アゾールド騎士爵領攻略戦 7
「ふん……。
おれと黒騎士団が最も得意とする機動奇襲戦術を、相手方が使ってきたか」
黄金と白銀の色を持つ幹部級OTによる四点同時攻撃……。
実際に攻撃を受けている各方面軍貴族家が阿鼻叫喚の有り様を晒している中、皇帝指揮下のインペリアル・ガード艦隊と共に帝国軍の中核を形成するウォルガフ・ロマーノフは、落ち着き払った調子でそうつぶやいた。
鉄の男と呼ばれる銀河最高位の貴族が今、自身の座艦としているのは、ごくありふれた巡洋艦である。
無論、インペリアル・ガード艦隊を上回る規模であり、銀河最強を誇るロマーノフ大公軍であるから、より火力の高い艦も、よりPLの運用に特化した艦も存在した。
その上で、どうして目立った性能のない巡洋艦を使っているのかといえば、これが、残存する保有艦の中では最も足回りに優れているからである。
それはつまり、秀でた能力を何一つ持たない結果、総質量が削られているだけなのだが……。
これはそう、悪く見たものではない。
なぜなら、およそあらゆる軍艦は、十九世紀地球から戦艦のジレンマと呼ばれる現象へ悩まされているものだからだ。
敵の砲に耐えるため装甲を厚くした結果、排水量が増え、推進力を強化した結果、船体は大型化。
大型化した船体を活かすために砲を強化した結果、同様に砲の強化をするだろう仮想敵へ対抗するため装甲を厚くする必要が生じる……。
設計における無限ループであり、ミッションクリープや要求肥大化とも称される現象である。
つまるところ、パーフェクトはあり得ないのが世の常。
ともかく、最速の精鋭である黒騎士団が失われているのだから、一定基準を満たした機動力の艦でどうにかやってのけるしかないのであった。
「攻撃を受けた各方面から救援要請が出ていますが、我々は静観でよろしいでしょうか?」
こちらを振り返ってきたオペレーターが問いかけてきたので、隣に座る艦長とうなずき合った。
「本艦は、このまま微速前進を続けよ。
あくまで、周囲の艦隊と足並みを揃え、出てくるであろう敵主力との激突に備えるのだ」
「ロマーノフ大公軍全体としても、同様。
救援要請は、あえて無視せよ。
酷ではあるが、誰かが盾をかざさねばならないのが、戦場である」
艦長がこの艦そのものに関する指示を出し、ウォルガフは大公軍全体に関する指示を出す。
ウォルガフが両方を同時に行ってもよいのだが、あえてそうしないのは、臨時の乗艦としたこの艦で指揮系統に混乱を生じさせないためだ。
とはいえ、ティルフィングを持ち込んでいるウォルガフ自身も強力なイチ戦闘単位であるため、いざ出撃した際には、結局、隣の艦長へ全てを委ねることになるのだが……。
問題はない。
オペレーターが質問でなく確認の形を取っていた――このような態度を問題視する軍もあるが、ウォルガフは話の早さから容認している――ことからも分かる通り、黒騎士団を欠いているとはいえ、ロマーノフ大公軍は兵卒のいずれもが他家精鋭に値する練度なのであった。
そして、問題視していないのは、敵の動きに対しても同様だったのである。
――ハイヒューマンめ。
――焦りが出てきたか。
それが、鉄の男という異名を全銀河へ知らしめるまでになった男の感想であった。
上下左右から同時に攻撃を加え、こちら側の出鼻をくじくと共にイニシアチブを奪う。
言葉にすればなんとも派手で、魅力的な響きではある。
難点があるとすれば、それだけということだ。
そもそも、投入されている金やら銀やらのオムニテックが、『遺跡』とやらから得られたオーパーツを組み込んだ特別品であることは、ユーリからの情報ですでにこちらの知るところとなっていた。
ならば、そうそう数を揃えられるはずもなし。
