カミュ·ロマーノフの逆襲 16
ゼロ距離に等しい至近から、艦砲砲撃の連射をパレスが受けたこの状況……。
普通ならば、大逆転チャンス! 今度こそ敵の首魁を討ち取ったり! と考える場面であろう。
誰だってそう考える。俺だってそう考える。
当然、ハイヒューマンたちだって、そう考える。
ゆえに、ゴールドカラーのOTたちが見せた挙動も、ルガーたちが見せた動きも、パレスの救援へ向かおうとするもの……。
言ってしまえば、これは、条件反射的な行動であり、やや過剰な防衛本能であった。
なぜなら、頑丈極まりない船体構造を誇るパレスは、これほどの砲撃を受けた上で耐え抜いており、いまだ健在だったからである。
見てみると、本体を防御する多重複合装甲の第一層……熱吸収材に関しては、いくつか赤熱化し尽くして剥離しているようだがな。
これは――当然ながら――数で劣るハイヒューマン側が、替えのきかない生産拠点であり根拠地であるパレスに、徹底した防御設計を施したため。
それによって発生するデッドウェイトは、リアクター出力にモノを言わせて解決したというわけだ。
よって、実際はまだまだ余裕があるし、なんならば目には目をで艦砲射撃による反撃を実施することも可能なパレスの射線を塞ぐ動きに入ってしまったのだから、これは、本能の領域までパレス……ひいてはマザーへの忠誠を刷り込んだハイヒューマンの明確な弱点だろう。
あるいは、いかなる局面においても、自分だけは生き延びようとするマザーの生き汚さが露呈したか。
何しろ、自身が操るルガー隊を真っ先に防衛へ回しているからな。
そして、機動兵器同士の戦いというものは、基本的に攻勢へ回った側が有利なもの。
劣勢へ追い込まれていた友軍機たちが、勢いを取り戻す。
とりわけ、あのシグを名乗った機体の暴れぶりはすさまじく、ケラーコッホを抑えるだけでなく、ベレッタやワルサーに対しても、合間合間でハンマーによる横槍を加えている。
得物の取り回しづらさを考えれば、驚異的な技量という他にないだろう。
おかげで、俺は嫌がらせするための余裕を得ることがかなった。
「さすが、総大将は自ら最前線に立つ」
銀河帝国軍旗艦――アドミラル·ネルソン。
古く……そして実直な設計の巨大戦艦を見下ろしながら、俺はそうつぶやいた。
カミュちゃんムズムズ――ハイヒューマン特有の思念波を伸ばして捜索した先に、やはり、求める人物は存在したのだ。
――……。
もっとも、俺のライブを受けた結果、彼の意識は上から被せられたマザーへの忠誠心その他によって混濁し、一時的な前後不覚状態に陥っていたが。
この状態でできることは、せいぜいが深い思考を必要としない条件反射じみた行動だけであるので、ますます、元気に動けているルミナール艦隊への疑問が深まる。
だが、今は俺のやるべきことをやるだけだ。
「皇帝陛下――お身柄頂戴!」
叫んだ俺は、ティルフィングの拳をアドミラル·ネルソンのブリッジへ突き立てた。
長らく銀河帝国軍の象徴を務めており、とりわけ、そのダメージコントロール能力には定評を持つのがこの艦であるが、オリジナル·リアクター持ちの全力パンチに耐えきれるほど堅牢ではない。
マニュピレーターは、たやすく複合装甲を打ち抜き、ブリッジ内部にまで達する。
そうすると、どうなるか?
当然、銀河で最も格式高い戦艦の頭脳部は、外宇宙との圧倒的気圧差へ襲われた。
ブリッジ内の空気が、轟々と外へ向かって吹き荒れる……!
