アゾールド騎士爵領攻略戦 9
「見上げれば、お星さまたちがイッパイ!
ううん……これは、お星さまじゃないんだよね!
瞬いている光の一つ一つが、みんなのスラスター光……。
星の下でライブをしたアイドルはたくさんいるだろうけど、星みたいな数のお客さんを迎えたアイドルは、わたしだけじゃないかな?
カミュ……とーっても、幸せです!」
興味はないし、特に調べようとも思わないけど……。
例えば、映像にナレーションを入れるような、声を商売道具にしている人の仕事風景って、こんなのなんだろうか?
カラシニコフのコックピット内で、投影されているホログラフィック映像に合わせた身振り手振りを加えながら、わたしは思いっきり真顔のまま一連の台詞を言い終えていた。
サブモニターに開かれたウィンドウから、投影されている立体映像の状況は掴めるのだが……。
当然、事前のリハーサル通り、そこではフリッフリなアイドル衣装を着たわたしが、笑顔でファンサを行なっている。
対する帝国軍の反応は――沈黙。
いや、これは、ただ押し黙っているわけではない。
困惑しているのだ。
その証拠に、ハイヒューマンの証である思念感知能力を用いれば、無数の思念波が集まって形成された困惑の色を見て取れるのである。
もっと精神を集中すればそれぞれの細かな思考内容を拾うことも可能だが、わたしは今、目の前のことにいっぱいなので、そちらにまで意識を割く余裕はなかった。
ヴァンガードさんたちからも、くれぐれも、ライブへ集中するよう言われてるしね。
「みんなも知っての通り、ここ、アゾールド騎士爵領は、銀河帝国でも辺境部に位置付けられています!
それってつまり、ここが大田舎だってこと?」
言いながら、耳に手を添えて顔も傾けるわたし。
何しろ、今までやってきたリハーサルと違い、今回は軽く億超えだろう規模の銀河帝国連合軍を相手にしている。
さぞかし、緊張するだろうと自分では思っていたが……。
――最初こそちょっと硬かったけど、スムーズになってきたじゃない。
パートナーでありながら、あえて遠慮していたドニーちゃんが、大丈夫と見て思念波で繋がってきたように……。
わたしには、少しずつ、少しずつ……余裕が生じてきていた。
これは、不思議な感覚。
慣れている。
慣れてきているではなく、慣れている。
まるで、数年の間を置いて自転車に乗った時のような……。
久しぶりであるはずなのに、体がそれを覚えている時の感覚。
あるいは、そういった条件付けでも施されているかのように……。
チリリとうなじを震わせる無数の思念が、こちらに注がれる視線が、わたしをかえって落ち着かせているのだ。
なんだろう? わたし、大勢に見られたり注目されたりするのに、耐性があるのかな?
それとも、そういう調整がされている? ううん、それなら、マザーの性格からしてハッキリそう教えてくれるはず。
どうにも落ち着かないというか、わたしがわたしでなくなったような感覚。
ただ一つ、間違いないのが、悪くない……ということ。
イイ感じだ。
これは――イイ!
――その調子で、映像だけでなくあんた本人も笑顔を作ってなさい。
ドニーちゃんに思念波で告げられて、気付く。
いつの間にか、コックピットのわたし自身まで、映像同様の……いや、それ以上の笑みを浮かべていた。
「うんうん、そんなことないよね!
――って、誰もコーレスしてないけど!」
ノリノリの一人ボケツッコミ!
作戦通りであり、ヴァン太郎先生作の台本通り喋っているだけとはいえ、これはキッツイ!
