離反工作の結果 4
結果的にいえば、三機のカリバーン撃墜に端を発するハイヒューマン側宣伝攻勢及び離反工作は、この討伐へ向かう帝国軍側においては、プラスへ転んだといえるだろう。
まず、何かにつけて皇帝に批判的だった勢力は、代表者的な立ち位置であったルザー公爵たちが醜態を晒した結果、強くは出られなくなった。
加えて、裏切りを目論んでいたいくつかの貴族家もその動きを抑えられ、皇帝は正統な理由でもって、一時、彼らが保有していた戦力を指揮系統に組み込むことへ成功したのである。
これはつまり、指揮系統……あるいは、軍全体の意思が一本化したことを意味した。
無論、今までの帝国軍とて銀河皇帝カルス・ロンバルドを頭とする一つの軍であり、建前上では、彼の意思が何よりも優先されている。
が、悲しいかな。しょせんは建前……。
精鋭部隊である黒騎士団を喪失したとはいえ、最も戦力が充実しているのは、相変わらず鉄の男率いるロマーノフ大公軍であった。
また、先日の『ラスベガス』攻防戦で精鋭部隊に打撃を受けているラノーグ公爵軍やタナカ伯爵軍も、数の上では、まだまだインペリアル・ガード艦隊と同等。練度に関しては上回っているため、おおよそ上位互換であると認識してよい。
そして、それら大貴族家には見劣りするというだけで、決して侮れぬ戦力を持ち込んだ貴族家たちによって結成されているのが、今回の帝国軍なのだ。
この事実だけでも、十分に最高指揮官である銀河皇帝の力が疑われる状態。
しょせん、人間も群れを作る動物に過ぎず、そこへ様々な物差しを持ち込むようになったとはいえ、最後の最後、重要視されるのは力である。
支配者にとって何より重要な力――軍事力を欠いている皇帝など、舐められるのはごくごく当然であり、最高指揮官という地位にありながら、銀河皇帝の発言力はそう大きいものではなかった。
ハッキリ言って、現場の裁量次第で切り捨てられてもおかしくない程度の強制力しか発揮できていなかったのだ。
歴史的な事例でいくならば、第二次大戦……ガダルカナルの戦いにおける日本帝国軍が近いか。
かの戦いにおいては、おなじ帝国軍でありながらも、陸軍と海軍が致命的な対立状態に陥っていた結果、非常に大きな損害を出すこととなった。
何かにつけて他の貴族家や帝室を出し抜こうと画策し、人によっては、真の敵は味方であると認識する貴族家たちで構成されていた銀河帝国軍は、まさにガダルカナル前夜と呼べる有様だったのである。
だが、その流れは変わった。
「こうしてみると、なかなか壮観だな。
ようやくにも、一つの帝国軍になったと、そう感じられるよ」
ラノーグ公爵家旗艦ヴェルサイユのブリッジで、各所の光学観測器が捉えた映像をホログラフィック表示しながら、アレルはそうつぶやいた。
『異なことを。
それでは、まるで今までが一つの帝国軍ではなかったみたいではないか?
