カミュ·ロマーノフの逆襲 12
白銀の機体を構成するラインは、禍々しい曲線が交差したものであり……。
その均整が取れたボディは、それこそ、軽量級のボクサーを彷彿とさせる。
だが、普段は肩と腰に装着されているナックルカバーは、いざ装着してみると人間のボクサーが使用するそれに比べて、圧倒的に――大きい。
ボクサー型の格闘オムニテック――ワルサー。
その象徴とも呼べる武装であるナックルカバーユニットが、どうしてかくも巨大なのか?
それは、この装備が、ただマニピュレーターを保護するだけの代物ではないからだった。
……ビーム砲。
この武装は零距離での格闘戦を実現すると同時に、距離を置いた際の射撃戦をも可能とする万能兵装なのである。
しかも、これはただ荷電粒子を加速させ、収束して撃ち出すだけの武器ではない。
カバー上面という、一見して明らかに射撃兵器として不適切な箇所へ設けられた砲口部には、なんらかの力場が形成されており、それは発射されたビームの軌道を自在に変更させるのだ。
例えば、帝国軍の一部を抑えていた時には、拡散ビーム砲として運用されていたようだし……。
今、このティルフィング改に向けて放ってきたそれは、メジャーリーガーの変化球じみたカーブ軌道を描いているのであった。
俺が初見でこれを回避できたのは、「曲がるビームを撃つことも可能だろう」という予測がついていたから。
ラスベガスを巡る攻防終盤でフルボッコにされた際、ビームの湾曲能力があることは確認していたからな。
そういう性能を持つ機体が、どんな攻撃を仕掛けるか……。
その手のイマジネーション能力は、前世で散々鑑賞してきたロボットアニメによって鍛えられている。
ただ、どの方向に曲げてくるかまでは、前世の知識じゃ予測がつかない。
それをひらめかせたのは、教科書通り、セオリー通りにワルサーとの挟撃位置を俺の意図通り取らされ、凝りもせずスピアボードでの突撃攻撃に移行しようとしていたブラックホーク――ドニーであった。
通常の場合、当たり前だが、友軍機に当たる射線で攻撃はしない。
だから、俺はあえてブラックホークと反対側に機体を翻させる。
勘は――的中。
ワルサーが放った灼熱の重金属粒子は、無防備なブロンズカラーの友軍機に命中したのであった。
「やはり、味方を釣り餌にしてきた……!
それが、そちらのやり口か!」
当たってほしくはないと、瞬間考えていた勘が当たり、見たくはなかった光景が現実のものとなり、そう叫ぶ。
元より、運動性能重視で、原型機たるルガーと比べても、圧倒的に装甲の薄いブラックホークだ。
複合装甲は、いささかもビームを防ぐ役には立たず……。
曲がるビームが命中した右肩部は、根本からごっそりと抉り取られる形になった。
パイロットが搭乗する胴体部にダメージが及んでいるかどうか、際どい被弾位置……!
「――ドニーちゃん!」
荷電粒子が貫通した衝撃で体勢を崩し、きりもみ回転しながら吹っ飛んでいくブラックホーク……。
その姿を見ながら、俺は思わず叫ぶ。
どうやら、パイロットは――無事。
足裏に装着されたスピアボードが、オートの挙動で体勢立て直しを行っていた。
『余裕だねー。
……お友達の心配かな!?』
――殺気!
