皇星ビルク
――皇星ビルク。
この銀河帝国において、政治経済の中心地となっている惑星である。
サイズは、地球とほぼ同等のアースサイズ。
自転軸を一回転するのにかかる時間は、23.6時間。
陸地は一つの巨大な大陸のみで、後は海が支配するというパンゲア型の地表構成をしていた。
人口は――約四十億。
これは、銀河帝国に属する入植惑星の中で、最大を誇っている。
大気圏を突破して見た大地で印象的なのは、なんといってもその青青しさであろう。
地表面積のうち、実に五十パーセント近くが、豊かな森林地帯によって覆われており……。
しかも、それは例えば地球のように熱帯雨林地帯へ集中していたりということがなく、全体へ満遍なく散らばっているのであった。
それゆえ、高高度から眺める地表の青さは、見る者を魅了させる……。
ブルー・プラネットという愛称は伊達じゃなく、この世界に生きる人々が、発祥の地である地球でやらかしてきた環境破壊の数々を大いに反省し、活かしていることが、一目で理解できる光景なのだ。
そんなわけで、広大な大地に数々の巨大都市が点在し、それぞれを超高速のリニア鉄道が結んでいるこの惑星であるが……。
僚艦たるスタジアムシップ――ティーガーと共に大気圏突破を果たしたIDOL旗艦ハーレーが目指すのは、南東の海岸部であった。
なぜ、陸地ではなく海岸部を目指すのか?
それは、宇宙港がそこに存在するからであり、カルス帝が住まうのもそこであるからだ。
「これは……すごいですね。
さながら、銀河中の戦艦を集めた博覧会です」
海面に着水したハーレーの展望室から周囲の様子を見渡していたユーリ君が、興味津々といった眼差しでつぶやく。
彼が口にした通り……。
港湾部には、銀河中から馳せ参じた貴族家所有の艦船がズラリと並んでおり、壮観なことこの上ない。
中には、ケンジが乗ってきたのだろう元カトー旗艦オーサカの姿や、ラノーグ公爵家の旗を掲げた戦艦の姿も見られる。
そして、当然……我がロマーノフ大公家の象徴にして、黒騎士団の居城でもあるシュノンソーも停泊していた。
「ヘッヘ……。
どうやら、このハーレーより火砲を付けてる戦艦はねえみたいだな。
やっぱり、銀河一の火力を誇るのはこの船だぜ」
「そのせいで、搭載可能なPLが少ないんですけどね。
バイデントが三機に、わたしたちのカスタムPLを合わせて合計で六機……。
あそこに停泊しているシュノンソーの半分くらいしかないですよ」
自慢げに腕組みなんぞするジョグに対し、ジト目で釘を刺す。
しかもこれ、ハーレー側は、最大積載数限界まで搭載しての話だったりする。
最大積載数まで搭載しているということは、つまり、戦艦内のドックに遊びとなる空間がほとんどないということであり……。
効率的な空間の使い方をしているといえば聞こえはいいが、実態としてはただ整備性を劣悪なものとしているだけであった。
PCで例えると、ハードディスクのギリギリ一杯までデータを入れちまってるような状態だからな。
RPGのキャラクタービルドみたいなもんで、何かを立てれば、他の何かは立たなくなる。
ハーレーの場合、大火力を優先した結果、宙間戦闘で何より重要なPLの搭載能力を犠牲にしてしまっているので、大艦巨砲主義の失敗を思いっきり踏襲しているところがあった。
実際、カトーの乱では自慢のビーム砲が火を吹く機会はなかったし。
これをIDOLが旗艦としているのは、もったいない精神と、惑星オロッソで見られたような示威効果に期待してのことなのだ。
対して、シュノンソーの方は転生前の地球で見られた空母を宇宙艦船として正統進化させたような設計であり、見るからに余裕のあるPL運用能力を備えている。
運用しているのは黒騎士団が保有する九機のトリシャスと、場合によって――今とか――ティルフィングが加わるだけだが、その気になれば、倍の数を搭載することも可能だという……。
「いいなあ。
あっちの艦がよかったなあ……。
船体面積のかなりを甲板にしてあるから、発着艦でゴタつきませんし」
「メカニックの目線で見ても、あちらの方が整備施設も整っているし、作業しやすいので憧れますね」
「んだよお、分かってねえなあ。
そのうち、ハーレーの火力に救われる時があっからなあ」
「きますかねえ、そんな日……」
展望室でやり取りをする俺たちをよそに、水上をスイスイと移動するハーレーが、割り当てられたブロックへと入っていく。
これだけの巨大船が集結してもなお余裕があるのは、さすが、皇星ビルクの宇宙港という他にないだろう。
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まるで、中世のヨーロッパか、あるいはファンタジーの建築物か……。
ロンバルド城の威容は、まさしくそのようなものである。
古式ゆかしい石造りの外観は、人類が受け継いできた文化の結晶と呼ぶべきものだ。
とはいえ、アンティークめいてすらいる古めかしさは、あくまで見せかけに過ぎない。
実態は、人類がこれまで培ってきた建築技術と科学技術の集大成と呼ぶべき建造物であり、内部には最新鋭の機械的セキュリティが施され、建物自体も、艦砲射撃にすら耐え得るシェルターとしての堅牢さを誇っていた。
かような剛健さを誇る建物の内部は――華やか。
回廊を歩けば、目に入るのは職人が手がけた彫刻の数々……。
天井を見上げれば、宗教絵画がこちらを見下ろしており、単なる豪華絢爛な建築物には宿らぬ静謐さを生み出している。
城内にいくつか存在するパーティーホールの内、最も広大な翠玉の間に漂うのは、いっそ幻想的とすらいえる雰囲気だ。
金をふんだんに使い、隅々まで美術的意匠が施された空間は、これそのものが巨大な美術品と呼ぶべき代物であり……。
これらを、天上の巨大シャンデリアが照らし出すことにより、広大な空間が黄金の輝きに満ち満ちていた。
耳を楽しませるのは、楽団が奏でる音色……。
古代地球で完成形を見い出して以来、形を変えず受け継がれている楽器の調べが、訪れた客たちにトランスめいた感動を与えるのである。
グラスを手に取り談笑する客たちは、いずれもがそうそうたる面子だ。
多数を占めるのは貴族家の当主たちで、ロマーノフ大公や若きラノーグ公爵など、銀河において主要な貴族たちが一堂に会していた。
その他には、財界の重鎮や有名俳優などの姿が見受けられ……。
近年、一ゲームタイトルで成し得たとは思えぬほどの宇宙的ヒットを飛ばしたヒラク・カンパニーの社長ヒラクなどは、成金と思えぬ落ち着いた様子で談笑に興じている。
そして、一人の少女が姿を現した時……。
翠玉の間は、どよめきに包まれた。
それは、彼女が銀河中で話題を集める時の人だからではない。
単純に……あまりにも、可憐であるからだ。
神の造作かと見紛うほどに整った顔立ちは、しかし、少女としてのやわらかさも同居しており、生命体にしか宿せぬ美というものが存在する……。
短めに整えられた銀髪は、シャンデリアの光を受け、星々のそれに劣らぬ輝きを放っていた。
身にまとっているのは純白のドレスで、華美な装飾など用いていないそれが、かえって本人の魅力を引き出している。
――カミュ・ロマーノフ。
ロマーノフ大公家の一人娘にして、皇帝直属機関の指揮官……。
そして、銀河に名を轟かせるアイドルが、お付きの少年らと共に姿を現したのであった。
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次回はパーティーです。
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