離反工作の結果 3
それまで何事もなかったところで、突如として身が破滅した時、人はどうするのか?
まず、最初に見せる反応としては、放心である。
自分が、かような目に遭うはずはない。
ゆえに、これが現実であるはずがない。
その者の人品がどうというより、人間の脳に存在する基本的な機能として、やや楽観的ですらある現実逃避が行われるのだ。
だが、所詮、逃避は逃避に過ぎぬ。
分泌された脳内物質による陶酔じみた自己防衛はすぐに終わりを迎えるものであった。
――お前たちが裏切っていることは、承知している。
――十分な証拠も、見ての通り用意してある。
夢うつつのような逃避を終えて、直面させられた現実の破滅。
こういった時、いさぎよくこれを認められる人間が稀であることは、人類が宇宙に進出する前から明らかであり……。
「い、いや、これは……」
「み、身に覚えが……」
「おそらく、我が家臣がこれを……」
皇帝自ら手で罪を明らかにされていながらも、どうにか言い逃れしようと、回らぬ頭と舌を使うのであった。
あるいは、民主的な裁判であったならば、それも多少は効力があったかもしれない。
しかし、ここは帝国軍旗艦アドミラル·ネルソンに存在する大円卓の間であり、参集しているのは封建社会の上層に位置する者たちである。
とりわけ、頂点の地位にある銀河皇帝が断罪する側なのだから、これはもう手遅れであった。
「――ちいっ!」
「――お覚悟を!」
ゆえに、かくなる上は武力行使に走らんと、立ち上がる者が、一人、二人……。
当然ながら、この場におけるセキュリティは徹底しており、参席する各人はその前に入念なボディチェックを受けている。
寸鉄すら持ち込めぬ状況で振るえる暴力とは腕力を置いて他になく、当然、人を撲殺できるほどの膂力などない彼らのそれは、悪あがきの四文字こそふさわしかっただろう。
「――があっ!?」
「――ぐあっ!?」
しかも、それはあっさりとねじ伏せられた。
タナカ伯爵家当主――ケンジ。
IDOL所属パイロット――ユーリ。
彼ら二人が、いともたやすく関節を押さえ込んだのである。
特にユーリの方は、圧倒的に体格で勝る相手の腕を絡め取り、体全体で押さえつけており、見ようによってはトリックアートじみてすらいた。
「これで、ようやく話ができるな」
自らは動くことなく、余裕で見守っていた皇帝が、常のにやけた顔を取り戻す。
「あきれたものですな」
一方、凶賊と化した貴族家当主の一人を押さえるケンジは、溜め息混じりにそう吐き出すだけだ。
「まったくだぜ。
まさか、よりにもよって、この俺様へ殴りかかろうとするなんざ、な」
銀河皇帝はそれに対し、肩をすくめながら答えたが……。
「恐れながら……。
このように劇場型の演出をなさるところに、あきれたという話ではないかと」
やはり賊を押さえ込むユーリに指摘され、ペロリと舌を出したのである。
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「おそらくですが。
今回の配信攻勢……離反工作という意味では、成功しないことでしょう」
マザーがそんなことを言ったのは、きたるべき決戦の日に備え、わたしたちアルファ班がミーティングを重ねていた時のことであった。
まあ、アルファ班などという呼び方をしても、構成員に変化があるわけではない。
ヴァンガードさん、クリッシュちゃん、アノニマスさん、クックーさん、わたし、ドニーちゃんといういつもの面子である。
ただ、いくら我々ハイヒューマンの潜入工作員が少数精鋭であるとはいえ、わたしの前に述べた四人だけがフルメンバーということは、当然ない。
コードネームとオリジナル・リアクター搭載のOTを預かり、銀河帝国内の各地で潜入任務に就いているメンバーというものが存在した。
だが、今の局面は、正面切っての決戦。
それぞれが一騎当千を誇るメンバーを遊ばせておく余裕などあるはずもなく、一部を除き、帰還していたのだ。
