カミュ·ロマーノフの逆襲 4
突撃にして襲撃にして蹴撃……それが、ブラックホークという機体の真骨頂だ。
何しろ――身軽。
最初にこのボード戦法を見い出したのはクリッシュであるが、あの時、彼女が搭乗していたのはマグであり、本来想定されていなかった武装の使い方ということもあり、動きにはいささかの固さがあったと思う。
だが、そのデータを基にカスタマイズされたこのオムニテック――ブラックホークに、そのような弱点は存在しない。
一見すればアクションゲームのモブ敵めいている貧弱な外装は、余分な質量を削ぎ落として軽量化し、関節可動域を極限まで柔軟なものとしたため……。
それが、一種全身運動の極致めいているボードアクションを滑らかなものとしているのだ。
それによって繰り出されるスピアボードの攻撃は、一撃一撃が猛禽類の狩りを思わせる鋭いものである。
わずかにでも、スキを見せたならば……。
パイロットであるドニーの目が良いこともあり、すかさず、そこへと向かって超高速のダイブが敢行されるのであった。
難点があるとすれば、それは、俺によって導かれた動きであるという点であろう。
「やはり、フェイントに弱い。
こちらが見せたスキを、素直に突いてくるだけならば、対応法はある」
近接刃一体弓型ユニット――アルテミスのブレードも用い、何度目かブラックホークの突撃をいなしながら、俺はそうつぶやく。
「わたし自身がハイヒューマンとして暮らし、その訓練を受けたから分かる。
あなたたちハイヒューマンは、なまじ精神干渉が可能である分、駆け引きと騙し討ちに弱すぎるんだ。
だから、心が読めない相手に対しては、教科書通りの攻撃をしてしまう」
戦闘というものは、相手の動きを見ながら狙いも推察し、攻防を組み立てていくものである。
その思考というのは、将棋やチェスなど盤上遊戯に近しいところがあった。
ハイヒューマンというのは、その組み立てにおいて最適解が分かるチートを使っているような人種なのだが……。
チーター対策されてしまうと、かくも単調にして単純な動きしかできなくなってしまうということか。
つまり、良い動体視力をしていながら、これは、半ば目を塞がれている状態。
心の目に頼りすぎて、生の目が活用できていない。
さらに、付け加えるならば……。
「ボードの機動力は素晴らしいけど、攻撃はどうしても直線的。
さらに、一撃一撃でカットバックによる立て直しが必要だから、大きな旋回半径を要してしまう。
それがケラーコッホとの連携を欠かせている」
ボードによる突撃――あるいは蹴撃を繰り出しては、ヒット&アウェイとばかりに百八十度ターンして再アタックしてくるドニー……。
その動きは、ティルフィングを中心とした衛星めいている。
つまりこれが何を意味しているかというと、ケラーコッホのような純近接戦闘機が近寄りがたい状況を生み出しているのだ。
ドニーには悪いが、ハッキリ言って邪魔してるだけの状態……。
「旧日本軍のパイロットも、末期は即席練成であったために決まり切った回避運動しかせず、たやすく撃墜されて七面鳥と呼ばれていたという……。
心を読めず、アドリブも応用もきかなければ、こんなものか」
ゆえに、数的単位としては二対一にありながら、俺は若干の余裕すら持てる状態となっていた。
とはいえ、そんなものも、長くは続かない。
「トリシャスとルガーに囲まれてしまえば、いかにこのティルフィング改でも袋叩きにされて終わってしまう。
どうにかしてかいくぐり、マザーを仕留めなければ……!」
ティルフィングの右手がアルテミスを振るい、空いた左手が腰のアロー·ラックから矢を引き抜く。
三本ほどまとめて握ったのは、毎度おなじみにしてお久しぶりな――トリモチ矢。
ブラックホークの攻撃をかいくぐりつつ、ダートめいた投擲によって投げ放つ。
そんな状況だから、恐ろしく不自然なモーションとなってしまい、これは生の人間ならばろくに飛距離が出せず、ついでにぎっくり腰となる状態……。
だが、関係はない。
俺が搭乗したマシーンは、オリジナル·リアクターの強大なパワーを余すことなく内部機構へと伝達し、恐るべき膂力でもって矢の投擲に成功していた。
しかも、大気圏内ならぬ真空の宇宙空間であるため、これはいささかも減速することなく、目的の空間へと向かっていったのだ。
すなわち、我へと返ったトリシャスやルガーがこちらへと向かう最短距離の空間に……。
「――爆発!」
油断なくブラックホークとケラーコッホの動きに目は配りつつも、トリガーを引く。
すると、投擲されたトリモチ矢の矢じりが爆発し、内部の粘着性特殊樹脂を吐き出した。
放射線状に広がるこれの形状は、まさにクモの巣がごとき……。
ただし、量が尋常ではない。
以前、アーチリッターが使っていた同種の矢は、さほど広い空間をカバーできないため、文字通り一瞬の足止めで終わってしまったものだ。
対して、改良されたこちらは違う。
矢へセットされた弾頭内に、この新型樹脂は二種の液体として格納されている。
そして、いざ弾頭が炸裂した際、二つの液体はただちに混合し反応。
抜群の粘着性と伸縮性を獲得しつつも、爆発的に膨れ上がるのであった。
驚くなかれ、これによって生み出されるクモの巣めいた結界は、以前の数十倍に達する大きさだ。
と、いうことは、質量保存の法則を加味すると以前の数十分の一程度しか密度がないわけであるが、それでもカタログ上の強度はほぼ同等。
まったくもって、ハイヒューマン驚異の技術力というしかない。
「……以前同様、初見の相手にこれはよく効きますね。
三機、絡め取ることができた」
ちなみに、展開されたクモの巣へ飛び込み、絡みつく粘着樹脂でもだえているのは、いずれもルガーだ。
「改心」によって記憶は失っているものの、黒騎士団は本能的にカミュ専用機の得意戦法を覚えていたということだろう。
まあ絡め取れるかどうかはこの際、重要ではない。
真の狙いは足止めし時間を稼ぐことなので、両腕のビームガンやガンロッドで、クモの巣結界を除去にかかってくれているのは目論見通りである。
それで稼げる時間は、一分に満たないだろうけど……。
「このスキで、どうにかマザーを仕留めなければ……」
どこぞの三倍速い彗星よろしく、ここで行動に出たのはライブ感とオリチャーに満ち溢れた決断だ。
ラスベガスを巡るあの攻防戦……。
マザーによる精神攻撃を受け、俺の精神は休眠状態に陥り、一時期、融合していた前世人格の欠けた『素』カミュ·ロマーノフともいうべき状態に陥った。
その後、素のカミュは洗脳状態となってしまい、前世人格は精神の内側から機を伺っていたわけだが……。
ここで逆襲へ出たのは、必然であるといえるだろう。
マザーが見せた絶好にして最大のスキだったというのもあるが、皇帝を殺されたらゲーム終了だからな。
だからもう、ここで本来の自分を取り戻し、決着をつけるしかなかったわけだが……。
「やはり、実戦というのはままならない。
ここで、クックーさんが戻ってくるとは……!」
これが、最大の誤算。
逆にいうと、彼さえ間に合わなければマザーを仕留めていた。
そして、彼が操る死神めいたデザインのOTは、ブラックホークが邪魔して手をこまねきつつも、さりげなくパレスとの射線上へ入っている……。
「一手足りない。
あと一手……」
この足りない一手……。
埋めるだけの工夫を、俺はひらめけずにいた。
お読み頂きありがとうございます。
不意打ちっていうのは失敗するとジリ貧なものである。
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