『漢娘』らしくでいこう!
「ロマーノフ大公家のはとこのいとこの子の子!」
「つまり、中央部の貴族ってことか!」
「スッゲー!」
地方部と中央部で何かと差がつくのは、国家の……それも、大きな版図を広げている大国の宿命。
その点でいくと、現皇帝カルス・ロンバルドが中央重視の政策をとっている以前の問題として、人類史最大の領土を誇る銀河帝国において、この問題が発生しないわけはない。
銀河のどこでもリアルタイムで繋がれる通信技術が確立されているとはいえ、ネットはあくまでもネット。
現状のワープドライブで短縮できる行程には限界があり、物理的に中央と地方部は大きく隔てられている状態であった。
これがどのような現象を引き起こすかといえば、たった今、子供たちの間で起きているようなこと。
地方で暮らす子供たちが中央部の人間に抱く憧れである。
「銀河中央部だと、スジャコ以外にも娯楽施設があるって本当?」
「聞いたことがある……ムラシマ以外にも、服を扱っているブランドがあるって!」
「あれって、ネットのフェイクニュースじゃないの?」
ことに同じ女子たちの反応は敏感で、話に聞き、実際にネットの映像で目にしてはいても、いまいち実在するという実感が湧かなかった事柄について、次から次へと質問攻めにしたのだ。
「ええと……もちろん、スジャコ以外の娯楽施設はあるし、ムラシマ以外のファッションブランドもありますけど……」
困った顔となりながら、ユーリちゃんが女子たちの質問へ答える。
「例えば、どんなの?」
「例えばだと……デ〇ズニーとかウニクロとか……」
「ディ〇ニー! ウニクロ! 実在したの?」
「ユーリちゃんは、ディズ〇ー行ったことあるの?」
「今着てる服が、ウニクロのやつなの?」
回答は、さらなる質問を呼び……。
重ねられる質問に対し、ユーリちゃんは何か……例えば、あらかじ用意しておいた言葉を思い出すようなそぶりも交えつつ、答えていく。
そうすると、返ってくるリアクションはこのようなものだ。
「スッゴーイ!」
「さすがは、ロマーノフ大公のはとこのいとこの子の子!」
迂遠にしてほぼほぼ他人な肩書きが、よどみなく吐き出される。
さすがは、銀河一と名高い大貴族家のはとこのいとこの子の子!
この世に存在する楽しみという楽しみを、ごく当たり前のように享受してきているのだ。
にわかなインフルエンサーとなったユーリちゃんを中心に、女子たちがキャイキャイとわめく中……。
「ちぇっ……」
「おれたちは、蚊帳の外かよ」
すっかり乗り遅れる形となった男子たちは、少しばかりのくやしさをにじませながら、そうぼやく羽目になっていた。
そして、彼らの瞳は、隙があればこの美少女へお近付きになろうという貴族男子らしい野心に燃えていたのだ。
まあ、賢明なる読者諸兄はお察しの通り、首尾よくお近付きになれたところで、ユーリちゃんの正体はユーリ君であるわけなのだが……。
――どうして。
――どうして、こんなことに。
愛想笑いで女子たちに対処しながら、ユーリの脳裏に思い浮かんだのはそんな言葉である。
極めて久しぶりに女装キャラとして振る舞わされているユーリだが、これには、深いわけがあった。
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「将を射んとするならば、まず馬から。
そういうことならば、久しぶりにユーリちゃんの出撃が必要なんじゃないでしょうか?」
エリナが口を挟んできたのは、ハイヒューマンと手を結んでいる可能性がある貴族家へのローラー作戦――つまりは総当たり――を決行することが決まり、では、具体的に誰がどの家から攻めていこうかという話に至った時のことである。
それまでのエリナは、大公家の侍女にふさわしく、祖父であるセバスティアンと共に各人へ供するための茶を用意したりなどしていたが……。
そう言い出すや否や、瞳には怪しい光がらんらんと満ちており、全身から得体のしれないエネルギーが立ち昇り始めていた。
彼女が漂わせる異様な迫力……。
それから、なぜか自分を君付けではなくちゃん呼びしたこと……。
両者を踏まえれば、ハイヒューマンとしての思念感知能力など駆使するまでもない。
ならば、ユーリがなすべきことは、ただ一つ。
脱兎と化してこの部屋から――!