そのため、先んじてわたしの練成などへ尽力していたヴァンガードさんたちチームと指揮系統を分ける必要が生じ、あらためて班を結成するに至ったのである。
で、総指揮官たるマザーは、ワンオペとまではいかないものの、主にそういったゴールド・カラーズ――オリジナル・リアクター搭載機の塗装から、元潜入工作員を総括してそう呼んでいる――とミーティングを繰り返す日々なのであった。
そんな中、話題が先日の『なぜなにハイヒューマン』がもたらした影響に及び、かくも否定的な結論をマザーが出したのだから、実際に配信や収録を行ったわたしたちが首をかしげてしまったのは、致し方のないことだろう。
「失礼ながら、異なことをおっしゃるとしか思えませぬ。
実際、クックーが預かる騎士爵家には、相当量、裏切りの打診がきているわけですから」
だから、ヴァンガードさんが漏らしたその言葉は、わたしたち全員の総意であるといってもよいのであった。
だが、マザーはそれに対し、無情にも首を横に振る。
「ですが、実際に裏切るところまではいかない……というより、いけないでしょう。
未然に阻止されます。
今に至るまでの間に、組織体制が変わっていることも期待し黙っていましたが、帝国内には昔から、強力な諜報組織が存在するのです。
中央部に残している子が、その活動を掴むに至りました」
残している子……というのは、今回、引き上げに加わらなかったゴールド・カラーズの一人だろう。
そういった人間がいるからこそ、今のように気になっている事項を調べられるというものなのである。
「昔から存在する強力な諜報組織ですかー。
00なんとかとか、不可能ミッションの請負い組織とか、そんな感じですかねー」
あごに指を当てながら、クリッシュちゃんが尋ねた。
彼女の言う通り……。
やはり、スパイといえば、スペシャルな組織に在籍する超タフなエージェントを連想してしまうものだろう。
個人的には、背筋をまっすぐ伸ばした綺麗なフォームで、いっつも走り回ってるイメージがある。
で、無茶苦茶なスタントを仲間から振られて役柄としては難色を示すのだけど、中の人は超ノリノリで何百回でもダイブするわけだ。
……あの俳優、時代的に考えてもハイヒューマンとか人造人間とかサイボーグじゃないよね? 一体何者なんだ……。
「そんな大層なものではありませんよ。
ただ、聞き耳を立てるのが得意なだけの組織です。
ですが、その能力に関しては、比類なきものといえるでしょう」
クリッシュちゃんの問いに、マザーがほほ笑みながら答える。
そして、指を立てながら答えを教えてくれたのだ。
「その組織とは、ズバリ……メイド!」
「「「「「「メイド?」」」」」」
クックーさんまでもが、驚いた顔で声を重ねた。この人、こんな顔することあるんだ……。
「銀河帝国において、最も格式高く、貴族としてのステータスを示すのは、帝室で教育を受けたメイドといって過言ではありません。
従って、特に中央部へ近い領地の貴族家は、こぞって帝室産のメイドを求め、雇用する。
ですが、実際には彼女らの忠誠は皇帝に捧げられており、目となり耳となって、各貴族家の動向を探っているわけです」
「ははあ……。
住まう場所で働いているメイドならば、なるほど、聞き耳など立て放題ですな」
自らも帝国貴族であるクックーさんが、ヒゲを撫でながらうなずく。
――エリナ。
……なぜかそんな単語が脳裏に浮かんだが、多分、来歴的に該当するのは別のメイドだろう。いや、誰だか知らないけど。
「そのメイドさんたちが現在も健在で情報収集するから、寝返り裏切りは事前に潰されるわけですか」
ドニーちゃんが、話を要約する。
一方、わたしの方は、なんとなくメイドスパイとなり、拳銃とか握った自分の姿を連想していたのであった。
なんでだろう?
こういうのに潜入されてるなら、本望だと感じる自分がいる……。
お読み頂きありがとうございます。
まあ、ぶっちゃけるとキングスのマンリスペクトです。
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