……ふっふ』
小さなホログラフィック・ウィンドウの中、視線をどこかズレた方向にさまよわせながら答えたのは、盲目のサムライことケンジ。
あちらも、カトーの乱以降旗艦としているオーサカのブリッジで、同じものを見ているに違いない。
ホログラフィック表示されている映像……。
それは、ズラリとした隊列で航行する無数の艦艇であった。
総勢で億に達しようかという人間が集まっている軍勢だけあって、補給艦や連絡艇など、貴族家が単独で抱える軍においてはなかなか見られぬ支援艦種が多数含まれているのは、特徴的。
しかし、やはり大多数を占めているのは、当代の主力……PL運用を主体として設計された機動母艦である。
それらが一隻につき、最低でも三機のPLを運用するのだから、いざ開戦した時にどのような光景となるか……誰にも予想することはできない。
ただ一つ確かであるのは、史上最大の作戦ことノルマンディー上陸作戦の連合軍を軽く上回る規模であるということであり、となるとこれは、銀河最大の作戦と称されるべきであった。
そして、何より重要であり、誇らしいのは、それら無数の艦艇が自分たちの後ろへ追従する形となっていることなのである。
「まさに、今までは一つの帝国軍ではなかった。
それは、これまで補給のために立ち寄った各地の騒動でも、明らかだっただろう?」
『ふふ……。
まあ、な……』
唇を薄くゆがめながら、盲目の剣士が変わらずあらぬ方を見やった。
今、濃いサングラスの奥に隠された瞳が映し出しているのは、ここに至るまでの行軍で起こった事件の数々であるに違いない。
軍隊とは、大飯食らいなもの。
そして、今の帝国軍は前述の通り、銀河最大の大飯食らいである。
これだけの規模を誇る軍隊がやっていくとなると、自分たちで必要物資を運ぶだけでは明らかに効率が悪い。
そのため、目標であるアゾールド騎士爵領へと赴く傍ら、各地の貴族家に通達してあらかじめ補給の手配をさせていたのだが……。
そこで起こったのが、数々の小規模な反乱であったのだ。
――銀河皇帝倒すべし!
――新たな秩序と支配者を、この銀河に!
まんまと敵の扇動に乗せられ、反旗を翻すに至った貴族家はかなりの数であり……。
それぞれが辿った顛末も、様々であった。
武力でもって容赦なく叩き潰され、完全に心を折られた状態で、補給に留まらず持ち得る全てを差し出すことになった家……。
あるいは、こちら方が到着する前に内紛状態へ陥り、親帝国側が勝利し新しい体制を築いていた家もある。
厄介なのは、カトーの乱へ端を発し、これまで散々にアレルたちを驚かせてきた銀河皇帝の諜報網も、地方部へ移動するに従って薄まってしまうらしいということ。
この辺りは、正体不明である諜報組織の素性によるところが大きいようであり、また、カルス帝が若い頃から中央部偏重な物の考え方をしていたのも影響しているだろう。
あるいは……。
もっと地方部に目を向けていれば、そこにハイヒューマンのような勢力が潜むことを許さず済んだのではないか?
というのは、いわゆるたらればである。
人が避けるリソースというものには限りがあり、政というのはつまるところ、リソースの割り振りに他ならない。
文字通り、広大な銀河そのものを版図としている銀河帝国で、足元の弱まっていた帝室を受け継いだならば、これが一番効率のいいやり方となるのだ。
『補給一つとってもいちいちゴタゴタが起こるのは、なかなかに難儀であったが……。
しかし、考えてもみれば、およそあらゆる仕事というのは、想定通りにいかぬもの。
まして、人類が経験したことのない大戦であるのだから、なおのことだ。
事前の心構えと準備により、プラス三十パーセント程度の遅延で済んでいるのだから、いっそ、想定の範囲内と強気に考えてもよかろう』
「何も後ろ暗いところがない貴族家からすれば、さぞかし肝を冷やしただろうけどね。
何しろ、補給先の植民惑星やコロニーをたちどころに占領できるだけのPLが展開した状態で、睨みをきかせていたのだから」
――こいつはよォ。
――海賊より海賊だぜ。
……というのは、元宇宙海賊であるジョグ少年の弁だったか。
ともかく、略奪とまではいかずとも、徴収であったことは間違いない。
だが、先述の通り実際に武力で衝突し、完全にこれを叩き潰すこととなった貴族家もあるため、決して大げさな対応ではないのだ。
無論、無実の貴族家からすればしこりの残る結果だろうが、そのケアは後で考えればよろしい。
そう……。
この戦いが、終わった後に。
『それを重ねて、ついに辿り着いたか』
ケンジが、やや重たい声でつぶやく。
光学観測器が映し出すのは、無限に思える宇宙。
だが、人類はこの先に広がる空間を、こう名付けていた。
――アゾールド騎士爵領。
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いよいよガチンコはじまるよー。
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