ティアー ⑤
「こういう構えを乗機に取らせると、思い出しますね……。
人型決戦兵器の暴走を……!」
俺の脳裏に思い浮かんだのは、かつて、社会的大ヒットを飛ばしたのだというロボットアニメであった。
あの作品で、主役ロボ――厳密にはロボットじゃないが――が見せた暴走シーンはひどく印象に残っているし、なんなら、全ロボオタの標準知識と化してさえいる。
イメージすべきは、ああいった動き……。
ロボット戦の範疇を越えた、野生の闘法だ。
「それにしても……。
こうしてみると、そちらの動きがハッキリと見えますね」
メインモニターのド真ん中へ映った獣型PLに、聞こえぬと知りながら呼びかけた。
さっきまでは、高い位置から見下ろす形だったわけだが……。
それはつまり、四足獣じみた敵機の上半分しか見えていなかったことになる。
だが、今は違う。
目線を極限まで落としたことにより、相手の動きが、正面からハッキリと捉えられていた。
それこそ、獣が威嚇するかのように……。
リッターのメインカメラ越しに俺の視線を向けられた敵機が、低い姿勢のまま身構え続ける。
俺の意図を測りかねて困惑しているのが、感情として伝わってきた。
「さあ……いきますよ」
もはや、受け身で構える必要はない。
姿が見えぬ敵パイロットに、聞こえぬ声で攻守逆転を宣言する。
ジリ……。
ジリリ……と、互いの機体が四肢に力を込めた。
「――ここだっ!」
敵機の左足が歩道に触れた瞬間、操縦桿を強く押し倒す。
俺のオーダーに応えたリッターが、脚部に溜め込んだ力を爆発させる。
――ザンッ!
踏み締めたアスファルトの砕ける音と共に、リッターが敵PLへと肉薄した。
超低空気味に放つタックル……。
かつて、アレルと行った模擬戦を彷彿とさせるシチュエーションだ。
あの時、アレルが操るミストルティンは、こちらの頭上を飛び越えることで回避したが……。
獣じみた姿の敵PLが見せた反応は、異なるものであった。
――横跳び。
左足が触れた歩道の縁とは反対側に、機体を跳びのかせたのである。
だが、その動きは……。
「――読めていますよっ!」
こちらが飛びかかる直前、敵パイロットは、確かに自分の右側に意識を向けていた。
わずかに左足の触れている歩道部分が、コンマ数秒ほど回避運動を遅らせる点について、難色を示したのだ。
だが、その思念がこちらに流れ込んできてしまえば、それはもう、回避運動であって回避運動ではない……。
「飛んで火に入る――」
破壊された右手で、力強くストリートの路面をつく。
最大出力に達したプラネット・リアクターのパワーを、駆動系が右手に集中させた。
「――夏の虫だっ!」
――バガンッ!
……と、アスファルトどころか、その下で固められた地面まで陥没させ、アーチリッターが機体を反転させる。
傑作量産機のパワーにモノを言わせ、右腕のみで機体を跳躍させたのだ。
――!?
商業ビルの壁面を足場とし、三角跳びしようとしていた敵機のパイロットが、確かにぎょっとしたのを感じた。
その隙は――見逃さない。
「受けてみろ!」
身を捻ったリッターが放ったのは、左脚による――飛び蹴り。
しかもこれは、カカト落としの要領で、敵機の背部へ振り下ろされているのである。
――ズガンッ!
