カミュ·ロマーノフの逆襲 8
音波でもなければ、電波に乗っているわけでもない……。
ああ、これが話にあった思念波というやつなのかとうっすら考えた状態で浴びたのが、クソ女による久しぶりのライブ。
ということは、明らかに生のそれではなく、なんらかの情報をこちらの脳髄へ直接に叩き込んできたものであるのだが、ともかくそれは、ジョグの意識をかく乱させ、一時的な前後不覚状態へ陥れていた。
着慣れたパイロットスーツに包まれた肉体は、指一本に至るまで、まったく言うことを聞かず……。
頭の中では、ハイヒューマンこそ真の仲間であり、助けねばならない存在だという意識が、ガン細胞のごとく膨らみながら増殖し、ジョグという人間の人格そのものを塗り替えようとしていたのである。
そんな状態から不意に解き放たれ、元の自分へと戻れたのは、まさしく根性の発露である、と、言いたいところだが……。
あいにくとそうではなく、なんらかの理由あってのことだと、推測せざるを得なかった。
『その様子を見ると、君たちも我を取り戻したようだな!』
『さて、どうだろうか……?
私には、いまだハイヒューマンというのを同胞として認識している部分がある』
『ボクもです。
これは、意識を塗り替えるというより、認識をすり替えるといった方が確かな現象なのかもしれません。
それが、ボクたちにだけ作用しきらなかったのは、まったくもって謎ですが……』
アレルにケンジ、ユーリ……。
お上品な言い方をするならば、共に轡を並べていた者たちもまた、正気に戻っていたのである。
しかも、彼らばかりではない……。
『とにかく!
正気に戻れているのは、あたしたちIDOLを除けば、皇帝陛下を防衛している旦那様だけのようです!
幸い、お嬢様の歌を聞いた方たちは、皆が皆、あまりの神ライブならぬカミュライブぶりに呆然自失としている様子!
ここは、すぐさまお嬢様の下へ急行し、お助けしましょう』
『『『ヒャッハー!』』』
エリナを始めとするハーレー及びティーガーの搭乗員たち……。
それから、アットン、ベン、クレイルのバイデント隊三名もまた、意識を取り戻していたのであった。
いや、彼らだけではない……。
通信回線が繋がっていないため詳細は分からないが、後方のラノーグ公爵軍及びタナカ伯爵軍の所属PLと艦艇もまた、本来の状態へ戻っているようである。
まるで、ジョグたちのPLが盾となってクソ女の歌がもたらす洗脳を防ぎ、後方に至るまで守り抜いたかのよう……。
だが、そんなことは今、気にする必要がない。
どうやら、あのクソ女がハイヒューマンのボスを直接攻撃し、一番の大手柄を狙っているようなのだから……。
「――ハッ!
なんだか、よく分からねえけどよおッ!」
だから、ジョグは笑う。
この笑みは、何かがおかしいから浮かべているのではない。
内から漏れ出た闘争心の発露だ。
「今行くぜェ!
クソ女ァ!」
最速のPL――カラドボルグは、主の意思へよく応えた。
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そして、金ピカの死神じみた機体と、サーファーみたいな機体に、一撃をくれてやったわけだが……。
「――ケッ!
