アゾールド騎士爵領攻略戦 2
攻撃する側――すなわち帝国軍が圧倒的少数であるハイヒューマン側を包囲攻撃する形となった今回のハイヒューマン討伐作戦であるが、宇宙というのは文字通り天文学的な広さを誇っており、中世の攻城戦などがそうであったように、大軍でひしめき合うような光景が具現化することはない。
そのため、戦闘単位の数値上ではともかく、実感として自分たちが人類史最大の大軍であると感じられる機会は存在しないと、素人には思えるが……。
実のところ、それは大間違いである。
目視に頼る他なかった時代であるならばまだしも、人類が宇宙に進出して久しい昨今であるならば、実に簡単にかつ、極めて感覚的に、大軍が大軍たるところを実感することができるのだ。
では、人間という極めてファジーな生物にそうさせる事象というものは、果たしてなんであるのか?
その答えは、極めて簡単。
――通信波の数。
……である。
味方側の位置を知るためや、あるいは互いの現状を把握するために、帝国軍を構成する各艦艇は毎秒毎瞬、おびただしい量の通信波を発すると同時に受信していた。
それら送受信される通信波の数々が、端から端まででいくつもの惑星を飲み込める広さに展開された帝国軍各員へ、自分たち軍勢の規模を実感させてくれるのである。
「すごい規模……。
まさか、戦艦の処理システムがパンクしそうになるだなんて」
プハント男爵家の旗艦エヴリン……。
第四オペレーターであるミリン·フーリョーは、コンソールやホログラフィック·ウィンドウに表示されるデータの数々を見ながら、そうつぶやいていた。
宇宙戦艦のコンピューターというものは、放射能を始め、膨大な観測データを捌かなければならない都合上、極めて強力な処理能力を誇る。
その性能は、おおよそスパコンと称して問題がないレベルなのだ。
それが、負荷に対するアラートを点滅させると共にやや処理速度を低下させているのは、だだでさえ処理する項目が多い宇宙空間で、星の数ほど存在する味方の現況をリアルタイム処理する困難さの表れであった。
そして、パンクしかけているのは、何もマシーンだけではない。
「ロエンダー男爵家艦隊より全体通信、敵機動兵器の反応を確認――」
「三番艦が推進剤漏れ! 緊急修理のため、速度がマイナス20!」
「管制より当家全艦へ、航路変更コード送信──」
これこそまさに、戦場の中の――戦場。
通信内容の一つから分かる通り、まだ先鋒艦隊の一部が会敵を果たしたばかりであるというのに、錯綜する情報でブリッジは灼熱の様相を呈していたのである。
映画のエンドクレジットがごとく流れてくる情報は、いずれもが留意の必要性を認められるもの……。
だが、処理する人間の思考が追いついておらず、ミリンたちオペレーターの中には、冷却シートを額に貼り付けている者さえ存在した。
「四番オペ。
補給艦に通達。三番艦に接続し、漏れた分の推進剤を供給させよ。
まだわずかだが、本艦隊が敵とぶつかるまでには猶予がある。
命綱である推進剤だけは、十分な量を確保させるのだ」
「アイサー。
旗艦エヴリンより、補給艦に通達。
ただちに三番艦へ接続し――」
艦長の命令を直ちに実行へ移す。
戦闘兵器の例に漏れず、ブラインド性を重視した物理キーボードが、ミリンの意思に応えて軽快な音を発した。
まさにこれは、嵐の前のひと時という言葉がふさわしい時間。
そして、いざ嵐の中へと巻き込まれれば、ミリンごとき小娘オペレーターなどたやすく飲み込まれ、翻弄されるだけなのである。
――せいぜい、翻弄されよう。
だが、頭のどこかで、これから待ち受ける恐るべき作業量に対し、のん気な考えを抱いている自分がいた。
そう、ミリンたちオペレーターはあくまで忙殺されるだけだ。
実際に、死のリスクへ晒されるわけではない。
言ってしまえば、帝国の総力を上げた決戦において、高みの見物を決め込める立ち位置……。
その保証をしてくれるのが、まさにミリンらを振り回している通信の数々であり、ひいては――帝国軍の戦力。
圧倒的、という三文字がここまでふさわしい陣容はあるまい。
そして、質においても、かの天才パイロット――アレル·ラノーグを始め、そうそうたるパイロットとカスタムPLが揃っているのだ。
ルザー公爵たちが恐ろしいほど金のかかったカスタムPLで出撃し、いいように弄ばれる姿は、ミリンもアーカイブで視聴している。
あくまで脱皇帝派の三貴族が惰弱であっただけ、というのが帝国側メディアによる報道であり、ネット上で識者の見解を見てもそれはおおよそ正しいようだが、これら情報を話半分にしたとしても、相手方の性能と技量が恐るべきものであることは、容易に想像がつく。
だが、それだけだ。
今回、帝国側が動員した億を超える兵員数。
これだけの通信波を放つ軍隊に勝てる存在など、フィクションの中にさえ生み出すことができないと思えた。
『――黄金の機体!