今、出現しているのは『ラスベガス』を巡る攻防戦で既知の機体たちであったが、そもそも、あの戦い自体が一種の決戦であったことを思うと、オリジナル・リアクター搭載機は多くてもこの倍程度で収まるのではないか? というのが、ウォルガフの予想である。
となると、敵がこの一撃に割いているのは、総戦力の二割から三割ほどと見てよい。
これは、ハイヒューマンの特異な戦力構造が関係していた。
何しろ、とにかく数が足りず、個人の質によってそれを補うしかない、というのがハイヒューマン側の事情だ。
まるで、第二次世界大戦におけるドイツや日本のような状況であるが、彼らの場合はそれ以上に数的不利が深刻であり、かつ、『遺跡』の存在で、実際にある程度は補えてしまうのが違うところである。
その補った結果が、このあまりに歪な戦力評価。
たった四機。
四機の人型機動兵器を投入しただけで、残る総戦力は八割ほどを切ってしまうのだ。
当然ながら、こんなものは弱点でしかない。
確かに、極めて強力なヒーローユニットが敵の駒を次々と蹴散らしていく様は、見ていて気持ちがよいだろう。
だが、そんなことを言っていられるのは、シミュレーションやストラテジーの場合であり、現実の戦場にそんなものが降臨したところで、それはただ運用の柔軟性が低いだけの重たい駒でしかない。
事実として、二割以上の戦力を投入していながら、上下左右の各方面軍を研磨しているだけであり、帝国軍全体の足を止めることなどかなっていないのだ。
せいぜいが、気分的に高揚できるというだけの話である。
その他、ここまでの戦力を投入して期待できる効能といえば……。
――一応は、各方面の先端部を釘付けとすることで、中央への援軍を封じることはできるか。
――つまり、中央方面に対する包囲攻撃を避けられるということ。
――だが、それを封じたところでどうなる?
――工夫なく正面決戦を挑んできた時点で、そちらの主力は踏みつぶされる以外の選択肢がないのだ。
冷静に、そのような可能性を検討した。
戦場において、もっとも強力な効果を誇る戦術が包囲殲滅であることを思えば、これから出してくるであろうハイヒューマン主力が上下左右から包まれないようにしたのは、有効といえば有効だ。
実際、帝国側は、食虫花が獲物を捕らえるように、上下左右隙の無い用兵で包み込み、飲み込まんとしていたのである。
だから、最悪を脱してはいるのだが……。
脱した先にあるのが、推測で百対一以上はあろうかという戦力比での殴り合いでは、どれほどの意味があるのか……。
「情報にあったパレスと思わしき敵巨大構造物から、多数のリアクター反応。
……過去のデータと一致、ルガーによる大部隊です」
ウォルガフの思考を打ち切ったのは、オペレーターの告げた情報であった。
なるほど、ブリッジの前面を占める巨大スクリーンには、次々とカタツムリめいた母艦から出撃し、布陣していく敵機動兵器たちの姿が映し出されている。
僧兵を思わせるブロンズカラーの機体たちが、ロッド状の武器を構えて整然とする様はなかなかに壮観であったが、その数の物足りなさは、結局、ウォルガフのような人間には貧弱の二文字で片付けられる代物であった。
鉄の男の眉間にしわを寄せさせたのは、続くオペレーターの言葉だ。
「これは……!?
続いて、黒騎士団の識別信号と……ティルフィング!?
カミュお嬢様の信号を検知!」
「――なんだと!?」
今回の座艦化に伴い設置した急ごしらえのシートから、思わず立ち上がる。
一瞬、何かの間違いではないかと疑ったが、ここに集うのは、ロマーノフ大公軍の鍛え抜かれた兵たち……。
ならば、その報告に間違いなどあるはずがなかった。
お読み頂きありがとうございます。
ヒーローユニットだけでどうこうなるなら、30周年を迎えたW勢はあんな苦労してない。
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