カミュ·ロマーノフの逆襲 11
「……やってくれたよねぇっ!
これはもう、許してあげることができないかなあっ!」
戦闘を楽しんだ末の挑発ではなく……。
ただ、感情のままにコックピットで声を張り上げるというのは、クリッシュというハイヒューマンにとって初めての経験であった。
つまり、それだけの非常事態であるということ。
自分たちの主であり、心臓そのものともいえるマザーが、直接の攻撃に晒される……。
この状況は、生み出されて以来初となる劇的な反応を、コードネーム持ちのハイヒューマンたちへもたらしたのだ。
『………………』
自分と並んでパレスへ向かうベレッタからは、パイロットたるヴァンガードの言葉が何も無い。
それは何も、余計な口をきかないという意味ではなく、精神から徹底的に余分を排除されているのであった。
協調して戦うべく思念波で繋がってみれば、彼から感じられるのは、機械のごとく組み立てられた戦術の数々……。
自分たちはこれから、どのようにカミュたちへ仕掛けるか。
また、カミュたちはそれに対し、どのような返しを行ってくるか。
これに対し、自分たちはまたどのように返すか。
ショーギやチェスなど、盤上遊戯の巧者が幾重にも未来を見通し、二手も三手も先を組み立てるように……。
未来予知じみた濃密さで、ヴァンガードは先を見通しているのであった。
これこそ、互いに思考が読めるハイヒューマン同士の中で、彼をトップエリートにまで上り詰めさせた力。
無数に存在する択のことごとくを想定し抜き、最適解へ瞬時に至る基礎能力の高さは、クリッシュ同様にマザーのDNAを使用されているだけのことがある。
遊びも何もなく、ただ全能力を戦闘に向けている今の彼こそ、間違いなくハイヒューマン最強の騎士であるといえるだろう。
『――クリッシュ!
――ヴァンガード!
敵機たちを、パレスから追い払うわよ!』
一方、普段とは全く異なる反応を見せたハイヒューマンが、もう一人……。
アノニマスである。
やや貧弱にも見える細身のシルエットに、唯一の武器であるライフルを携えたゴールドカラー――スタークを駆った彼女は、機体が持つ機動力の差からやや遅れつつも、ワルサーとベレッタを支援可能なポジションへ位置取っていた。
その後ろへ、追っかけじみて続いているのが、リッターの部隊……。
当然ながら、ハイヒューマン側に属している機体たちではない。
スターク唯一の武器にして最大の特徴であるハッキング弾を撃ち込まれ、アノニマスが意図するままに操られているのだ。
その数は、多い。
中隊以上、大隊未満の数が、手動権を持つスタークに追従していた。
問題は、いかに傑作機であるとはいえ、一般量産機であるリッターがオリジナルのクリスタル·リアクターを持つスタークに、追いつけるはずもないということ。
懸命にプラズマジェットを噴射してはいるものの、兵隊アリのごとく連なったリッターたちは、置き去りを食らうような形となっている。
これにより、考えられる問題が一つ……。
――アノねーちゃん。
――弾、残ってるの?
そのことを、思念波で直接に尋ねた。
銀河帝国軍の主力以外に先んじて強襲を仕掛け、分断する……。
ゴールドカラーのOTをもってすれば不可能な任務ではないが、だからといって、簡単というわけでもない。
金色に塗れば、装甲の強度が増すなどという道理はなく……。
敵のビームに直撃すれば、クリッシュたちの愛機も一発で木っ端微塵なのである。
それが、圧倒的多数相手に自ら飛び込み大立ち回りを演じてきたのだ。
まして、本来は直接戦闘するのが役割ではないスタークであるから、余分など残してこれるはずがない。
予備弾倉に至るまで撃ち尽くし、徹底して敵をかく乱してきたのだろうと、クリッシュは推測したが……。
――一発たりとも残弾はないわ!
――いざとなれば、この手足で相手を倒す!
