Dペックス公式大会開始 前編
帝都オリビエが銀河帝国の歴史を象徴する都市であるとするならば、リニア線で五分の場所に位置するヘルメスこそは、帝国の経済的豊かさを象徴する都市であるといえるだろう。
都市の中には、商業ビルがズラリと立ち並び……。
道路は自動運転車両がひっきりなしに行き交っていて、コンピューターによる制御がなければ、至る所で渋滞を引き起こしているに違いないと確信させられる。
とりわけ、リニア駅前の交差点は銀河随一の人口密集地帯となっており、ここに一日立っていれば、あらゆる人種と年齢層の人間を観察することができた。
軒を連ねる各ショップは、常に流行の最先端を行く品揃えであり、客層は、帝都のそれに比べて圧倒的に若い。
しかも、ストリートのホログラフィック掲示板は、常に何らかのイベントを告知しており、縄張りとしている住人たちを飽きさせることがないのである。
まさに――繁華。
ここヘルメスで行われる経済活動は、地方貴族が所有する惑星一つを遥かに凌駕するほどだという……。
若く、爆発的な消費意欲と、それを満たさんとする供給が常に循環する都市……それがヘルメスなのだ。
そんなヘルメスの中心部に位置する商業ビル……。
901ビルの屋上部において、今、とあるイベントが行われようとしている。
会場は広いが――狭い。
ツインタワー方式の商業ビル屋上部は、五百人近くの収容人数を誇るのだが、事前にネット販売したチケットが完売した結果、人でごった返した状況となっていた。
しかも、混雑が発生しているのは、この屋上部だけではない……。
会場内の様子は街中にホログラフィック中継されており、ストリートの各所は、足を止めて上空の映像に見入る人々で溢れている。
一体、なんのイベントがこうまで多数の人間を惹きつけているのか……。
それを説明すべく、今、一人の少女が屋上のステージへと姿を現した。
「みんなー!
ゲームしてる?」
少女の名を知らぬ者など、今、この銀河には存在しないであろう……。
――カミュ・ロマーノフ。
皇帝直属の秩序維持機構を預かる指揮官であり、また、アイドルとして連日メディアを賑わせる時の人である。
――ウオオオッ!
彼女の登場に……。
会場となっている屋上部ばかりか、ヘルメスの街全体が湧き上がった。
すでに、彼女率いるIDOLが皇星ビルクに入り、近々ライブを控えていることは、メディアによって報じられている。
だが、今日このイベントに参戦するというのは完全なサプライズであり、誰もが意表を突かれる形となったのだ。
会場内の観客たちは、拳を突き上げ……。
ストリートで映像を見上げる者たちは、携帯端末で上空のホログラフィーを撮影する。
「うん、うん。
わたしも、最近はゲームにハマっちゃってまーす!」
人々の反応を受けて、カミュちゃまが元気に宣言した。
そんな彼女の姿は、メディアでよく見かける改造士官服とも、アイドル衣装とも異なるものだ。
いわゆる――巫女服。
東洋の伝統的かつ、ミステリアスな白と赤のコスチュームなのである。
しかも、ただのそれではなく、ミニスカートに改造された装いであり、大胆にも露わとなった太ももが眩しかった。
加えて、彼女の頭頂部からは、ピコピコと動くキュートなキツネの耳が生えており……。
お尻からは、見るからにモフモフとして肌触りが良さそうなキツネの尻尾が伸びている。
これは……これは……。
「今日はDペックスの公式大会ということで、本ゲーム人気キャラクターのツーギーちゃんと同じ衣装を用意してもらいましたー!
……似合っていますか?」
――オッケーイ!
問いかけに応えるのは、もはや定番となったオッケイコール……。
喜んでいるのは男性たちだけではなく、女性たちもまた、彼女のあまりに愛らしい姿へ黄色い声を上げている。
「えへへ、ありがとうございます!
今日はですね……。
なんと、オープニングの司会進行だけでなく、ゲスト枠として大会にも参加させてもらえることになりました!