銀河帝国の存亡をかけた戦場でこれみよがしに姿を現して、デカデカとホログラフィック映像を投影した挙句、まったく求められていないMCを繰り広げているのだ。
「なんだコイツ?」
「……状況分かってんのか」
「空気読めよ」
「詳しく描写されてないだけで、お前らが仕掛けてきた先制攻撃によって、もう千人以上戦死してるんやぞ?」
……思念波なんぞ読まなくとも、帝国兵の皆さんが抱いている感想は、ありありと脳裏に思い浮かぶ。
普通ならこんなもの、心が折れる。
なんならば、心が砕ける。
例えば、出立ての芸人が壇上に上がったところ、客席ガラガラ、かろうじて席に着いている客たちも、感心なさげに携帯端末をいじっていたとしよう。
それでも、その新人芸人が置かれている状況は、これよりも大分マシであった。
何しろ、こちらは一つの国家が形成できそうなほどの人数を集め、キッチリその耳目まで集めているのに関わらず、白い目や、あるいは憎しみの目を向けられているのだ。
これほどの敵意と呆れを向けられるくらいならば、スッカスカの箱で一切興味のない超少数を相手にしながら、壁打ちテニスのごとく芸を披露した方がずっといいに違いない。
……通常ならば。
「オッケーオッケー。
こんなカワイイ女の子が急に出てきて、アイドルヅラしていっちょ前にMCしてたら、みんな戸惑っちゃうよね。
分かる分かる」
だが、わたしの心は砕けない。
むしろ、それでこそやり甲斐があると感じていた。
「ただ、これで一つ分かったのが、アゾールド騎士爵領には、わたしっていう超カワイイ女の子がいたっていうこと!
これって、すっごく重要な話だよね?
例えるなら、二十世紀の地球における石油分布みたいな。
カワイイは正義。カワイイは最強。
人はカワイイを食べて生きていけるし、カワイイにくるまって寝ることもできる。
カワイイは、最強最高の資源なんだよ、とドヤ顔で言ってしまう今日この頃です」
うんうんと、腕組みしながらうなずく。
どうでもいいけど、ヴァン太郎さんは何考えて、台本上のわたしをこのようなキャラ付けにしたのだろうか?
「そんなカワイイ最強なわたしを生み出したのが、他ならぬマザーであり、ハイヒューマン。
これも、説明するまでもないよね?
みんな、銀河のあちこちから、わたしたちを倒すためにかき集められたんだもの」
腕組みをしたまま、そこまで言い放つ。
ようやく、本来置かれているこの状況というか、戦場に立ち返ってきた形。
だが、これからわたしが訴えかけるのは、闘争ではない。
むしろ、その逆。
なぜかって?
理由は、簡単。
わたしたちが持てる能力というのは、調和と協調にこそ使うべきだからである。
そうすれば、きっと宇宙だって救うことができるのだ。
「でも、そんなみんなにだからこそ、聞いてほしいんだ。
わたしの想いを込めた歌を……。
聞いてください。
――『キミだけのワタシ』」
わたしがMCを終えると同時……。
ややダークで、それでいてエレクトリックな前奏が流れ始めた。
これは何も、このコックピット内でのみ流れているわけではない。
カラシニコフが備えた両肩の超大型スピーカー·ポッド… それが、見た目通りの機能を発揮しているのである。
無論、ここは真空の宇宙空間であり、いかな大音量でかき鳴らそうと、音楽が響くはずもない。
空気を震わす音、だったならば。
実際のところ、このスピーカーが放っているのは、思念の渦。
わたしの想いを思念波として放射しており、それが、人間の感性では歌として聞こえるのだ。
もっとも、その思念波を放出するにあたっては、マシーンのチューニングが入っており、それこそが、流れる演奏の正体なのであった。
まあ、機械による矯正が入ったところで、関係はない。
わたしが歌うのは、ただ一つの想いだ。
「トクトク高鳴る鼓動に トキメキ詰めて♪
ふわり魔法のメロディー 届けちゃうよっ♪」
何度も練習してきた歌が、今日はいつも以上に走ろうとしているのを感じる……。
お読み頂きありがとうございます。
銀〇とかの収録でも、声優さんは真顔だったのだろうか?
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