繰り返す、黄金の機体が当方面軍へ接近せり!』
『展開中のPL各機はこれを迎撃……。
待て! 速い! もう抜かれている!』
『警戒! 警戒!
敵ゴールドカラーは、単独で味方前衛を突破し、当方面軍後方へ突貫しています!』
『後方の各艦隊は、至急迎撃機を発進させられたし!』
「――え?」
怒鳴り声にも近い味方からの通信……。
それらを聞いて、ミリンの思考が一瞬、停止した。
だが、戦場という性悪な魔物は、一オペレーターの都合などお構いなしに状況を変化させてきたのである。
……黄金の風という形で。
前方に展開していた三隻の巡洋艦……。
いくつも展開しているホログラフィック・ウィンドウの一つへ映し出されていた光学観測器の映像に、変化が訪れた。
この旗艦エヴリンに合わせ等速航行している結果、光学的な観測では静止しているようにすら見える各巡洋艦の直下から、光の線が放たれたのだ。
そして、いくつか連続して放たれたそれらは、串にでも刺したかのように巡洋艦たちの船体を貫いたのである。
一瞬、訪れる沈黙。
同様の光景は、ブリッジの巨大なメインスクリーンにも、ウィンドウ表示されていた。
よって、多くのブリッジクルーがこれを目にし、意味するところも推測することとなっていたのだ。
だが、ミリンたちオペレーターは、いち早く何が起こったのかを知ることになる。
なぜなら、その事実が映像に反映されるよりも早く、光線に貫かれた各艦から信号が届いたからであった。
極めて強力な優先順位と共に表示されたのは、それぞれの艦が撃沈されたことを示すシグナル。
それを送ったのが最後の力であったと言わんばかりに、映像内の巡洋艦たちは、内側からの爆光に飲まれ、散華していく。
下方から放たれた光線は、巡洋艦の多重装甲をたやすく貫いた出力もさることながら、的確に致命打となる箇所へ命中させられていたのである。
「と、当家先鋒の巡洋艦……。
いずれも――撃沈!」
序列を考えれば、ミリンではなく他のオペレーターがそうするべきであったが……。
誰もそうしないため、仕方なく、その事実を告げた。
これは、ひょっとしたならば、年若き一人のオペレーターが、その職務に関する能力と才能を開花させた瞬間であったのかもしれない。
が、関係はない。
すぐにブリッジの眼前へ、黄金の人型機動兵器が姿を現したからだ。
恐るべき機動力のそれは、二丁拳銃のガンマンじみた姿をしており……。
右手側では逆手に構えるハンドガンの持ち方が、ひどく独特だったのである。
そこから放たれる荷電粒子の光こそ、ミリン・フーリョーが目にした最後の光景であった。
お読み頂きありがとうございます。
天の意思「基本、登場人物増やしたくないんだ。すまんな」
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