いっぱいがんばりますので、応援くださーい!」
――ウオオオオオッ!
やはり、歓声が巻き起こり……。
銀河的人気ゲーム――Dペックスの公式大会は始まったのであった。
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『銀河最強のプレイヤーを見たいですか!?』
――ウオオオオオッ!
『わたしもです……! わたしもです……! みなさん……!
――選手入場!』
カミュの呼び声に応え……。
屋上の特設ステージへ、銀河中からかき集められたプレイヤーたちが姿を現す。
例えば、解説動画を配信しているものの、スキルが卓越しすぎていて逆に参考とならないことで知られる男……。
例えば、他ゲームの公式大会で常連となっているプロプレイヤーたち……。
例えば、ネットを用いた予選大会で勝ち抜いてきた無名の猛者……。
eスポーツというものが地球で確立されてから、すでにどれだけの時が流れているか……。
肉体を用いたアスリートと変わらぬ賞賛を受ける者たちが、次から次へと紹介され、ステージ上の席へと着席していった。
「盛り上がってるねー。
できれば、俺もあの中へと加わりたかったんだがな」
銀河皇帝――カルス・ロンバルドは、高層ビルの窓からホログラフィー映像を眺めて、そのような感想を漏らしたのである。
「まったく同感ですが、そのようなわけにもまいりません。
我らは、この機に成さねばならないことが山積しておりますので」
――鉄の男。
その異名にふさわしい硬質な言葉で答えたのが、背後に立つウォルガフ・ロマーノフ大公だ。
今、この部屋に立っているのは、カルスとウォルガフのみ……。
「どーせ、大したことが決まるわけでもない顔合わせに近い会談だろ?
こんなもんすっぽかして、生で大会見に行こうぜ」
皇帝と大公……。
立場的にも近しい気安さから、カルスはそんなことを言い放つ。
「オッケイ!
……と、言いたいところですが、そのようなわけにも参りませぬ。
有力貴族が集うこの機会を見込んで、有名企業の代表者たちがここへ集まってくれているのですから。
それに、誰よりあの会場にいたいだろうヒラク社長も、こちらを優先してくれていますので……」
「誰よりも、ねえ。
そのツラで言われちゃ、説得力がねーな」
カルスが言った通り……。
振り向くと、ウォルガフはどうやっているのか知らないが、血の涙を流していた。
多分、娘の晴れ姿を直で見たいに違いない。
――こいつ、こんな子煩悩だったかな?
実のところ、ちょっと引いているカルスに対し、ハンカチで血涙を拭ったウォルガフが口を開く。
「それに、先日のハクビによる凶行があったばかりです。
あのような場では、護衛を付けるにしても万全とはいきません。
どうか、ご自重を」
「ハクビか……。
あいつは、本当にどうしてまたあんなことをしでかしたんだろうな?
しかも、取り調べでも自分でもなぜそんなことをしたのか、まったく分からないと証言している」
何しろ、事が皇帝の暗殺未遂であり……。
現行犯逮捕されたハクビ子爵は、拷問以外のあらゆる方法で調査をされている。
だが、周囲の証言を含め、彼が自分を殺そうとするような動機は、どこにも見つけられていなかった。
「あやつの持ち物などに、それらしき痕跡はなかったのですか?」
「なーんにもだ。
そういえば、意外とあれでゲーマーだったらしくてな。
携帯端末には、Dペックスがインストールされてたとよ」
「なんの足しにもならん情報ですな」
肩をすくめたウォルガフが、腕時計を見やる。
「さて、そろそろ参りましょうぞ」
「あーあー、経済界の重鎮や海千山千の貴族たちを相手にするより、ゲームでもしてーなー」
それがかなわない願いだということは、十分に承知しており……。
鉄の男を伴った銀河皇帝は、ビル内の会議室に向かったのであった。
お読み頂きありがとうございます。
次回は、レディ……ファイ!
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