つければ出れるかもだニャン。ニャけど──」
「だけど?」
「ニャアの能力はジュン様の能力と類似してるから、保険の保険で回帰できるようになってるニャン。つまり、認識されるニャン」
「えっ……あっ……えと、それは……?」
(やっぱり!!これは有益な情報なはず……持ち帰ることができればギルテ様の役にもっと立てる!)
「……と言っても少しだけニャけど、他の守護者よりはジュン様の能力についても知ってるニャン。教えられているという言い方の方がしっくりくるかもしれないニャンね」
「……征服王の能力は、なんなの?」
「知りたいかニャ?」
「ええ、凄く」
唾を飲み込むネル。
「じゃあ、ニャっかりと聞くニャン」
(本当おバカさんでよかったわ)
だが次の瞬間に聞かされたのは、爪研ぎ音。
吸収したばかりの武器を使った、厭味ったらしい攻撃。
キィーンと耳鳴りはまだ続く。
「ぎっ………あなた絶対いつか、殺してやるわ」
「ニャハ!愉快ユカイ!」
その眼は、一層猫化する。
瞳孔の変わりようには、恐怖も覚えてしまう。
「あなた、何するつもり?」
「ニャアはいつも通り、自由気ままに動くだけニャ。特別製でも何も創れないニャイしね」
「つ……くる?」
「ふんふ〜ん♪」
「ちょっと!まだ話の途中でしょう!」
「玩具は黙っててほしいニャン♫」
───ギュルン!
「なっ──わぶっ」
主催者と言い放ったそばから、完全吸収。
ネルたち数名は、深い闇に囚われたのだった。
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