ゴーストを追え! 1
いつの時代においても……。
大抵の場合、捜査活動というものは、重要な二つのプロセスをもって成り立っている。
一つは、聞き込みだ。
様々な情報がネットへ溢れるようになり、幾世紀が過ぎたであろうか……。
それだけの時を経て、全ての人類が大なり小なり感じるようになったことはといえば、ネットの有限さ……。
キーボードをカチャカチャと鳴らして収集できる情報は数多いが、それらはどうしても表層的なものに限られた。
まして、真に大切なものはオフライン処理する――例えばカミュはIDOLの各種決済を紙ベースで行なっていた――この銀河時代において、真に重要な……あるいはディープな情報を得ようと思ったならば、地道な聞き込みが必要不可欠なのである。
これを賄っているのが鉄の男ことウォルガフ・ロマーノフ大公率いる一団やユーリ少年少女であり、ゴーストとやらに関する情報は、か細いながらも聞き込みの成果であるといえた。
聞き込みで情報を得られたのならば、二つ目のプロセスに移行する……。
これもまた、警察組織が誕生して以来、決して変わらない捜査活動の基本だ。
プロセスの二つ目とは、すなわち――張り込み。
ここは怪しい。
こいつは、調べなければならない。
そうと疑った対象に張り付き、徹底して情報を収集するのである。
「……やれやれ。
まさか、公爵家と伯爵家の当主が、揃って地道な張り込み活動とはね」
決して快適とは言えないミストルティンのコックピットで、油断なく光学センサーが捉えた映像を眺めながら、アレルはそんなことをぼやいた。
『仕方があるまい。
連中に察知されてはならず、いざという時には少数で切り抜けなければならない以上、出せるのは精兵に限られる。
白騎士団やシンセングミだ。
だが、IDOLによって随分と潰されはしたものの、いまだ海賊組織もそれを幇助する連中も数多い。
結論として、手が足りず――』
「――僕らにまで、お鉢が回ってくるというわけか。
零細企業の社長にでも、なった気分だね」
『お互い、まだまだ若年の身だ。
今は、自ら汗をかいて働く時期だと、天が言っているのだろう』
通信ウィンドウの中でそう答えるケンジは、何やらパック詰めされているパンを食べており……。
うかがい知れるその具材――黒いペーストが、アレルの興味を引いた。
「ところで、さっきから食べてるそれはなんだい?」
『アンパンだ。
張り込みといえば、これと牛乳に尽きる。
実際、美味い』
「いいね、それ。
まだ在庫があるなら、こっちの冷凍食品とトレードしないか?」
機体の後ろ腰へ装着されたキャンプ・ユニット……。
その冷凍庫内に収められた食料の数々を思い浮かべながら、提案する。
ケンジの食生活といえば、大体がラーメンという印象であったため、同じ小麦粉由来の食品でも、パンというのは新鮮であった。
『いいとも。
とはいえ、そちらのストックに、私のお眼鏡にかなうものがあれば、だが……』
「おいおい、こっちはラノーグ公爵。
銀河随一の食料生産量を誇る貴族領の当主だぜ?
