なぜなにハイヒューマン 前編
そも……。
十九世紀以降における人類の歴史は、メディアの歴史であると断言して、これを否定できる人間など存在しないだろう。
最初のマスメディアが――新聞。
神聖ローマ帝国で発行されたお触れやエド時代のジャパンで刷られたというカワラバンなど、原型と呼ぶべき媒体はいくつか存在するが、やはり、メディアとして今日の我々がイメージしやすいのは、産業革命以降に流通するようになった安価な市民向けのニュース紙だろう。
人々の間に広く浸透してから、そう間も置かず写真を使われるようになったこれらは、原型でありながら、銀河に人類が進出した現在と変わらぬ体裁をすでに整えていた。
その効果たるや、抜群なり。
技術革新などもあって安価に購入可能となったこれを、人々はこぞって買い求め、日々の見識を得るに至ったのである。
それは同時に、情報を発信する側による先導と扇動の歴史が始まったことをも意味していたが、中流階層として力と知恵を得るに至った人々の知識欲と、自分たちの力で世を作っていこうという情熱を否定できるのは、己を賢いと思い込んでいる愚か者だけだ。
その後、技術革新に合わせてメディアは新たな形態と発信者を得ていき……。
最低限の取材能力を維持するミニマムさと、大げさに言えば全人類を相手に発信できるだけの強烈な拡散力の同居する媒体が生み出されるに至った。
……ネットである。
二十世紀に生み出されたこの技術が、その後、様々に発展し現在へ至っていることは、今更語るまでもない。
それら技術を継承し、今や、銀河中にその網――あるいはクモの巣――を広げるに至ったのが、銀河ネット。
誰もが知っている現在のメインメディアだ。
と、いっても、原型たるインターネットが生み出された時から引き継いでいる特性として、そこで発信されている情報は玉石混交。
かつての時代、ろくな取材能力を持たぬ個人規模での発信が横行し、ネットメディアの権威が地に落ちかけた結果、自然な浄化が行われ、現在、ニュースをうたう発信者は最低限の取材能力を備えるのが常識となっている。
が、最低限は最低限であり、それに対し、銀河はあまりにも広大。
結果、一部の歴史と信頼を備えた――あるいは帝室など巨大権力がバックについた――大手を除くと、日に五十万人以上も通行するスクランブル交差点で、壁かけ新聞を掲載するような……。
俗にノー·ルック·ニュース――NLNと呼ばれる発信者が星の数ほど生まれるような時代になっていたのであった。
ただし、壁かけとはいえ、おびただしい数の目が行き交う中に掲載されているのだ。
千人に一人……いや、万人に一人か?
立ち止まって読み込み、報酬を与えてくれる者も存在する。
そして、もし、掲載されている壁かけ新聞の見出しがセンセーショナルで、誰もが目を留めるほど強烈な引力を有していたのなら……。
十人、百人、千人と立ち止まって読み込んでいる人々が、驚いた通行者をさらに巻き込んで膨れ上がっていく。
そうして、ただ目が行き過ぎていくだけだったはずのそのニュースは、爆発的に人々の間へ浸透していくのだ。
地球時代に名称が生み出され、今日でもその呼び名が使われている現象――バズりであった。
そして、今、新たにバズを引き起こしているとある配信チャンネルが存在したのである。
と、いっても、有象無象の弱小配信チームや、あるいは個人によって開設されたチャンネルではない。
これを開設しているのはれっきとした貴族家であり、番組作りに携わるのも、その貴族家が雇ったプロのスタッフたちであった。
チャンネル名は、特にひねりもなく家名を採用した――アゾールド·ニュース·チャンネル。
アゾールド騎士爵家が、自分の治める領内向けに配信しているニュース番組であり、昨今では当たり前となった地方宙域密着型のチャンネルである。
何しろ銀河は広く、辺境宙域といっても、そこに暮らす住民は数千万から数億に達した。
となると、銀河全体のことより自分たちが所属するコミュニティに関する情報を得たいというニーズが非常に大きく、また、それを発信する存在として、統治者たる貴族家が望まれたのである。
無論、権力者による発信は、発信する側に都合のよい偏向報道をされる恐れもあるのだが、今の時代は建前上、封建主義に立ち返っていた。
いずれにしても、民を統治するのは青い血を持つ側であるのだから、せいぜいが、自分に都合よく……そして、統治される側の知識欲を満たすだけのニュースを提供すればよいという思想が、根底にあるのだ。
やや投げやりな考え方ともいえるが、これは、その地方ニュースすらも、民からすれば無数に存在する選択肢の一つでしかないからである。
投じた金に見合う成果がなければ困るのは、結局、バックで金を出す貴族家の当主であるのだから、ある程度は、ニーズを満たすための誠実な動きをせねばならないのであった。
それを踏まえると、今回、バズを引き起こしたアゾールド·ニュース·チャンネルの番組は、異色の存在であるといえる。
なぜなら、ここで扱うのは、アゾールド騎士爵領の地方ニュースではなく……。
銀河で最も注目されている出来事――ハイヒューマンなる勢力との戦争に関する情報なのであった。
しかも、銀河帝国の整えたネットインフラを使っていながら、これは……。
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おそらく、AIを使って生成したのだろう……。
ポップかつ適当なイラストが踊る中に、『3』という文字がデカデカと表示された。
『『さんっ!』』
同時に重なり合って聞こえるのは、声聞いただけでこりゃ美少女だわと確信できるかわいらしい二つの声音……。
『『にいっ!』』
『『いちっ!』』
『『どかーん!』』
同じように『2』と『1』の文字が表示された後、画面内が抽象化された爆発のアニメーションで埋め尽くされる。
それを待っていたかのように飛び出すのが、やはり美少女だった二人の女の子!
一人は、特殊な整髪料を使っているのだろうか……光の加減によって目まぐるしく色合いの変わる髪を長く伸ばした少女であり、メガネが正しくその魅力と可憐さを
増しているメガネ美少女だ。
それが今は、華奢な全身をややゆったりとしたウサギの着ぐるみで包んでおり、やや属性過多といえる有様になっていた。
そして、もう一人の少女……。
オーバーオールとピンクのシャツを着ている彼女は、銀河でも指折りの有名人だ。
銀色の髪は、以前よりも伸ばしたのか、ツインテールとなっており……。
氷碧色の瞳は、それそのものが宝石のような美しさであった。
それが、年相応の笑みを浮かべながら、かように幼げな衣装を着ていると、見ている側の自然な庇護欲や、あるいは本能的な父性と母性を刺激する。
間違いない。
この少女は……。
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「――ぶふぉっ!?」
鉄の男――ウォルガフが飲んでいたコーヒーを吹き出す。
人間、誰しも気管支に飲み物が入り込むことはあるとはいえ、これは少しばかり恥ずかしい瞬間である。
おそらく、普段ならば、ここが所有する巡洋艦内に用意させた私室であることへ、ほっとすることだろう。
――でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。
端末の画面に姿を現した少女……。
彼女は……。
「か、カミュぅ!?」
血眼になって探していた愛娘――カミュ·ロマーノフだったのである。
お読み頂きありがとうございます。
劇場版の続きを信じて……。
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