カミュ·ロマーノフの逆襲 6
従者のごとく追従していたブロンズカラーの機体が、一見すれば槍に見えた武装に乗って漆黒のOTへと襲いかかり……。
以前、ラスベガスを巡る攻防戦で現れた黄金OTの一機が、敵旗艦と黒いOTの射線を塞いでいる。
さらに、熟練した戦闘者特有の広い視線で見てみれば、トリシャスとルガーによる混成部隊が、クモの巣めいた粘着樹脂の結界――それにしても広大なカバー範囲だ――によって、行く手を遮られていた。
破壊した巡洋艦のハッチから飛び出し、これらの事実を素早く拾い集める。
そうして結論を出すまでの間は、一秒に満たないだろう。
だが、ウォルガフの中にはハッキリとしたロジックが存在していた。
そう……。
「間違いない!
カミュが敵の首魁を討たんとしているのだ!」
なればこそ、敵の精鋭が旗艦ブリッジをガードし、ブロンズの随伴機は守るべき機体を攻撃している。
そして、カミュは得意戦法たる特殊矢の結界により、ザコが群がってくるのを防いでいるのだ。
そういえば、娘が乗っていると思われる漆黒のOTは、象徴的な装備であるスピーカー·ポッドを失っていた。
これは、破壊されたか、あるいはデッドウェイト化するので破棄したのであろう。
ならば、ウォルガフが取るべき行動は一つ。
愛娘の援護のみである。
ゆえに、迷うことなくティルフィングのビームライフルを敵旗艦に向け、発射したが……。
「ふん……。
そういう小細工が使えると、ラノーグ公爵は報告していたな」
PL数多しとはいえ、その中で一、二を争うだろう高出力の荷電粒子ビーム。
十分な加速が加えられた重金属粒子の閃光は、死神めいた敵機の眼前で、霧か霞のごとく霧散して消滅したのだ。
なんらかの超技術を用いた耐ビームバリア……!
「磁場でも作っているのか、あるいは他の技術か……。
ともかく、そのバリアないしフィールド……。
実体剣を防ぐことはできるかな?」
言いながら、ティルフィングにライフルを手放させ……。
代わりに、左腰から折り畳み式の粒子振動ブレードを引き抜く。
手から離れたライフルは、スマート·ウェポン·ユニットとしての機能を発揮し、牽制射撃を見舞った後、右肩に再装着された。
「くるならこい、か。
潔い」
それを迎え撃つべく、黄金のOTがデスサイズを構える。
たちまちの内に接近を果たしたティルフィングが、挨拶代わりに袈裟がけの斬撃を放ち……。
敵機は、それを鎌刃の背で受け止めた。
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「お父様? どういうことです?」
ティルフィング1号機の出撃……というより、出現か。
加えての加勢という状況に、俺は訳が分からないながらも通信機の周波数をいじった。
我がロマーノフ大公家で用いられる周波数など、目をつむった状態でも合わせることができる。
古式ゆかしいダイヤル式モジュール――誤操作防止措置だ――を操作し終えると同時、お父様の声が耳に入ってきた。
『カミュ! 聞こえているか!?
おれだ! お前のパパだ!』
ちょっと脱力してブラックホークの攻撃を捌く手が緩み、スピアボードの穂先が装甲表面を削る。
「……あー、聞こえてます。
その様子だと、正気を保てているようですね。
理由は、仕掛けたわたし自身にもまったく分かりませんが」
この緊迫した状況下で、真っ先に自分をパパ呼びしてくる辺り、正気ではないが平常運転であることは間違いない。
サウンドオンリーなので見えていないとは承知の上で、俺はジトリとした目を1号機に向けた。
『ふははははは! 親子の絆というしかあるまい!
