アゾールド騎士爵領攻略戦 5
つまるところ、迫りくる銀河帝国軍の圧倒的多勢に対し、ハイヒューマン側が取った初手というものは、上下左右からアルファ班各員とそれぞれが搭乗するオリジナル・リアクター搭載のOTをぶつけ、その意気をくじくというものである。
――先手必勝。
――The best defense is a good offense.(最良の防御は優れた攻撃だ)。
――Qui prior est tempore, potior est jure.(時において先んずる者は、権利においても強し)。
――先发制人(先に動いて相手を制する)。
……かつての人類世界において、類型の言葉がいくつも残されているように、とにかく、戦いというものにおいて、イニシアチブを握ることは重要である。
勢いだけで何もかもが決するというわけではないが、勢いを欠いてしまっては、何をするにしても困難となるのが世の真理。
特に、戦闘行為というのは、人間という感情と勢いによって大きくポテンシャルが上下する生物の集まりによって行われるもの。
先に仕掛けることで精神的な優位へ立っておくというのは、往々にして費やした戦力以上の戦果を得られるのであった。
かくなる狙いによって、右から投入されたるはヴァンガードとその専用機ベレッタ。
左方からかく乱するのがアノニマス操るスタームであり、下方から恐怖を撒いているのがクックーとケラーコッホである。
そして、最後……上方を抑え込むのがクリッシュの役割であったが……。
「く……あ……!
やばー……もう仕掛けなきゃいけない時間じゃん」
リアクターを落とした状態で腕組みし、虚空へ漂う相棒――ワルサーのコックピットで、クリッシュは伸びをしながらつぶやいていた。
サブモニターに表示されている時計のデジタル表示は、とっくに作戦開始時刻を超えている。
完全なる遅刻だ。
普段ならば、アノニマス辺りがツッコミと催促の通信を入れるところだが、それをしないのは、せっかく『伏せ札』状態で待機しているワルサーの位置をバラさないためだろう。
「やー……。
やっぱり、タイマーかけとかないとダメだねー。
いや、これは昨日遊んでたゲームが面白過ぎたのがいけない。
スパイ経済サイコー」
「あと一ターンだけ……」とうそぶきながら、ついつい制覇勝利まで粘ってしまったストラテジーの展開を脳裏で反すうしつつ、頭を振った。
そうすると、長く伸ばした髪に塗った整髪料が、光の加減で様々な色合いへ変化して楽しませてくれる。
その髪を軽く撫でながら押し込むのは、イグニッションスイッチ……。
――ヴウン!
先史文明が遺したオリジナルのクリスタル・リアクターは、ただちに反応を開始し、恒星のそれへ匹敵するほどの莫大なエネルギーを各部へ供給し始めた。
十八メートル級の人型機動兵器……それも格闘型に分類される機体へ用いるには、どう考えても供給過多なエネルギー。
これを血流のごとく張り巡らされたワルサーが、白銀の機体を雄々しく躍動させる。
鋭利な曲線を凶悪な形で組み合わせ、構築した人型のシルエット……。
それが、両腕を大きく広げたのだ。
同時に、魚人めいたラインの頭部でもって、下方を見下ろす。
寝坊した結果、本来突入する予定だった真芯をやや行き過ぎてしまっているが……。
そこには、帝国軍上方部を任された艦隊が、確かに展開を終えていた。
そして、宇宙においては銀色の砂粒にしか過ぎないワルサーも、あまりに莫大なリアクター反応から容易に補足され、無数のリッターが迎撃すべく上がってきていたのである。
自機の位置を明かしたのは、当然、わざとだ。
自分で潰しにいくより、まとまって潰されに来てくれた方が楽だから。
「いやーん。
よってたかって、襲われちゃうー」
直前まで昼寝していたため、シートをほぼ限界まで倒しただらしない姿勢のままつぶやく。
当然、口に浮かべているのは――笑み。
それも、ただ面白おかしくて笑っているのではない。
闘争本能の発露に喜びを見い出している極めて凶悪で――危険な笑みだ。
「襲われたらかなわないからー。
ワルサーちゃんにがんばってもらおうかー」
主に呼びかけられたカスタムOTが、自らの機能を開放する。
左肩と左腰に装備されているナックルユニット……。
ボクシンググローブと同種の用途で設計され、その大きさから非使用時は機体そのもののシルエットを左右非対称なものとしているこれが、鳴動し、荷電粒子の加速を開始させたのだ。
ナックルユニットという格闘戦用の装備を施されていることから分かる通り、ワルサーというOTは人型機動兵器の本領――徒手格闘に重きを置いた設計の機体であった。
だが、ボクシンググローブとしては過度な大きさを誇るユニットは、遠距離用ビーム砲としての機能を持たせると共に、ケラーコッホで実用化された偏向型の耐ビームバリア発生器も内蔵されており……。
両機能とオリジナル・リアクターの超出力を合わせることにより、『ラスベガス』攻防戦で見せたのとは全く別の機体特性も発揮することができるのである。
すなわち――砲撃機。
それも、単独で多数を相手にする目的の広範囲火力型だ。
「拡散ビーム砲……。
――どーん!」
気の抜けたような声と共に、クリッシュがトリガーを押し込む。
だが、それのよって行われる攻撃は、恐るべき迫力を備えた代物であった。
ナックルユニットに備わっているビーム射出口……。
そこから発射された高出力ビームが、偏向バリアによって拡散すると共に、それぞれ針路を変えたのだ。
――拡散ビーム!
そして、これは一見すれば拡散させられた光条の一つ一つがデタラメな方へ向けられているようだが、実のところそうではない。
むしろ……逆。
多数に分割させられてなお、リッターのビームライフルに匹敵する熱エネルギーの荷電粒子ビームが、敵一機につき一本……確実な狙いを付けられて放たれているのである。
これは、例えるならば、ざるを通した流水の水分子一つ一つについて、運動計算しているようなものであり……。
先史文明から受け継いだ技術というのが、クリスタル・リアクターの動力技術とハイヒューマンのバイオ工学だけではないという事実を、端的に表していた。
「アッハハハ!
このくらいかわしてくんなきゃー……。
直接、格闘戦で相手をしてあげる気もおきないなー」
帝国のそれなど及ぶべくもない高出力のプラズマジェット噴射により移動しながら、拡散ビーム砲の斉射を続けていく。
敵のリッターは、これに対して……なす術なし。
ただ、散発的にビームライフルの反撃――まったくこちらの動きを捉えられていないが――を行っては、ワルサーにとってサブ用途でしかない攻撃を受け戦闘不能に陥っていくだけだ。
「これで、上下左右から完全な抑え込み成功だねー。
いやー、寝過ごした時はどうしようかと思ったけど、なんとか恰好ついたかなー?」
『そんなわけないでしょう?
後でたっぷりとお説教よ』
大量の手下を作って操りながらも、こちらの様子を見る視野の広さはさすが。
「うへー……」
アノニマスから入った通信に、ペロリと舌を出す。
『ハッハッハ!
その通り! 油断大敵だぞ!』
次いで、通信してきたのはヴァンガード。
『もっとも、これで本作戦を実行に移す前準備は整った。
ここから先、逆転されることなどありえないがな。
そう……打倒帝国最大の障害、コネクトVが姿を現しでもしない限り!』
「あーあー、聞こえなーい」
……もっとも、彼からの通信は面白くする必要のないシーンを面白くするものだった上に、不要なフラグまで立てていたのだが。
お読み頂きありがとうございます。
以上、ハイヒュー側無双シーンでした。
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