気を取られていたわずか一瞬に、白銀の拳闘士はこの機体へと接近を果たしている。
しかも、PLの装甲越しにこちらの肉体を切り裂くと思えるほど攻撃的な気迫は、一方向からのみではない。
『これで、やりやすくなりましたね』
乱戦中であり、ステルスプロジェクターを駆使する余裕があるわけもない。
そもそもが、非常に視認性の高いゴールドカラーである。
にも関わらず、ひっそりと闇から滲み出してくるような唐突さで、ケラーコッホが大鎌を振り上げていた。
死神めいたデザインの機体であるが、それを伊達でなくしているのは、パイロットであるクックーの技量と息遣いだ。
意識の間隙を縫ってくるとでも、言えばいいのか……。
ともかく、ふと気づいたその瞬間には、こちらへ致命の一撃を入れんとしてくるのである。
「――ちい!」
前門の虎後門の狼とは、まさしくこのことか。
この二機……ブラックホークが行っていたような、機動力に任せた体当たりとは近接戦の次元が異なった。
まさしく阿吽の呼吸でもって、攻撃を重ね合わせてくることだろう。
ハイヒューマンたちによる改造の結果、このティルフィング改は大幅に性能を向上させている。
また、パイロットである俺自身も彼らの手で鍛えられ、随分と腕を上げた自覚があった。
それでもこの状況は――詰み。
……俺一人であったならば、だが。
『そうそう挟撃を成立させはしないよ』
言葉と共に、ワルサーとの間へ楔めいて撃ち込まれるのは、荷電粒子ビーム。
リッターが装備する一般的なそれよりも、やや高出力さが感じられる一撃を放ったのは、白き聖騎士じみたデザインの万能型PL――ミストルティンだ。
「アレル様、助太刀感謝!」
その一撃に素早く礼を言いながら、俺はワルサーに目もくれずケラーコッホへと向き直った。
同時にティルフィングが構えるのは、近接刃一体弓型ユニット――アルテミス。
――ガッ……ギギ!
振り下ろされたデスサイズの先端部を、専用弓に備え付けられた粒子振動ブレードで受け止める。
そのまま、互いのパワーを比べ合うかのように、刃同士で押し合う……。
最初、パレスへの攻撃を妨害された時と同種の攻防だが、あの時と今とで、大いに異なっている点があった。
それは、互いに援軍が来ているということ。
「――おおっ!」
単純な出力では、このティルフィングに取り付けられたオリジナル・リアクターが勝っているということだろう。
あるいは、味方の意図を察知したクックーが、あえて力の流れに逆らわなかったか……。
ともかく、フルパワーでアルテミスを振るうと、ケラーコッホは後方へと押し戻される。
同時に、ティルフィングの足裏に備えられたバーニアを全力噴射して、たった今、鍔迫り合いをしていた空間――つまりケラーコッホの手で縫い留められていた位置――から飛びすさった。
すると、先までティルフィングがいた場所を薙いだのは、荷電粒子の閃光。
ビームの数は、都合三つ。
いずれもが、ティルフィングの頭部や胴体など、一撃で致命傷となるだろう箇所に向けて放たれている。
「……この精密射撃は、さすがと言うしかないですね」
カメラアイを向けてみれば、援護射撃の主たちはガンマンめいたシルエットの機体と、いかにも貧弱そうで直接戦闘は想定していなさそうな機体……。
共に黄金色で塗られたOTは、ベレッタとスタークだ。
スタークの方は、撃破された機体のものでもはぎ取ったか、普段の実弾ライフルではなくルガーのガンロッドを構えており……。
ベレッタの方はいつも通りの二丁拳銃だが、これは、ケラーコッホへの巻き添えを考慮してか、通常の艦砲射撃めいた出力ではなくかなり抑え目に撃っていたと見える。
「ケラーコッホ相手でも出力は抑えた……」
そこに勝利のカギを見い出しつつも、機体の体勢を立て直す。
このままなら、二機のOTを相手に、弓矢は真っ向勝負で銃にかなわないという当たり前の法則を証明して終わるだけだが……。
そうはさせじと、雷光のごとき飛散粒子をまとった艦砲級ビームが放たれ、ベレッタたちの足を止めた。
『お嬢様!』
グラムによる支援射撃だ。
見れば、ケンジが操るクサナギもまた、こちらへ割って入ろうとしてくれている。
かと思えば……。
「ドニーちゃん……。
味方に撃たれて、なおやりますか」
パイロットも機体もどうにか致命傷を逃れたらしいブラックホークが、再び攻撃体勢へ入っており……。
どうやら、ここから先は超乱戦の気配を呈していた。
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忠犬ドニ公。
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