「――逃がしませんよ」
「――な、なにいっ!?」
驚愕に目を見開く。
いつの間にか背後へ回り込んでいたエリナが、ユーリの両肩を抑え込んでいたのである。
まるで、バトル漫画でよく見る瞬間移動じみた速さで後ろを取って「ドン!」とやるアレのようだ!
「さあ、まずはアイラインから整えましょうか」
「ひ、ひい!」
なんという強大な――パワー。
いつの間にか引かれていた椅子に座らされ、瞬時に顔を薄化粧で整えられ始める。
こうなれば、もはやユーリは、ヘビに睨まれたカエルも同然であり、身動きすることなどかなわない。
エリナが見せた妙なフィジカルのみが原因、というわけではなかった。
その身から漂う異様な迫力と圧が、逆らうことを許さないのだ。
「す、凄ェ……。
見る間にユーリの顔が変えられていきやがる……」
「あ、ああ。
しかも、そうしながら同時に髪が整えられている。
本人の許可なく前髪をパッツリ落とし、全体的にボリュームを落とすと共に、髪質に存在する癖の強さが甘さになるよう調整されているんだ」
「そうしながらも、なんという素早い化粧だ。
このところ、凛々しさすら感じられていたユーリ少年の顔付きが、すっかり女の子のそれとして見えてくるではないか」
実況と解説のジョグさん、アレルさん、ケンジさん、ありがとうございます。
おかげで、残像すら見せつける速さで周囲を動き回るエリナが何をどうしているのか、主観視点のユーリにも把握することができた。
「というか、これは俺の気のせいじゃなきゃ、そもそも顔を構成するパーツそのものが違っているような……」
「陛下、うろたえなさるな。
おだやかな心を持ちながら激しい怒りに目覚めた時、瞳の色どころか、そもそもの形状すらも変化するように……。
女装の前後で顔面パーツが露骨に違うことは、女装キャラにはよくあることです」
さすが、百戦錬磨(?)の鉄の男と呼ぶべきか……。
狼狽する銀河皇帝に対し、ウォルガフが冷静な声で告げた。
一方、顔面を造り変えられてるらしい当のユーリとしては、そっかーボクの顔そんなことになってるのかー、ちゃんと戻るのかしら? と、どこか他人事のように受け止めるしかない。
「――ッ!?
バ、バカな!?
一瞬でチャイナ服に着替えさせられたぞ!?」
「なんという早技だ。
そもそも、どこからチャイナ服を取り出して、元々着ていたパイロットスーツをどこにやったのか……僕には見えない」
「あのチャイナ服は、前にIDOLへ同行していたというインフルエンサー……。
モンファ嬢の置き土産か何かか?」
何かヒラリとした衣服に着替えさせられた感触だが、実況と解説に専念する三人のおかげで正体を知れる。
ただ、この三人も一瞬で下着まで入れ替えられたことには気付くまいというか、なんでそこまで入れ替える必要あるんですかね?
「そ、それでエリナ……=サンよ。
どうして、ユーリを女装させる?」
彼女の上司であり、第二の父ともいえる立場であるウォルガフが、暴走するメイド娘に尋ねた。
「心を探れるんですよね? その力、お嬢様の捜索で役立てない理由がありません。
でも、ユーリちゃんの年齢で大人と会話して回るのは、難しいですから」
――オォー!
一同から、感嘆の溜め息が漏れる。
よかった、ちゃんと理由があってやっていることだったんだ。
……ん?
「あの、それでボクを女装させる意味は?」
「そこは、あたしの趣……。
いえ、ユーリ君は銀河ネットで顔が出ていますから」
今、明らかに趣味と言おうとした……!
が、銀河ネットで顔が出ているのは確かなので、女装するしか……ん?
「……別に、普通にユーリ・ドワイトニングとして聞き込みすればよいのでは?」
「いいですか!? あたしは必死なんです!
恐れながら妹も同然に思っているお嬢様がさらわれて、それで!」
あ、これ、感情的に叫んでうやむやにしようとするクソずっけえムーブだ。
しかも、言いながら目薬をポケットにしまうのが見えていた。
「というわけで、ユーリちゃん! 出撃です!」
女装が完成したということだろう。
椅子からユーリを立たせたエリナが、力強く宣言する。
「はあ……。
じゃあ、もう、それでいいです」
一方、ユーリは投げやりであった。
お読み頂きありがとうございます。
次回、またパーティー中に戻ります。
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