食に関しては、どこにも引けを取るつもりがないよ。
そもそも、今君が飲んでいる牛乳もさっきのパンに使われている小麦も、産地はうちじゃないかい?」
『言われれば、確かに――む』
と、視力補助ゴーグルを装着したケンジが、コックピット内の計器を睨む。
「……ちょうど、二人共が見張りしている時に動きを見せたか」
それで全てを察し、アレルもまた操縦桿を動かした。
普段なら純白の聖騎士めいた愛機を自由自在に動かすため使うこのコンソールだが、今ばかりは、機体本体の動きと連動が切られている。
では、代わりに何を動かしているのかといえば、それは入念なステルス処理と宙間用迷彩塗装を施されたワームカメラであった。
今現在、アレルのミストルティンとケンジが乗り込んだクサナギは、小隕石を模したダミーバルーンの中へ潜みながら、とある辺境の海賊団基地を見張っている。
当然ながら、機体本体の計器など役に立たないため、複合センサー付きワームカメラをバルーンの隙間から伸ばしているのだ。
余談だが、ダミーバルーン同士はピアノ線めいた通信用ワイヤーで接続されており、電波的には当然として、光学的にも限りなく発見されにくい通信環境が構築されていた。
「どの辺りだい?」
『『3』とペイントされている発着口の辺りだ』
「その辺り……人ばかり動いていて、あまり動きがないように思えるけど」
言われるまま、ワームカメラを向けてそう尋ねる。
周辺宙域であぶれた犯罪者共が徒党を組んでいるというこの海賊団基地は、かつて、カトーが建設した秘密基地を小規模化したような代物だった。
すなわち、ジャンクパーツを組み合わせて作り上げた廃材アートじみた建造物……。
その内、ケンジが指した発着口では確かに宇宙服姿の人間たちが数人行き来を始めていたが、アレルにはそれが、目的の動きであるとは思えなかったのである。
『人が動いているからこそ、だ。
我らが扱っているような正規最新鋭の設備とは違う。
オートメーション化が不十分……ことによると、最初から自動稼働を期待できないのだから、人間の力技でどうにかしなければならないわけだ』
「ああ……。
無重力空間の特性を、これでもかと活かしきるわけか」
それで、アレルにもようやく納得がいった。
脳裏に思い描くのは、係留されるような形で補給を受け停泊していたスペースシップが、大勢の人間たちにより押し出される光景……。
まあ、無質量ではなく無重力である以上、これはいささかズレたイメージであろうが、本来なら大型のクレーンなどが必要となる作業も、かなりのところまでマンパワーで誤魔化せるというのは事実である。
人間というのは、どんなオートメーション設備でもかなわぬ柔軟性を備えた最強の工作機械であり、重機。
そのパワーをフルに活用することで、犯罪者たちの集まりが、曲がりなりにも機動兵器を扱う部隊として稼働できるわけだった。
『そら、出てきた』
「ああ、いかにもな輸送船だ」
発着口から顔を出したのは、コンテナにスラスターを取り付けたような必要十分かつ最低限な艤装の輸送船……。
「推測通りなら、おそらくヴァイキンの受け取りにいくはずだけど……」
『そのために、ここらを治める領主へ戦力も貸して、中途半端に一機だけ落とさせたからな。
あえて、略奪は成功させた上で、だ』
「普通、あんな露骨に怪しいコンテナに収まっている金塊なんて、怪しみそうなものだけど」
やや半眼となりながら思い浮かべたのは、囮とした輸送船に乗せられていたコンテナ……。
闇商人とコンタクトできないほど困窮しているでは困るため、戦力補充を迷わないようやや潤沢に用意してやったのだ。
もし、宇宙海賊としてアガリを目指すのなら、捕縛してまた別の獲物を探すだけである。
『貧すれば鈍する。
疑うほど頭が回るような人間は、最初から海賊行為などせぬさ』
「確かに」
操作系統を切り替え、ダミーバルーンの隙間から愛機の脚部を突き出す。
そして、ほんの一瞬だけ足底のスラスターからプラズマジェット噴射を行った。
このバルーンは、多少ならリアクター反応を吸収してくれる。
以降は、怪しまれない距離からこうして慣性を使いつつ、尾行するのだ。
『さあ、しばらく目が離せなくなるぞ。
根気の勝負だ』
ワイヤー通信で繋がったケンジが、首を回しながらつぶやいた。
「了解。
秘密兵器の準備をする」
アレルはそれに答えながら、人間サイズのスナイパーライフルを用意したのである。
バルーンの隙間から、これが撃ち放つのは……。
※峠を超えたら意外といけました。
お読み頂きありがとうございます。
次回から、久しぶりに攻略対象年長組の活躍パートです。
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