静かな開戦 上
例えば、ボクシングの試合開始が、ゴングによって告げられるように……。
競争競技のスタートが、スターターピストルによって切られるように……。
あるいは、キリスト教圏における食前の祈りなどのように、か?
おおよそ全ての物事には、始め方というものが存在している。
それは――考えてもみれば当然だが――戦争においても、同様。
人類の歴史は戦争の歴史である……などというのは、もはや使われ過ぎている常套句。
長き闘争史において、人類が培ってきた近代以降の開戦法……それは、いかなるものか。
「敵艦隊直上。
さすがに、迫力がありますね」
それを実践するべく、わたしはカラシニコフのコックピットから、攻撃目標たちを見下ろしていた。
場所は、アゾールド騎士爵領における首都コロニーからほど近い宙域。
ありふれた隕石片をサーフボードのように足元へ置き、身を隠すための遮蔽としながらの作戦行動である。
『先頭にいる艦は、シュノンソーって名前だっけ?
データによれば、銀河帝国でも最精鋭の部隊が母艦としている高速艦……。
評判にたがわないだけの足はありそうね』
わたしと同様、クリスタル・リアクターをステルス出力にまで落とし、他の隕石片に隠れているブラックホークから、指向性レーザー通信でドニーちゃんの感想が届けられた。
彼女が言う通り……。
噂のシュノンソーという艦は、見るだけでそうと分かる完成度を秘めた機動母艦であった。
そもそも、こちらが扱うOTにしろ、敵側が扱うPLにせよ、その最大の武器といえるものは、機動力を置いて他にない。
ならば、その運用母艦にも機動力を求めるというのは、ごくごく当然の発想。
なればこそ、艦載機の実力を十二分に発揮することがかなうというものなのだ。
もっとも、実際のところは整備ドック、居住区、機関関係などなど、求められる要項が多すぎるため、どれを選ぶか、ではなく、どれを捨てるか、という性質の取捨選択により、泣く泣く機動力も諦められることになるわけだが……。
この艦は、それをすごく高いレベルで達成しているように思えた。
同時にそれは、シュノンソーへ追従する他の艦艇も同じ。
明らかに採算度外視であろうシュノンソーに比べれば、いかにも量産的というか廉価的ではあるが、鋭角的なシルエットの艦艇群は、かなりの機動力を発揮することが可能であると思わされる。
とはいえ、理想的な艦艇サイズへ収めるためには、何かを諦めなければならないのは、先ほど語った通り……。
となると、見ようによってはシャープに過ぎるデザインであるこの艦船たちは……。
「……それだけの足を実現するために、居住関係のスペースを切り詰めているんでしょうね。
機関に関わる空間は最重要として確保するでしょうし、それだけの足を備えておきながら、艦載機をロクに積み込めないではお話にならないでしょうから」
敵艦隊のデザインから、わたしは彼らが何を切り捨てたのか、結論に達した。
つまり、そこから導き出される答えは……。
『こいつら全員、普通の帝国兵とは一枚も二枚も違うってわけ?
最低人員を割った数で艦隊運用してるってことでしょ?』
彼女の言う通り、それは通常ならば考えられないほど、バカバカしい話だ。
注釈となるが、この場合における最低人員というのは、戦闘による損害をも考慮に入れた、艦を支障なく運用可能な人員数のことである。
どれほど優れた指揮官であっても、戦闘による損害をゼロにすることなど不可能。
ましてや、機動兵器の運用母艦ともなれば、戦闘以外でも事故による負傷はあり得るし、そうでなくとも、病気になる時はなってしまうのが人間だ。
だから、どんな戦闘艦艇も、運用にあたっては余裕のある人員構成で挑む。
だが、わたしたちの眼下で悠々と航海している彼らには、そういった人員上の遊びがほぼ存在しないに違いない。
そして、その上で、一人が二人分も三人分も働けるに違いなかった。
つまりは、だ。
「本来ならば、数によって作らなければならない人員の遊びを、質によって作り出しているというわけですか。
ブラック企業の社長が好きそうな組織構成ですね。
そういえば、お家のパーソナルカラーはブラックでしたか」
半分は感嘆。
半分はあきれの念と共に、わたしはそうつぶやいた。
いや、少しばかり、共感の念も混ざっているだろうか?
なぜ、共感したのかといえば……。
『……まあ、こっちも他人のことはあまり言えないけども』
……このことである。
数的な不足を質によって補っているのは、我々ハイヒューマンとて同じ。
それを考えれば、わたしたちと彼らは同類である、と、いえなくもない。
特に大きいのは……。
「士気の高さにおいても、我々ハイヒューマンと同等か、それ以上でしょうね。
もっとも、あちらの士気が高いのは、こちらのそれと違う理由によるでしょうが」
『圧倒的多数の中から、エリートとして選出されたという誇りと、それに見合うだけの報酬、社会的地位、か……。
給料こそ人が人に優劣をつけ始めた根源ってマザーは言ってたけど、それにもこういうメリットはあるのね』
「何事も、表裏一体……。
そもそも、メリットがないなら採用されませんよ」
敵艦隊を見下ろす形のメインモニターに表示されているのは、彼我の距離など、いつも通りのステータスだけではない。
彼ら――ロマーノフ大公家精鋭艦隊が目標地点に至るまでの距離と時間も、数字とゲージで表されていた。
カスみたいなネーミングセンスを誇るヴァンガードさんが名付けた今回の作戦は、『オペレーション・サイレントパールハーバー ~メアリー・セレスト風味を添えて~』 である。
そのクソみたいな長さの作戦名が物語っている通り、わたしたちの任務は静かに密やかに、近代以降における宣戦布告の常識――問答無用の奇襲――を達成することであった。
それも、ただ攻撃を成功させて、トラ! トラ! トラ! と叫んで終わりではない。
ハーメルンの笛吹き男がそうしたように……。
彼ら現行人類の最精鋭部隊を密やかに導き、かの有名な幽霊船――メアリー・セレスト号のごとく姿を消してもらおうというのだ。
もちろん、メアリー・セレスト号がそうであったように、彼らの艦は、再度その姿を現すことになる。
そして、元ネタと違い、その時に搭乗員が消えているということは、一切ないのであった。
かといって、元通りというわけではないが。
『時間ね。
準備はいい?』
問いかけられ、ちらりと左側――サブモニターに移っているブラックホークの姿を見た。
よく言えばスマートでスタイリッシュ。
悪く言えば、細身で貧弱にすら感じられるデザインのOTだ。
フレームや量産型のクリスタル・リアクターなど、基本的な内部構造は一般機たるルガーのそれと共通しているわけだが、細身にして装甲を絞った分、各関節の可動範囲は大幅に広がっているのが分かる。
ボディカラーはルガーよりも深みの強いブロンズで、これはドニーちゃんの謙虚さが反映された結果。
頭部デザインはヒーロー然としていてなかなかの格好良さだが、武装は背部に装着したビームライフルと、柄の両側に刃の備わったツインスピアのみというシンプルさだ。
だが、今は右手に握られているこのスピアが――曲者。
あれの性能をフルに発揮したブラックホークというOTは、量産機ベースと思えぬパフォーマンスに至るのであった。
もっとも……。
「やりましょう。
――ドニーちゃんの出番は、ないかもしれませんが」
わたしは、ほほ笑みと共にそう告げたのである。
お読み頂きありがとうございます。
というわけで、カミュVS黒騎士団です。
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