ただし、ブリッジ内を彩る剥製や毛皮などが、これによって外へ吸い出されることはない。
ホテルではなく、戦闘に赴く連合艦隊の旗艦なのだ。
当然、いざという時――つまりこのような事態だ――に備え、ブリッジ内の調度品は全てが固定されている。
そして、固定されている状態なのは、ブリッジクルー各員もまた同じ。
彼らが腰かけているデバイスチェアからは伸縮式の命綱が伸びており、使用するクルーの腰へと装着されていた。
そのようなわけで……。
猛烈、などという言葉では言い表せないくらいの激しい風が吹き荒れる中、アドミラル·ネルソンのブリッジクルー各員は、座ったままの姿勢で頭を抱え込む。
飛行機事故の際、乗客に推奨されるものと似た姿勢。
ただ、日頃から身に染み込ませてきた訓練のみがモノを言う状況の中、どうしていいのか分からず、狼狽したまま座す人物が一人……。
年齢はお父様と同等かやや上くらいであろうが、元より若作りかつ、耽美な顔立ちをしていることもあって、まだまだ二十代後半でも通用しそうな雰囲気。
このような状況でも馴染みのテーラーで仕立てたスーツを着用しているのは、純粋にこれを気に入っているという理由もあろうが、それ以上に、この戦いが賊の征伐であると喧伝する意味合いが大きいに違いない。
この艦を預かる艦長より、さらに一段高い位置へアームで固定された専用デバイスチェアは、まるで玉座のようなこしらえ。
いや、これは正真正銘、王の座す席なのだ。
今、銀河でこのシートに座る資格を持つ人物はただ一人。
銀河皇帝――カルス·ロンバルド。
俺のライブによって前後不覚へ陥りつつも、この状況に本能的な恐怖は抱いているらしい彼が、無言のまま青ざめた顔でこちらを……。
ティルフィング改のマニュピレーターに搭載されたカメラを見つめていた。
目標確認。
あとは、回収するだけだ。
伸ばしたティルフィングの腕を妨害できる者など、この場に存在するはずもなく。
俺の操縦に従い、ティルフィングがカルス帝の座るシートをアームから引き千切る。
マニュピレーターは、オートでカルス帝をコックピットへ導き……。
その間、俺はコックピット備え付けのサバイバルキットから、ナイフを取り出す。
時間との勝負。
首元のスイッチを押すと、普段はスーツ内に収納されているメットグラスが展開された。
「耐えてくださいね」
聞こえないことは承知でつぶやきながら、コックピットハッチを開く。
カルス帝を引っ張り出しつつも、ティルフィングのハッチ部分はブリッジに空けた穴へと導かれており、地球生命にとって致命的な空間へ晒される時間が最小限のものとなるよう、配慮してある。
そこからは、素早い作業。
カミュちゃんライブが効いている影響か、特に抵抗しないカルス帝の腰に伸びている命綱をナイフで切断し、そのままコックピット内へ引き込む。
「奥へ詰めてください!」
「ぐえっ」
そして、ハッチが閉まると同時に蹴りをくれて奥へ押し込み、メットグラスを引っ込めた。
「――皇帝確保!」
同時に、オープン回線で叫ぶ。
回線を絞る余裕がないというのもあるが、それ以上に、これはヒソヒソ話で伝える必要がないからである。
なぜなら、嫌がらせはもう済んでいるのだから。
『各艦、砲撃を加えつつ撤退。
この戦場で正気を取り戻している者は、我らに協調せよ。
銀河皇帝は、カミュ·ロマーノフが確保した。
さらに――』
ケラーコッホをハンマーでけん制したシグから、例のボイスチェンジャー丸出しな声で、そのような通信が放たれた。
彼……あるいは、彼女が言わんとしていることを、察しない俺ではない。
すでに、必要なスキと距離は稼いでもらっており……。
逆襲開始と同時に切り離していたスピーカー·ポッドは、俺の意を受けてティルフィングの背後へと迫っていたのだ。
「――ドッキング!」
スピーカーとウィングバインダーの再装着を果たしたティルフィング改が、渾身のポーズをキメる。
『……貴様らが親切にも開発した決戦兵器もまた、カミュ·ロマーノフのもとで万全な状態を取り戻している。
――マザーよ。
あえて、この場はイーブンであると宣言しよう。
勝ちたいのならば、せいぜい追っ手を出すがいい。
もっとも、その時、カミュ·ロマーノフが歌うだけの時間は、わたしが確実に稼ぐがな』
謎の人物に命じられ、ルミナール軍の各艦が素早く撤退行動を取り始めた。
ハーレーを始めとする味方の各艦と艦載機も、それに続き……。
ハイヒューマン側は、それを睨んだまま――動かない。
これが、嫌がらせの真相。
この戦いは人間同士による大戦争であり、錦の御旗がどれだけ重要であるかは、語るまでもない。
頭である銀河皇帝を抑えておけば、俺たちにもまだ戦うことはできるのだ。
それにしても、シグを始めとするルミナール軍の助力には、感謝するしかない。
俺が想定していた形というのは、皇帝だけどうにか確保して、あとはティルフィングの機動力頼りで逃げ続けるというものだったのだから……。
「一体、何者……?」
この撤退行は、おそらく成功する。
その確信を抱いた俺は、そうつぶやくのであった。
--
第一部、完。
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