お前の歌を聞いても、おれは正気を失わず、こうしてお前の窮地に駆けつけられ――たのだ!』
お父様の操る1号機が、言いながらケラーコッホのデスサイズを粒子振動ブレードで受け止める。
ただし、これは通常の剣同士が切り結ぶのとは異なり、やや大幅に後退して、本体ごと刃先を合わせにいった形だ。
これが、デスサイズという武器の唯一実用的な長所といえるだろう。
形状の都合上、普通のブレードやシールドで防ごうとすると、柄がぶつかってくるのみ。
肝心の刃は防御を回り込んで、あらぬ角度から突き立ってくるのであった。
それを防ぐとなると、このように大げさな動作が要求されるのである。
とはいえ、それはリーチという長所を活かした攻撃であり、長所とは短所にたやすく転じるもの。
長い得物は、振り回せば当然、戻すのに時間を要するものだ。
本来それは、1号機が懐に飛び込む決定的なスキとならねばならないのだが……。
「……上手い。
あんな大振りな武器を使っていて、ティルフィングほどの高機動機を寄せ付けない」
そんな弱点、クックーからすれば百も承知。
各部スラスターからのプラズマジェット噴射により、巧みに1号機から距離を取って入り込ませない。
通常、距離を取った相手に使われるビーム兵器は、ケラーコッホという機体に対し無力であり……。
一度手元に戻されたデスサイズは、文字通り必殺の威力を誇る侮れない近接武器であった。
要するに、1号機では手をこまねく状態。
というより、主武装の一つが択から外れている時点で、相性は良くないのである。
「――ならば!」
様子をうかがっている間にも、スピアボードに乗ったブラックホークが迫ってきたわけだが……。
今度の一撃は、回避するわけでも、近接両用の弓――アルテミスで切り払うわけでもない。
ただ、一瞬だけ各部スラスターの全力噴射を行なって軸合わせし、空いた左腕で――豪快なラリアット!
『――くあああっ!?』
接触通信により、ドニーの悲鳴がこちらへと伝わってくる。
ブラックホークのスピードと、ティルフィング改の誇る圧倒的なパワー。
両者が合わさった結果、ハイヒューマン製の重力コントロール装置でも殺しきれない衝撃が彼女を襲ったのだ。
一瞬、この小さな胸に罪悪感は去来した。
しかし、今はのるかそるかの決戦中であり、センチメンタルな情に振り回されている暇などない。
構うことなく、フットペダルを最大まで踏み込む。
今は、ティルフィング改の左腕がブラックホークの喉元へと食い込み、互いのスラスター噴射が押し合っている状態。
果たして、スピアボードという追加兵装の推力も加わっているあちら側に、このティルフィング改は――上回った。
これこそが、『遺跡』から発掘されたオリジナルのクリスタル・リアクターが持つ超パワー。
我が愛機は、ジャンプ競技するスキーヤーじみた姿勢で各部スラスターの恩恵を最大に受け、見事にブラックホークを押し込んだのである。
あるいは、「ふおお⁉」とか言ってる野菜星の王子をラリアットで岩盤にめり込ませる場面の再現か。
だが、そうやってブラックホークごと突進するのは、物言わぬ巨岩ではない。
今現在、1号機と切り結ぶ――ケラーコッホ!
「――これで!」
叫びながら最大パワーでティルフィング改の左腕を振るう。
すると、がっちりホールドされていたブラックホークは、当然ながら強大なパワーによって投げ放たれた。
だが、あまりの超パワーによってそれがなされているため、さながら人型をした砲弾と化している。
『ほう! そうきたか!』
すぐに俺の意図を察し、ケラーコッホから距離を取ったお父様が叫ぶ。
そう、俺の狙いは、まさにブラックホークを砲弾代わりとすること。
これを撃ち込まれては、さしものケラーコッホといえどたまらない。
一瞬、逡巡はしたようだが……。
結局、デスサイズを片手持ちにし、受け止める選択をしたようだった。
絶好の好機!
「お父様! 敵のブリッジを!」
『おう!』
1号機とのダブルティルフィングで、今度こそマザーにトドメを刺さんと武器を構える。
だが、俺たちの機体が攻撃に出ることはなかった。
それより早く、駆け付けたトリシャスたちが腕部ビームガンを連射してきたのである。
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