見えざる恐怖
『Dポイントに敵襲だと!?』
『連中、どこに目を付けてやがった!?』
『薔薇の園』周囲に突如として出現した敵機……。
それが内部へもたらした混乱は、かなりのものであった。
防衛のため出撃していたヴァイキンたちは、パイロットの警戒心が乗り移ったような動きで頭部のカメラを動かし……。
廃棄された巡洋艦のブリッジを転用した『薔薇の園』オペレータールームでは、敵機の姿を捕捉するべく様々な指示が飛び交っているのだ。
総じて――烏合。
「Cポイントに待機中だったPLは、ただちに出撃し哨戒の任に当たれ!」
「いや、それよりもすでに出撃中のBポイントにいる機体が急行せよ!」
「レーダー観測所へ人員を送るのが先だろう!」
オペレーターを務めるヤクザたちの指示には、一貫性がなく……。
「ヤクザ共の指示に従ってたんじゃ、らちが明かねえ!」
「クソッタレ!
おれたちは、ただ見ていればよかったんじゃねえのかよ!」
「この敵を片付ければ、そうできるだろうよ!
――オペレーター! EポイントのPLは出撃するぞ!」
また、現場のパイロットたちも、それぞれの判断で勝手に出撃の準備を始めているのだ。
これには、カトーがかき集めた者たちの心理状況も、大いに関係していた。
何しろ、PLのカカシで数を誤魔化そうとも、敵軍は圧倒的に――無勢。
こちらは、充実した戦力でもって正面からこれを粉砕するだけだと、誰もがタカをくくっていたのである。
そうしていたところに、柔らかい横腹を突かれた。
しかも、突いてきた相手は、カトー一派のニンジャよりもよほど密やかに隠れ忍んでおり、レーダー観測所にも、警戒するPLたちにも姿が掴めていないのだ。
こうなってしまうと、二線級の人材が配置された後方の指揮能力を超えてしまう。
もし、カトー自身が『薔薇の園』へ控えていたのならば、自ら部下を一喝し、一貫した指示でもってすぐさま立て直せたかもしれない。
だが、艦隊決戦にこだわったのと、そもそも高度な集団戦の指揮を任せられる人材がいなかった結果、ここに彼は不在であった。
人間には処理能力というものがあり、一つの物事へ傾注してしまえば、どうしてもそこが手すきとなってしまうのだ。
――この戦いにおいては、ただ前を行けと命じられて突撃する軍であればよい。
――より高度な練兵と連携に関しては、事が成った後、十分に時間をかけて行う。
それがカトーの目論見であったが、モチ・ピクチャーとは、まさにこのことだったのである。
敵は正確にその弱点を見抜き、突いてきたのであった。
そして、防衛のためすでに出撃を済ませていたBポイントのPL小隊にも、その毒牙は襲いかかったのである。
『――うおっ!?』
どこからともなく飛来した矢が、ヴァイキンの頭部を貫く。
『――チクショウ! 一機やられた!』
『どこに潜んでやがる!? 反応がねえぞ!?』
機能停止して沈黙する僚機をよそに、残る二機のヴァイキンが周囲を警戒するが、その努力は実らない。
これがもし、通常のビーム兵器による攻撃であったならば、いかにヴァイキンのセンサーが粗悪であろうと、即座に熱源を探知できていたはずだ。
だが、この敵に対して、そのような索敵方法は意味を成さない。
瞬間、カゲロウめいた反応こそレーダーにあるものの、そこへカメラを向けてももういないのだ。
遺伝子配列じみたパッチワークの宇宙基地を背に、周囲へ浮かぶ小惑星帯に視線を凝らす。
こうしてみると、『薔薇の園』を偽装する役回りだった隕石群が、自分たちを捕らえる檻のように思えた。
『くそ! どうすりゃいいんだ!』
『お困りのようじゃねえか!』
潮目が変わったのは、そうしている時のことである。
別ポイントに展開していたヴァイキン一個小隊が、こちらへ急行してきたのだ。
『相手は、多分一機だろう?
