第93話 唆した者
ゾビィーは奴隷制度ある国に生まれた。30年程前、今の見た目通りの少年時代は過酷、凄惨なものだった。
その国は貧富の差も世界随一。一般家庭のゾビィーも貧しい生活を送っていた。作物を育てても半分以上、土地の管理者に献上する必要があったからだ。
毎日食糧はギリギリ、普通の生活は送れない。近隣の住人も飢餓で亡くなった。
逃げることができなかったのは、国家が能力者を要してまで、国民を厳密に管理していたからだ。甘い蜜を吸う土地の管理者は国の役人。
その役人に護衛として能力者が就くため、逃げた者は必ず捕まり、奴隷の刻印を背に押される。ゾビィーの家族も一度亡命を企てた。だがしかし、案の定捕まり、姉・母は王族や有力者の奴隷にされた。反抗した父は、その場で虐殺された。幼子だったゾビィーは、ただ呆然と眺めるしかなく、その後は祖父母3人での生活を余儀なくされた。
無論、それも長くは続かない。数年後、過労の祖母が病に倒れたからだ。祖父も気が狂ったのか、倒れた祖母の命を奪い、自身の命も絶った。ゾビィーには何も、遺言の言葉1つ残さずにだ。
当時の感情は〈無〉だった。
その死骸をずっと眺めるしかなかった。処理方法すら分からないため、腐敗していく様子を見つめる毎日、その状態は何日も続いた。身体は更に痩せ、生きているかどうかも自分では判別できない。
助けは来ない。ゾビィーも、もう信じてはいなかった。状況が変わったのは、数日後に護衛を連れた役人が、文を持ってきたからだ。
事態は把握された。
だが、その役人は文を投げつけるだけ。死んだ者には目もくれない。投げ捨てた文の一文がゾビィーの乾いた目に映る。内容は、使い物にならなくなり処分された姉母の代わりに、ゾビィーを連れていくというものだった。強引に連れて行こうとする能力者たち。役目終え、気分良く帰ろうとする役人。
ただ、彼らは全員死んだ。
ゾビィーの身体に触れた直後、その手は腐ったのだ。
悲鳴を上げるまもなく、変貌した。怯え這いずる役人も一緒。全員漏れなくゾンビ化していく。心壊れたゾビィーが能力者となった瞬間も、止め方が分からない以上は、腐蝕は進んでいく。大地はみるみる腐っていく。その変わり果てていく様子には、愉悦さえ覚えた。止める気がなかったと言えば嘘になるが、どうでもよいという感情はあった。
終わらせたいという思いの方が強かったのだ。
腐蝕により国1つ丸ごと死に絶えた。身分の差は関係ない。偉いとか、金があるとか、強いとかは関係ない。
全て死に、ゾビィーとゾンビだけが存在した。
それが、世界の9つある大国・3つある小国にも含まれない、誰にも支配されていない無人地域を指す。世界地図に国名が消失したのは、それから直ぐのことだった。
現れたのは、【聖なる九将】。シルフの剣閃やドラゴの炎により、徘徊するだけのゾンビは滅された。
ゾビィーも反撃したが、3人の強者には敵わない。
気絶したゾビィーをドラゴが連れ、管理する意味合いで所属する形になったのだ。
これが過去、ゾビィーの人生、彼の罪。
2度目の発動は【聖九】として抑えたものだったが、3度目の今回は制止を無視した暴挙。
だが、倒したいと思っていたその配下の1人に打ち負かされるだけでなく、別の配下の者には事象ごと無かったことにされた。
矜持は丸潰れも、過去の話をしたのは、現在になっての罪滅ぼし。
過去を無かったことに、罪を消したいと思ったのだが───
「甘えるな」
征服王の一言は痛いくらいに刺さる。
胸は抉られる。
それでも、取り戻せる可能性が万に一つでもあるならば、それに縋りたいと思ってしまう。
しかし───
「無理です」
事象改変をした能力者はできないと言う。
敵対者だからという理由ではなく───
「私の改変範囲は、その日1日で起きた事象となっております。過去の改変はできません」
「そう……ですか……」
過去は変わらない。
配下だけでなく、征服王ですらもできないなら、望むのはここでは無い。
つまり───
「やっぱり、僕の信仰は間違ってないんだ……」
瞬間、ゾビィーの周りは、暗い海の底のような紺碧色に光る。
「ゾビィー!!」
「さよならシルフ、さようなら……」
シルフの制止をまたもや無視し、消える転位術。
ゾビィーの能力ではない。装置でもない。誰かの能力、もしくは技術。
「今の色は──」
言葉途中に倒れるのは、ライト。彼の身体も限界に近かったのだ。
残ったのはシルフと征服王の一味、ライトは気絶してしまっている。
だが、そのシルフも───
「この場の処理は貴君らに任せる。また何れ会うだろう。その変人を頼む」
とだけ言い、一瞬にしてどこかへ消えた。
◇◆◇◆◇◆
民衆の視線を浴びながらも、唯壊に抱きつかれながらも、王の風格とその表情を作ろうと集中しているのはジュン。
征服王としての威厳は決して崩さない。だがその心境は穏やかではない。
(なんでよ……)
唯壊のペッタンが密着しているからではない。
世理の天女姿に心奪われる民衆に対して嫉妬しているのでもない。
(なんで──いや、私がおかしいの?普通流れ的に、今回の責任を取って、お詫びに色々としてくれるんじゃないの?こんなの……やり逃げよ!)
