クリッシュ
防音性を重視した結果だろう。
ドアの先は何かの飼育室みたいな二重構造となっており、ユーリ君を先頭としてもう一枚のドアも開ける。
すると、視界に広がってきたのは、古式ゆかしい帝都の街並みとは、全く異なる世界であった。
薄暗い店内は、人がギリギリ通れるくらいの通路を残して、ゲーム筐体で埋め尽くされており……。
それぞれの筐体が奏でるプレイ音やデモミュージックが重なり合って、一種独特なビートが刻まれている。
店内を見れば、二階や地下に続く階段があり、そちらからも同じような音が漏れ聞こえることから、これはどうも、さして広くもない店内面積を最大限に活かしたゲームセンターであるのだと知れた。
いや、ゲーム喫茶か。
その店名を保証するため、壁際には飲み物と冷凍ピザの自販機も備わっている。
腹が減ったら、それで勝手に立ち食いしろと……そういう店なわけだ。
「オイオイオイオイオイ、アガッてくるじゃねえか!
やっぱ、こういうのがなきゃなあ! こういうのが!」
手をさすったジョグが、嬉しそうに漏らす。
「観光にはなりませんけど、でも、ボクはこういうの好きです」
ユーリ君の方もなかなか嬉しそうで、どのゲームを遊んだものかと、早くも見繕い始めているようだった。
「あんまり、お嬢様をこういう所には連れてきたくないんですけど……」
エリナが渋っているのは……まあ、客層を見れば致し方もないか。
店内にいる他の客たちは、紳士然とした帝都の民たちとは、明らかに異なる装いだ。
ストリートファッションというか、とにかく動きやすくラフな着こなしをしており、この場の雰囲気にはふさわしい。
観光客っぽい人間はあまりいないことから、どうやら、地元の人間が集うプレイスポットとしての役割を果たす店であるようだった。
当然だが……マリアの姿はない。
まだゲーム本編より前の時間軸ではあるが、ゲーム中にもスチルはあったのだ。
おそらく、見れば分かるはずである。
「お嬢様?
何か気になることでもあるのですか?」
「いえ、色んなゲームがあるのだと思って」
キョロキョロするのを不審がったエリナへ、適当に答えておく。
「せっかくだし、一時間くらい遊んでいきましょうか。
各自、好きなゲームを遊ぶ形で」
「そうこなくっちゃな!」
「ボクはシューティングをやろうかな……」
「あたしは……どうしましょう?」
俺の言葉を受けて、三人が適当に散らばっていく。
その隙に、二階の方を見てみたが……こちらはスカだ。
やはり、マリアの姿はない。
なら、地下はどうか……?
結論からいって、マリアの姿はなかった。
階層ごとにゲームの種類が分けられているということもなく、無作為に筐体を設置された空間で遊んでいるのは、いずれも、馴染みのない顔だったのである。
――やっぱり、この世界にマリアはいないのか?
――皇帝は、子供を作っていないのか?
こういう時は、最悪の可能性を想定しておくのがコツだ。
そうすれば、いざという時に慌てず済むから……。
だが、いざ想定してみると、やはり気分が落ち込む。
電子的な喧騒と華やかさも、どこか虚しくこの体を通り過ぎていくようだった。
「おいおい! またクリッシュの勝ちかよ!」
「連勝が止まらねえぜ!」
騒ぎが聞こえたのは、そんな時のことだ。
見れば、対戦格闘ゲームがあると思わしき一角に人が集まっており……。
どうやら、一人のプレイヤーが対戦相手をことごとくKOしていて、そのプレイヤーと向かい側の筐体が、チャレンジャーを待ち受けているようである。
「へっへ……面白ェことになってんじゃねえか!」
どのゲームを遊ぶか迷い、ここへ辿り着いたらしいジョグがそうつぶやく。
「挑戦するんですか?」
「おうよ!