これだけ数が揃えば、なんとでもなるだろうぜ』
マニュピレーター代わりに左腕部へ取り付けられたマシンガンを掲げながら急行する姿が――頼もしい。
数というのは、戦場において絶対の真理だ。
まして、敵はこそこそと隠れ潜んでいるのだから、多数を相手にする自信などないと自ら吐露しているも同然であった。
一機か、あるいは二機が犠牲になるかもしれない。
だが、残るヴァイキンで相手を蜂の巣にできる。
そう考えたヴァイキンたちは、スラスター光と共に互いの背後をカバーする密集隊形となったが……。
そこに、一本の矢が飛来した。
しかも、それは先までヴァイキンたちを串刺しにしていた通常の矢ではない。
海賊のパイロットたちが、それを知覚する暇はなかったが……。
矢じりの部分がPL用グレネード弾のそれへと換装されていたのである。
しかも、これにはセンサーが内蔵されており……。
密集隊形を取るヴァイキンたちの中央部へ飛来した矢は、センサーの指示に従い、ただちに弾頭を起爆させた。
爆発が、ヴァイキンたちを包み込む。
近年では、用いられることが少なくなっている実弾兵器であるが、千年以上も前から、火薬開発というのは兵器研究の基本である。
人類の英知が結集した爆薬は、小型弾頭を用いたそれでありながら、十分な破壊力を伴って五機のヴァイキンを包みこんだのであった。
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「……よし。
グレネード弾は有効だ」
小惑星帯にアーチリッターを潜ませ、壊滅した敵小隊の姿を確認した俺は、静かにつぶやく。
リッターに背負わせているアロー・ラックの装填数は有限。
リアクターが破壊されない限り、事実上無限に発射可能なビーム兵器類とは異なり、無駄に消費してしまうわけにはいかない。
そのため、合流しようとする別小隊の姿を認めた俺は、相手がひとまとまりになるのを待ってから、特殊弾頭――グレネード付きの矢で一気に全滅させたのであった。
そう、勝機を生み出すための機体であるアーチリッターが備えた矢は、一種類だけではない。
通常の矢に加え、たった今使用したグレネード矢……。
そして、これから使用しようとしている矢の合計三つを用意してある。
「ミドルボウは収納。
代わって、ロングボウ展開……」
俺のコントロールに従い、リッターが手にしたミドルボウを後腰のハード・ポイントに装着した。
代わって展開されたのは、左腕部へ直接装備されているロングボウだ。
手持ち式のミドルボウに比べ取り回しに劣るこちらは、その代わり、より高威力かつ高精度の狙撃を可能としている。
「矢は、トリモチをセレクト……」
背部のアロー・ラックが、俺の選択通りに特殊矢を排出した。
リッターがそれを手に取り、弓へつがえる。
弓矢に合わせ調整した狙撃モードで狙うのは、今まさに、敵機が出撃を図ろうとしている一画……。
廃棄された輸送船を転用してると思わしき出撃口だ。
「照準――セット」
主力量産機の立場に恥じぬパワーを発揮したリッターが、ロングボウの弦を引き絞った。
AI補正された火器管制システムが狙いを定め……今!
「――いけっ!」
周囲を探るためか、ちらちらと顔を出していたヴァイキンの鼻先に向けて、トリモチ矢を放つ。
放たれた矢は、グレネード矢と似たような弾頭を備えているが、巻き起こすのは爆発ではない。
あえていうなら、これは――噴出。
カラドボルグ戦で使用したトリモチ・ランチャーのそれと同じ粘着樹脂が、クモの巣めいた放射で出撃口を塞いだのだ。
「効果を確認している暇はありませんが、実弾兵器しか持たぬヴァイキンでは容易に抜けられないでしょう。
そのまま混乱を増してくれるなら、良し。
脱出のため外壁を破壊してくれるなら、寄せ集め構造の敵基地にダメージを期待できます。
まあ、好きなだけ悩んで、お好みの方を選んでください。
何もしないのも、大歓迎ですよ」
機体のプラネット・リアクターを最大出力からステルス出力に移行させ、最小限のスラスター噴射でポイントを移動する。
FPSゲームなどで一つの居場所に固執するスナイパーを俗に芋砂と呼ぶが、そのような轍を踏む気はなかった。
素早い移動と狙撃により、敵へ混乱と恐怖を撒き散らす。
それこそが、アーチリッターという機体で想定している運用法なのである。
「イイ!
この機体は――イイ!」
操縦しながら、俺は確かな手応えを感じていた。
この機体には、無限大の応用力がある。
それはきっと、対集団のみならず、あの試作機を始めとする強敵相手にも通用するはずなのだ。
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次回は、ジョグの無双回です。
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