アゾールド騎士爵領攻略戦 10
「――カタパルト起動させろ!
PL各機は、ただちに出撃する!
てめェら、いいな!?」
ジョグが血相を変えて叫んだのは、背筋へ走った本能的な悪寒へ抗うためであった。
先程から、敵軍……というより、あのクソ女が見せている行動。
それが、自分たちにとって何か致命的なものであると、そう感じたのである。
思えば、そう。
スカベンジャーズの先代キャプテンだった父が死んだ時にも、このような予感はあったものだ。
あの時は、いつも通りの略奪でしかないと思い、直感など無視したものだが……。
全てが終わり、父の骸を宇宙葬にした後は、二度とこの勘働きに逆らわぬと心へ誓ったものであった。
今が、その誓いを果たすべき時である。
『――出撃!?
ですが、作戦でのPL展開予定ポイントまでは、まだ間がありますよ』
ブリッジのエリナが、通信ウィンドウ越しに聞き返してきた。
プラネット·リアクターにより、理論上、無限に稼働し続けられるのが現代兵器であるが、それによって生じる機体の消耗は、決して無視できるものではない。
また、人間の集中力はそう長持ちするものではないのだから、母艦というホームから離れ、時にそのまま棺桶と化す機動兵器を単独で操縦する時間は、少なければ少ないほどよいとされる。
そのため、戦闘宙域からある程度のところまでは格納された状態で移動し、目標のポイントに到達次第、カタパルトの射出力と自身の機動力を足し合わせ、一気に戦闘状態へ突入するのが、一種作法じみた通常のPL運用というものであった。
ジョグの要請は完全にそれを無視するものであるし、どちらかというと保守的で、決まりごとやルールを重んじる傾向にあるエリナが反発するのは、当然であろう。
だが、これだけは譲れない。
「計画通りにいかねえのが、実戦だ!
オレとバイデント隊は、こっから一気に敵部隊まで急行! ユーリはグラムで援護!
目標は、クソ女――カミュ·ロマーノフだァ!」
言いながら、返事は待たずにトンネルのごとき電磁カタパルト内へ踏み込む。
いざとなれば、PL側からの操作を可能としているのがカタパルトのシステムであり、有事へ対応した場合も鑑みて、その優先順位はブリッジよりも高い。
よって、いざとなれば、何者をも無視して単独出撃する覚悟であったが……。
『――了解。
敵がお嬢様に何をさせるつもりかは知りませんが、お救いするためにも、機先を制しましょう』
まずは、搭乗するグラム自身にうなずかせるという小技まで披露しながら、ユーリが同意し……。
『ま、古い方のキャプテンがそこまで言うなら、仕方がねえ』
『それに、カミュちゃま船長のライブへ真っ先に駆けつけることにもなりまさあ』
『へっ!
向かったら最後、主力部隊でお出迎えだろうけどなあ!』
スカベンジャーズ時代からの付き合いであるバイデント隊――アットン、ベン、クレイルも口々に同意する。
「――よし! 行くぜ!」
カラドボルグをカタパルト内に進ませれば、すぐさま電磁力が満ち、機体を浮かび上がらせた。
『お嬢様をお願いします!』
カタパルトのコントロールを引き受けてくれたか、エリナの声と共に、愛機が射出される。
「――っ!」
瞬間、ジョグの全身を押しつぶそうとするのは、猛烈なG。
通常、重力コントロール装置により慣性は消されているため、パイロットがこれに苦しむことはない。
だが、全身でマシーンの感覚を掴みたいジョグは、あえてこれの設定を弱めているのだ。
「ふゥー……」
シートに押し付けられるというよりは、内臓がシートと一体になったような感覚へ息を漏らす。
このまま電磁力の勢いを活かし、カラドボルグに備わった三基のブースター·ポッドを噴射させようとしたが……。
それを留めたのは、他艦から友軍機が出撃したからであった。
ビームライフルとシールド……PLの王道を行く武装構成な純白の機体――ミストルティン。
徹底した軽量化の結果、鶏ガラのごとき細身でスマート·ウェポン·ユニット化した一対の対艦刀を従える斬撃特化機――クサナギ。
アレルとケンジが、呼吸を揃えるように自らの母艦から出撃してきたのだ。
そして、彼らの背後からは、それぞれの家紋をペイントされた帝国軍主力機――リッターによる部隊が追従しているのである。
しかも、『ラスベガス』攻防戦の損害で数を減らしているとはいえ、ミニアドやオテギヌといった精鋭部隊用の機体もいくつか見受けられた。
『ジョグ君。
そちらも出てきたか』
『他家の部隊は作戦通りに展開する腹積もりのようだが、何やらきな臭い。
我々は、このまま小回りを利かせて接敵する』
開いた通信ウィンドウから、アレルとケンジが顔を出す。
追って、ハーレーからもグラムとバイデント隊が発艦してきたので、両者が合流すると、単なる遊撃として扱うにはやや大規模な部隊が完成した。
「いいのか、兄ちゃんたち?