美女シルフの連絡先は聞けずじまい。元々連絡先など方法すらも無いのだが、事を起こした張本人たちが詫びも入れずに去るとはどういうことなのか。
正義の味方と称された【聖なる九将】はどこに行ったのか。
その存在意義を疑ってしまうというもの。
民衆に、先程の者達こそが【聖九】と伝えても信じない可能性しかない。
(何も良いことないじゃない……)
世理の他者への干渉は年2回まで。
未だ女体化できないのに、あと1回しか使えなくなってしまった。
どうでもよかった民の命を救ってまで、貴重な能力を使わせたのは、【聖なる九将】のクロウに会う機会を作るため。
しかし、可能性のあった者達は居なくなった。それすらも、事象改変して連れ戻してやろうかと思うくらいに腹立たしい。
加えて、変人の処理も任されてしまった。アリサの能力であれば多少の傷は治るだろうが、かなりの致命傷であり、後遺症は免れないと思われた。ジュン含め、守護者に他者を癒やす能力は無い。可能性があるとすれば、ジュンの改造手術だが、その場合はヤンやミズキのような半人前守護者のような存在になってしまう。
現状、男を守護者にする気はないため、悩んでいるのだ。
勿論、変人の身体をかなり弄って、女性に出来なくもない。
記憶を弄ってしまえば、面影もなくなる。時間は掛かるが造作はない。自分の身体は変えられないが守護者は変えられる。ただ、そうは言っても、他の守護者は受け入れないだろう。
ジュンでさえ、それは悪手、気持ち悪いと現段階で思っている。
よって、どう処理するのが妥当か、悩みに悩んでいるのだ。
(うぅ……勿体ない)
世理の改変は、唯壊の破壊で起きた事実とゾビィーの腐蝕でゾンビ化した者達を元に戻すという意味合いでの改変だった。
時を戻した形ではないため、全員に記憶はあるし、それ以外の事象は変わっていない。同じ方向からやって来た2人の傷が治っていないのはそういうことだ。
これはミスではない。
確かに、もっと広域に考慮して、今回の件に携わった者達の事象も改変させていれば事なきを得ていただろう。
シルフも感謝ぐらいはしていたに違いない。
変人も意味深発言して気絶することもなかった。
だが、だからといって傷をなかったことにする事象改変はしたくない。
残り1回をここで使うのは勿体ないと思ってしまう。
悩みに悩むジュンが取った行動は───
「“新界”!!」
その場からの逃亡だった。
◇◆◇◆◇◆
ゾビィーが転位した場所は薄暗く、冷たい。本当に海の底にいるかのように息は詰まり、紺碧色に包まれている。
ゾビィーが跪く相手は、その色に同化するような雰囲気で、支配者たる出で立ち。
「戻ったか」
その横には神父ような服装の者がいる。ゾビィーの隣には、同じように頭を垂れ跪く者が2人。
四隊長と呼ばれる者達。1人は先の戦いで敗れ、もう1人は神父であるとゾビィーは聞いている。
「無様な結果を晒しました」
咎められることはない。同僚扱いの四隊長らも、ゾビィーを貶すような発言はしない。
「問題はない。征服王の者達の能力が分かっただけで十分。裏切り者も確定された。次に移ろう」
呼ばれてやってきたのは、現状の戦争国家ネルフェールの管理者こと女王ネル。
征服王の属国となったにも拘らず、ネルは嬉しそうに跪く。
まるで、それすらも作戦のよう。
「ギルテ様に、作戦の遂行を捧げます」
「ああ、頼む」
「はい、お任せください」
四隊長の2人もネルに同行、更にもう1人の強者も続く。
海底を歩くかのように進む〈悪〉。
ゾビィーが信仰しているのは、妖国の王、【聖なる九将】序列第四位のギルテ。
彼の死者復活の言葉を頼りにしているのだ。自分もそれにあやかりたいと思っている。
「作戦は順調だ──もう、間もなくあの御方も復活する」
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