アノニマスから返ってきた思念は、それを裏付けるものなのであった。
それにしても、情報分析を担当し、常に冷静沈着な彼女がここまで攻撃的に意識を染め上げるのは、初めてのことだ。
マザーの窮地に、激昂しているのである。
だが、それは、クリッシュとて同じ……。
いや、情けなくもカラドボルグやグラムの手で混乱しているルガー隊パイロットたちや、間一髪のところで先んじて割り込めていたドニーとクックーも同じだろう。
まるで、心臓を鷲掴みにされたような……。
その上で、これを握り潰さんと力を込められたような……。
言葉にできぬほどの恐怖と危機感が、全ハイヒューマンを襲っていたのである。
「さあ……。
――いっくよ!」
ゆえに、爆発した。
本来、カミュ·ロマーノフという少女は、クリッシュにとってわけもなく惹かれる特別な『お気に入り』であったが……。
そのような情は一切捨て、装着されたワルサーのナックルカバーから、偏向ビームを発射したのである。
帝国軍の一部を抑えていた際は、拡散ビーム砲として運用したが……。
当然ながら、これは通常通り一本の荷電粒子ビームへ収束させることも可能だ。
ただし、白銀の愛機――ワルサーから今回放たれるそれは、単なる高出力の破壊光線ではない。
まさに、弧を描き……。
カーブしながら、カラシニコフへとおそいかかったのである。
そもそも、ワルサーのビーム砲というものは、ナックルカバー上面に砲口部が存在しており、普通に発射しただけでは明後日の方へ飛んでいくばかりであった。
それを射撃兵器として成立させているのが、カバーが形成するビーム偏向フィールド……。
クックー操るケラーコッホのバリアと同種の原理を用いたこれは、ビームを霧散させるのではなく捻じ曲げる。
ワルサー本体から見て上に向けて放たれたビームは、瞬時に直角へ曲がって通常のビーム同様に直進するのだ。
そして、その力場を網状にすれば拡散ビーム砲として働くし、単発ビームとして用いる場合も、今回のように大リーガーの変化球じみた軌道を描かせることが可能であった。
まさに、遠近両用の万能機。
基本的には人形機動兵器の真髄――格闘戦を前提としているのがこのワルサーであるが、距離を置いた際の戦闘においても、なまかな機体を寄せ付けぬ実力なのである。
迂闊な回避運動を取れば、避けた先にビームが追ってくるという通常の射撃攻撃ではあり得ない挙動……。
これに対し、カラシニコフが迷うことなく左側への回避運動を行ったのは、パイロットであるカミュの成長を感じさせた。
何も、当たったなら仕方なしと、一か八かの賭けに出たわけではない。
互いの思念波を阻害するハイヒューマンという独自性質を備えていながら、彼女は確かにクリッシュの意図を読んだのだ。
その証拠に、カラシニコフが回避したのと逆――右側からは、スピアボードに乗ったブラックホークが攻撃軌道に入っており……。
カラシニコフに回避された偏向ビームは、丁度、ブラックホークの攻撃軌道上へと乗ったのだ。
――え?
瞬間……。
伸ばされたドニーの思念波が、クリッシュに向けてそう訴えかける。
どうして?
見えているはず?
味方のはず。
なのに、なぜこの軌道へ?
このような時、言葉に比べ圧倒的な情報量を込められる思念波というのは便利なもので、それだけの感情が流れ込んできた。
それに対し、クリッシュは冷ややかな眼差しをしながらこう答えたのだ。
――だからこそ、そっちには撃たないと、カミュちゃんが考えると思ったんだけどなー。
――クックーさんの足を引っ張ってばかり。
――ペアとかいう役割を与えられていながら、心理的な重石にもなれない。
――挙げ句、マザーを危険に晒した。
最後の言葉は、肉声で。
「使えないハイヒューマンなんて、必要ない」
弧を描く荷電粒子の奔流は、ブラックホークの右肩を付け根から抉り取った。
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無能な味方など不要ら!
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