そういやあ、不意打ちにはメッポー強いんだったなァ」
交差する形で通り抜け、もはや後方に位置するカスタムタイプ二機を後ろ目にしながら、そうつぶやく。
これはいうなれば、ゲームで見た中世騎士の騎馬突撃。
勢いを殺さぬまま、敵陣の中へ駆け抜けていく戦法である。
この戦法が持つ長所は、なんといってもトップスピードが死なずに済むこと。
短所は、そうして突っ込んだ結果、自分から包囲されてしまうということだ。
これは、火器が発達する前の時代には、顕在化しなかった弱点。
騎馬戦士の全盛期ならば、最強の突撃力をもって周囲の兵など寄せ付けず、そのまま敵陣後方まで駆け抜けてしまえばよかったからであった。
しかし、今の時代で同種の戦法を取った結果、カラドボルグはトリシャスやら遅れてきたルガーやらに、全方位から荷電粒子の砲口を向けられているのである。
……が。
「関係ねえなァーッ!」
操縦桿は手放し、折り畳み式コームで自慢のリーゼントを整えながら言い放った。
ジョグ・レナンデーはただの人間であり、当然ながら、相手の心を読む能力など持たない。
どころか、官軍に入ったせいで触れる機会が爆発的に増えた敬語というものにも上手く順応することはできておらず、ことコミュニケーション能力という点においては、敵であるハイヒューマンへ大きく劣っていると言う他になかった。
だが、そんな自分でも、敏感に感じ取れるものがある。
そんな自分でも、超能力じみた感覚で把握できるものがある。
ひとつは、敵対する相手の攻撃意思。
まるで、レーザーサイトのように……。
ジョグは、相手の攻撃意思と攻撃導線を、可視化して感じ取ることができた。
その能力が、超能力じみた感覚――俯瞰視点の三次元空間把握へと繋がる。
さながら、第三者が戦闘行為を観測しているかのように……。
ジョグは、自機を中心とした一定範囲において、敵味方がどのような配置で動いているのかを、目に見ずとも感じ取ることができていた。
実際、これはイーグル・アイとよばれ、二十一世紀地球においては実証されている天恵能力の一種なのだが……。
ジョグが頭一つも二つも抜きんでているのは、PLという分厚い装甲を備え、かつ、人類史でも他に類を見ない超機動力の兵器であっても、いかんなくこの感覚を発動できる点だ。
「なまっちれェーッ!
テメエらの攻撃、全部見えてるぜッ!」
三時、六時、七時、十時……。
都合四つもの方向から、レーザーじみた殺気がカラドボルグに突き刺さる。
それを己が肌のごとく察知したジョグは、フットペダルをわずかに踏み込みつつ、コームは握ったままの手で軽く操縦桿を操った。
「――ははァッ!」
瞬間、臓腑を押しつぶさんばかりに襲いかかってくるのが、猛烈なG。
通常、PLのコックピット内というものは、重力コントロール装置によって慣性などから守られているものだ。
だが、ジョグはあえてその効果を弱いものとしており、結果として、全細胞で機体の動きを把握することが可能となっている。
それが、じつのところピアノもかくやという繊細な調整が施されたカラドボルグの操縦系を、自由自在に操る助けとなっているのであった。
「どうしたどうした!?
オレの心は読めてるはずだよなあっ!?
……肝心の目ん玉が追いつかなきゃーよォー! 意味がねえぜっ!」
まさにこれは、ミリ単位の精度を誇る操縦。
ジョグがごくわずかな刺激を操縦桿やフットペダルに加えると、銀河帝国最速を誇る機体は、大幅に速度とマニューバを変更させる。
あまりにも最高速が高すぎるため、この程度の操作だけでも、尋常ならざるアップダウンがかかるというわけだ。
そして、野球におけるテクニックの一つとして、スローボールというものがあった。
通常ならば、時速140から150キロからの玉が飛び交う中、突如として放たれる時速100キロ未満のボール。
やや山なりの軌道を描くそれは、速さへ慣れた打者の目を、ものの見事に幻惑し、あざむくのだ。
同じ現象が今、ハイヒューマンたちに起こっている。
ジョグの考えは読めているだろうに、目がかく乱され、まるでズレたところにガンロッドのビームが放たれるのであった。
せっかく、全方位から囲んだルガーたちであったが、これではまったく無意味……!
「まだまだ、こんなもんじゃねーぜェー」
あらゆる方向から放たれるビームの、どれか一発でも受ければ致命的。
この状況をジョグが楽しめているのは、後背にクソ女の気配が感じられるからか、どうか……。
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