そっちは、皇帝のおっさんたちに合わせなくてよォ」
『残念ながら、我らが陛下は実戦経験が不足している。
こういう時の判断力は、鈍いと言うしかないな』
『それを補うため、ウォルガフ殿は母艦に残られている。
帝国軍全体の指揮は、心配無用だろう』
ジョグたちと異なり、一パイロットとしてだけではなく、指揮官としても振る舞わなければならない二人の結論が、これだ。
『オッケーオッケー。
こんなカワイイ女の子が急に出てきて、アイドルヅラしていっちょ前にMCしてたら、みんな戸惑っちゃうよね。
分かる分かる』
そうこうしている間に、ハイヒューマンとどんな取り引きをしているのか、あのクソ女は記憶喪失にでもなっているかのようなMCを披露していた。
『お嬢様……。
自分がアイドルとして活動していたことを、忘れているかのようだ』
ぼそりとユーリが漏らした言葉……。
それは、きっと真実であると直感する。
案外、こういった場面で正しい洞察と勘を働かせるのが、人間という生き物なのだ。
「よく分からねえが、あのクソ女が忘れてるってことは分かった」
カラドボルグのカメラが捉えているカミュのホログラフィック映像……。
それとオープン回線で繰り広げられるMCは、アイドルとしての活動初期を思わせるややぎこちないものだ。
同時に想起されるのが、かつて起こった事件。
Dペックス事件の最終盤……サンタコスと化したクソ女が披露したブチギレラップである。
立体映像による唐突なアイドルステージというのは、あの時のことを否が応でも思い出させるシチュエーションであった。
『聞いてください。
――『キミだけのワタシ』』
そして、それを裏付けるかのように、クソ女が何やら曲名を告げたのである。
だが、驚くべきはそこじゃない。
『これは……』
『通信回線ではない。
一体、どこから曲が流れているのだ。
と、いうよりも、全員、これが聞こえているのだな?』
ダークかつエレクトリック。
あのクソ女らしいといえばらしいカオスなBGMは、アレルとケンジが困惑しているように、通信回線以外のどこからか流れてきているのだ。
いや、これは……。
「音であるのは間違いねェが、耳を震わせてない?」
『これは……思念波的な働きによるものか⁉』
ユーリが漏らした言葉で、決断した。
フットペダルを一気に押し込み、帝国軍最速を誇るカラドボルグの本領を発揮したのである。
『ジョグ君! 迂闊だ!』
アレルの言葉は無視し、背中と両脚……三基のブースター・ポッドを全力噴射し続けた。
『トクトク高鳴る鼓動に トキメキ詰めて♪
ふわり魔法のメロディー 届けちゃうよっ♪』
しかし、当然それよりも、歌い出しの方が早い……。
お読み頂きありがとうございます。
死なないイデ〇ンガン発射みたいな。
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