離反工作の結果 1
サディスティックに……。
それでいて、コケティッシュに……。
わたしこそが、あなたをひざまずかせる女王であると示すかのように……。
イジワルをしてしまうのは、"好き"だからよということを、足の裏からすり込むかのように……。
どこからともなく連れてこられ、室内飼いされている小型犬のごとき素早さでヘソ天した大型犬のお腹を、裸足の指先でかいてやる。
これは、天井部に設置された1カメを通じて、アノニマスさんの手によりリアルタイムで映像処理が施され、まるで、どこぞサバンナの地でティータイムしながら、なんとなく大型犬のお腹を足でかいてやっているような構図となっていた。
だが、それだけではない……。
実はこの犬……毛の中に超小型のカメラを仕込まれており、それが2カメとなっている。
そちらでは、ややサディスティックな笑みを浮かべ、素足を踏み降ろしているわたしの姿が映し出されているのだ。
ひとかきひとかき、愛情たっぷりに足を動かしてやりながら、ふと思う。
そう、考えることただ一つ……。
――何やってるんだろう? わたし。
……このことであった。
どこからともなく現れ、なぜなにに異様なまでの情熱を燃やすお兄さんに言われるままEDを撮影しているが、こんなことしてどんな意味があるというのだろうか?
いや、ゴリゴリにカスタマイズされた帝国PLを、こちらの一般量産機が瞬殺することにより、相手の内部へ無力さを喧伝してやるという目的は分からないでもない。
ただ、それにこの謎EDを加える意図は、皆目検討もつかないのである。
――なんか、体よく騙されてる感じがするなあ。
そう思っている間にも、銀河ネットという人類史最大の情報媒体により、『なぜなにハイヒューマン』は配信されていくのだった。
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それから、当日。
そう、当日だ。
普通、こういったものは最低でも数日くらいの間を開けてからリアクションがくるものだと思うのだが、さすが、帝国が構築したネットワークであると言っておこう。
ともかく、配信を受けた帝国側のリアクションは、劇的であった。
……と、いっても、わたしはそれを直接確認していない。
ただ、エゴサでアンチの意見を目にしても一切気にしない超合金製メンタルの持ち主であるヴァン太郎さんが、ネットのリアクションをまとめてくれたのだ。
「カミュおねーさんに踏まれたいと思った。
脱皇帝の三貴族ザコ過ぎ草」
「カミュおねーさんが可愛すぎててえてえ……。
やられてたアホ貴族家の領民たち、苦労して治めた税金がこんなことになってるけど、ねえどんな気持ち? ハッハッ。今どんな気持ち? ハッハッ」
「カミュおねーさんのアレが見えそうで見えないギリギリのアングルでぼかあもう。
さておき、マニアだから分かるけど、PLそのものは文句無しに超高性能。
ただ、乗っているのがダチョウを下回る奇跡のアホたちだった」
ヴァン太郎さんがまとめてくれた視聴者の反応集はホログラフィック·ウィンドウで表示されており、それをアノニマスさんやドニーちゃんが読み上げた。
「ぶー。
カミュおねーさんの反応ばかりで、ウサギ君へのリスペクトが足りないなー」
「いやあ、なんかわたしへの反応も脂ぎっているというか、ちょっとだいぶかなりわずかに気持ち悪いですよ?」
一方、唇を尖らせているのがクリッシュちゃんだったが、わたしは背筋をゾワゾワさせながらそう慰める。
「なんだろうなー。
こう、あえて気持ち悪い書き方して反応してもらいたがっているような下心も含めて、ただただ気持ち悪いです」
「ハッハッハ!
アイドルというのは、そういうものだ。
どうしたって気持ちの悪いファンが付くことは避けられず、それも含めてファンだと割り切るしかない」
割と本気で嫌がるわたしの反応を、そう言って笑い飛ばすヴァンガードさんだ。
「アイドルになったつもりは、ないんですけどね。
そりゃ、カラシニコフでライブする時は、歌いますけど」
「ハッハッハ!」
「アッハッハ!