……重い衝撃音が、内部フレームを通じてコックピット内に響き渡る。
そもそもの話として、馬力ではこちらが上……。
当然ながら、機体質量においても、十八メートル級のこちらが、六メートルサイズでしかない敵機を圧倒的に上回っていた。
それら二つが、余すことなく乗せられたカカト落としなのだ。
これをまともに受けたのだから、たまったものではあるまい。
背部をしたたかに蹴られた敵機が、アスファルトの路面へと叩き落とされる。
わざわざ、単なる飛び蹴りではなく、カカト落としの形にした理由は、二つ……。
一つは、吹き飛ばされた獣型PLがビルの壁面へ叩きつけられ、内部の人間に被害が出るのを防ぐため……。
そして、もう一つは……。
「よし、ビーム砲は破壊した」
敵PLが背部に備えているスリットじみた形状のビーム砲……。
それは、今の一撃でグシャグシャに歪んでおり、粒子加速器の方もバチバチと火花を散らしていた。
今のところ、敵パイロットは街中で荷電粒子ビームをぶっ放すほど、イカれた思考は見せていない。
しかし、追い詰められれば、何をするのか分からないのが人間というもの……。
俺は、相手の火器を破壊することで、大規模な被害が出る可能性を払拭したのだ。
「……しかし、機体本体はまだ健在ですか。
フレームが剥き出しになった構造のくせに、えらく頑丈ですね」
敵機の状態を見ながら、そう評する。
まったくのノーダメージというわけでは、ない。
だが、獣の前足じみた主脚も昆虫めいた補助脚も、ややグラつきながらもしっかりとアスファルトを踏みしめており、いまだ運動性は維持していると思えた。
そして、補助脚の方には、付与された振動粒子の光……。
なおも諦めず、接近戦を狙う。
思念など探る必要もない敵の姿勢を前に、俺は語りかける。
「まだ、格闘戦なら分があると思っていますか……?」
紡ぐ言葉は、講釈に近いものだ。
「そもそも、そちらがここまで優位に立てた理由は、いくつかあります。
機体が小型な分、四肢を素早く動かせること……。
姿勢が低い分、重心の高い相手では対応が遅れること……。
ストリートという戦場で、リッターの横に対する移動が制限されたこと……。
そもそも、四本の足で動き回れるということ……。
ですが、今はこちらの構えも――獣」
弓矢を扱う都合上、アーチリッターは一般機に比べ、関節可動域が広げられているのだが……。
ユーリ君たちの仕事は――完璧。
駆動系は、プラネット・リアクターが生み出すパワーを、余すことなく四肢へと伝えている。
そして、リッターの手も足も、与えられたエネルギーを物理的な力に変換すべく、じっと身構えていた。
「もし、野生の世界で四足獣同士が戦った場合、どうなるか……?
答えは、当然……」
獣型のPLが、跳躍する。
今度のそれに、駆け引きはない。
ただ、弾丸めいた軌道で、こちらに粒子振動クローを向け突っ込んできたのだ。
「――デカい方です!」
上体を持ち上げたリッターが、飛びかかる猫のような動きでこれを迎撃した。
破壊された右手を、力強く叩きつけたのである。
ただ、それだけの単純な動き……。
だが、これを同じ目線から、相手を上回るパワーで繰り出したのだ。
当然ながら、迎撃は間に合い――相手の本体を直撃した。
「――捉えた!」
アスファルトに叩き付け、右手で押さえ込んだ状態から馬乗りとなり、リッターに左腕を振り上げさせる。
敵機は、振動粒子の付与された補助脚をメチャクチャに動かし、なおも抵抗していたが……。
圧倒的なパワーとウェイトの差で抑え込んでしまえば、どうということもない!
「――もうイッパアツッ!」
そのまま、貫き手の形を取った左手を、相手の胴体に突き刺す!
――ズンッ!
狙ったのは、剥き出しとなった下部フレームの中核……。
独特な構成の四肢を制御する駆動中枢だ。
敵機は、リッターの左腕が突き刺さった状態のまま、しばらくビクビクと四つの脚を動かしていたが……。
やがて、力なく崩れ落ちた。
駆動中枢を破壊され、もはや身動きができなくなったのである。
「ああ、もったいない……。
できれば、壊さず無力化したかった」
コックピットの中で、俺はそう独りごちた。
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