まあ、見ときな。
あのゲームは、家庭用の移植をやり込んでんだ。
オレは、ちょっとしたもんだぜ!」
サムズアップなんぞ決めたジョグが、勢い込んで挑戦者の途切れた筐体に座り、携帯端末を触れさせて決済する。
いやあ、お前がそうやってお約束みたいな行動していると、実家に帰ったような安心感があるわ。
「オレ様の実力を見せてやるぜ!」
両手でリーゼントをかき上げたジョグが、威勢よく自キャラを選んだ。
--
『ユールーズ!』
「だあああああっ! クソがあっ!」
さすが、期待も予想も裏切らない男。
ゲーム画面には、ズタズタにされた金髪の雑魚がいた。
「いや今のハメだろ? オレのシマじゃノーカンだから!」
「はいはい、そのくらいにしておきなさい」
見苦しくわめくおバカを、筐体から引き剥がしておく。
に、しても、だ。
前世も含めて格闘ゲームには詳しくないが、対戦相手の実力は相当なものだと思う。
ジャストガードってやつだろうか?
攻撃のことごとくが無効化され、逆に生じた隙を突かれる形で、怒涛のコンボが叩き込まれたのである。
こういうの、動体視力で反応できるものなんだろうか?
それとも、勘で反応したのか?
いずれにしても、大したもんだ。
「やっぱ、強すぎんだろっ!」
「こりゃ、今度のDペックス公式大会も、クリッシュの勝ちで決まりだな!」
――Dペックス公式大会。
ギャラリーの言葉を聞いた俺とジョグが、互いの顔を見交わした。
となると、たった今、ジョグをケチョンケチョンにしたプレイヤーは、俺たちと同じくDペックスの公式大会へ出場する選手なのだ。
考えていても仕方がないマリア関連の問題はとりあえず放り投げて、どのような人物なのか確認するべく筐体の向こう側へ回り込む。
「んー。
ちょっと飽きてきちゃった。
誰か、代わりにやっていいよー」
すると、ちょうど問題のプレイヤーが立ち上がるところだったのである。
「女の子……?」
思わず口をついて出たのは、そんな言葉だ。
それも、単に少女というだけではない。
俺と同い年くらいの子供であった。
さらに付け加えるなら……。
ハッとするような美少女である。
透き通るような白い肌は、どこか造り物めいてすら感じられるほどであり……。
顔立ちはクリクリとしたかわいらしい造作で、メガネをかけているのが、幼げな印象を加速させた。
服装は、スタジャンにタンクトップとショートパンツという活動的な組み合わせだが、どこか気怠げというか、ダウナーな雰囲気を漂わせている。
最大の特徴は、太ももの辺りまで伸ばされた長い髪だろう。
どうやら、光の加減で色合いが変わる特殊なヘアスプレーを使っているようで、銀から青……青から赤という具合に、デジタルチックな輝きを放っているのだ。
まるで――電子の世界から飛び出してきた妖精。
どこか非現実的というか、二次元的な愛らしさを感じる女の子であった。
「へー……?
このお店に、わたしと同じくらいの年した女の子が来るなんて、珍しいねー」
漂わせている雰囲気と同様、どこか気怠げな口調で、クリッシュと呼ばれていた女の子がこちらに歩み寄る。
「ねえ?
よかったら、わたしと対戦しようよ?」
そして、ピタリと俺の前で立ち止まると、ぐいっと顔を覗き込んできた。
いや、近い近い近い!
あと一ミリでも動けば、お互いにかけてるメガネがカチャリとぶつかりそうである。
「え……いや……えっと……」
なぜか赤面してしまったわたしは、珍しく言い淀みながらあちこちに視線をさまよわせたが……。
「やっちまえよ!
大会前の前哨戦だぜ!」
空気を読まないおバカが、余計なことを言いやがった。
「大会前……?
あー……もしかして、Dペックスの?
ふうん? 君も出るんだ?」
変わらず間近でこちらの瞳を覗き込むクリッシュが、ニヤリと口を歪める。
「なら、なおのことやろうよー?
ほら、親睦を深める意味でもさー」
「えっと、その……はい」
元より、特に断る理由があるわけでもなく……。
うなずくと顔がぶつかっちゃうので、わたしは声だけで、同意を示したのであった。
お読み頂きありがとうございます。
次回は動物園です。
また、「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。