あれは確かに、アイドルみたいだよねー」
わたしの不満を、ヴァンガードさんのみならず、クリッシュちゃんまでが笑ってごまかす。
まったく、他人事だと思ってカンタンだなー!
「そんなことより、ヴァンガード。
問題なのは、このようにミニマムな反応ではありません。
確かに、将来的には末端の民に至るまでの支持率も重要となってくるでしょう。
ですが、今現在において重要なのは、封建制に基づき強力な権力と兵力を有する各貴族家当主の人心です」
これまで、黙ってわたしたちのやり取りを見守っていたマザー――珍しく生身でお目見えであり、熱意がうかがえる――が、そう言って更なる報告を促した。
ここが、封建主義体制と戦う上でポイントとなる部分だろう。
まず、頭から叩く……これは何も、戦場においてだけでなく、商談にでもなんにでも通じる必勝の策だ。
要するに、決定権を持つ者さえ抑えてしまえば、後のことはつじつま合わせをするかのごとく、どうにかなってしまうものなのである。
封建主義体制に対しては、これが極めて――やり易い。
何しろ、向こう側が好んで権力を一極集中し、かつ、否と言う者がいない体制にしてくれているため、頭がこちらへ転べば、その貴族家が抱える全戦力もなし崩しに転がり込んでくるのだ。
もちろん、それで末端までの心が掌握できるわけではないが、彼らだってお給料もらってお仕事しているわけで、上からやれと言われれば、そうそうゴネられるわけもないのであった。
「問題ありません」
この問いに関しては、ニヤリと笑って答えるヴァンガードさんだ。
これだけ見ていると、まるでスゴ腕のエースパイロットでかつ、敏腕潜入工作員で、しかも、帝国での潜伏活動時においては、超カッコイイ仮面で正体を隠しているかのようである。
そんな忘れ去られたアイデンティティの数々をわたしに思い出させたヴァン太郎氏が、新しいホログラフィック·ウィンドウを開いてみせた。
そこに表示されたのは……。
「ほう……早くも裏切りの打診ですか。
しかも、いくつか、わたしが帝国にいた時代からその家名が存在する貴族家もありますね。
実に……実に結構です」
羅列された貴族家の家名と、例として表示されたメールを見て、マザーが満足そうにほほ笑んだ。
ちなみに、メールの宛先はアゾールド騎士爵家であり、文面の方も、クックーさんことレンド·アゾールド騎士爵へと宛てたものになっている。
ハイヒューマンの潜伏先として長らくお世話になったアゾールド騎士爵家は、帝国にその事実が露見した結果、隠れ蓑としての役割を終えたわけであるが……。
代わりに、このような外交窓口としての任を果たしているわけだ。
また――変な話ではあるが――戦争状態に突入したからこそ、帝国側との交渉チャンネルは必要不可欠であるわけで、アゾールド騎士爵家という存在が、労せずこれをもたらしていた。
「これには、カミュを配信に出したことが大きく影響しているようですな。
何しろ、彼女は――」
ヴァンガードさんが、そこまで言った瞬間……。
クリッシュちゃんのアッパーカットが、的確に彼の脳を揺さぶり……。
次いで、レザーファッションから繰り出されたアノニマスさんのかかと落としが、ヴァンガードさんの頭部を床に叩きつける。
無様にバウンドしているところへ、すかさず致命傷を叩き込んだのがマザーで、背骨も折れよとばかりに打ち込んだ崩拳は、哀れなヴァン太郎をミーティングルームの隅へと転がした。
「いやー、カミュちゃんがチャーミング過ぎるからねー」
「そうね!
配信のキャスト欄に名前を入れただけなのに、もう向こうへ知れ渡っているし!」
「まったく……恐ろしい子!
おーほっほっほ!」
唐突に呵責なき暴力の嵐を見舞った女性三人が、そう言って笑い合う。
「?、?」
「???……?」
わたしとドニーちゃんは、あまりに意味の分からない展開へ、首をかしげるだけだったのである。
お読み頂きありがとうございます。
このふざけた配信でどうなるかというお話。
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